新宿の駅前ビルは誰が所有しているのか(2冊目)

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新宿学
戸沼 幸市編 (2013年)                                                              ★★★★☆

新宿の駅前の巨大ビルを、誰が所有しているか想像したことがあるだろうか。

新宿と言えば、雑多で雑然としたイメージがある。しかし実は、駅前にビルのある「三大老舗」を筆頭に、文化や芸術、そして人間性を重視して土地を活用してきた所有者がいる。

彼らは一体どんな人たちなのか。(文:KEN設)


(1)内容と感想 

長年都市計画に携わってきた早大名誉教授の戸沼先生が発起人となり、連続講義「新宿学」が開講された。その記録となっている。

内藤家18代当主内藤頼誼、高野フルーツパーラー高野吉太郎、紀伊国屋書店田辺礼一など、新宿の歴史を縦糸につなぐ生き証人たちが登場する貴重な文献である。


(2)本の要約

① 新宿は元々、甲州街道と青梅街道の交差点に江戸の入口となる宿場町「内藤新宿」として生まれた。ターミナル性と性産業を引継ぐ盛り場が新宿のDNAと言える。

② 新宿駅、伊勢丹、ゴールデン街、歌舞伎町は、大名屋敷の跡地である。その規模は、新宿区内に存在した43大名の、屋敷跡262haに及ぶ。(p.83)

③ 江戸の大名屋敷は、明治期の版籍奉還によって名目上は天皇に返還されたが、華族として一部活用し続けることができた。戦後、華族が解体され、財産税も課されたため、ほとんどの土地は所有者の手を離れた。

④ そんな中で残っているのが、元信濃高遠藩主の内藤家である。現在の新宿御苑は内藤家の屋敷跡である。内藤家の子孫は今も内藤町に住んでいる。

(補足:現地を散歩してきたが、内藤邸と併設し戸建賃貸が並んでいるように見受けられた。大規模なマンションをあえてドカンと建てず、自邸近くに低層の戸建賃貸をいくつか建てることで、家の周りの景観を守っていると思われる。)

⑤ 新宿の駅前の三大老舗に、中村屋、新宿高野、紀伊国屋がある。

中村屋は、パンとカレーという、明治から大正にかけての食文化の洋風化を先取りして成功した。また、欧風化する新時代の空気を受け止め、中村屋サロンという前衛的な芸術運動の拠点を作った。

⑦ 新宿高野は、代々の社長が「高野吉太郎」を襲名している。初代は果物屋の基盤づくりと御苑内試験場での品種改良に関わった。2代目はパインやバナナなど輸入果物を扱い始めた。3代目は食に加えて衣(ファッション)を加えタカノフレッシュターミナルを開業した。現在は4代目である。

紀伊国屋は、元々薪炭の問屋だった。創業者田辺の文化に対する深い愛情があり、書店のみならず文壇の交流サロンも兼ねていた。

⑨ その他の老舗として、江戸期から昭和戦前期までに新宿1〜5丁目で開業し、約70年に渡り経営している法人は次の通りである。(pp.178-179)

新宿1丁目

 木原商店(カーテン・家具販売業)、文明堂東京(カステラ屋)

新宿2丁目

 甲州屋呉服店、大江金物屋

新宿3丁目

 アルプス堂(カメラ屋)、船橋屋(天ぷら屋)、綱八(天ぷら屋)、盛成英堂薬局、都里一・MELBA(ブティック)、新盛堂鞄店、安与商事・柿傳(メリヤス販売)、オノ・ロペ(婦人服)、石の家(飲食)、一色(酒屋)、アオキ(靴屋)、オカダヤ(手芸)、千草(飲食店)、新宿ライオン、世界堂(画材)、追分だんご本舗

新宿4丁目

 大阪屋酒店(現 丸井の土地)

新宿5丁目

 花園万頭(和菓子)

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(まとめ)

新宿は宿場町として成立した。つまり、始まりから「商業地」としての使命を帯びていた。

新宿高野4代目 高野氏の次の話は、新宿の「商業地」としてのミッションと、文化や芸術、人間性を大切にしてきた新宿人の思考を語っている。

新宿はスケールが小さな企業が沢山集まって頑張っている町です。アルタから伊勢丹までの通りと、銀座の1丁目から8丁目までの売り上げがほぼ同じなんです。イメージは銀座の方が華やかですけれどね。大きなお金をどんと寄付するよりも、町のエネルギーを使って皆で力を合わせて何かをすることの方が得意なんです。新宿というのはね、経済面、物資面、人口面でも非常にパワーがあるんですよ。新宿が元気を出せばそのエネルギーは日本中へ広がっていく。
震災から2か月がたった時にとらやの黒川さんから電話がありましてね、「髙野さん、もう生活物資は生き渡った。今こそ人を癒せるのは甘味だ」とおっしゃったんです。とらやさんは長く続く歴史の中で、戦争中にいかに甘味が侍や兵士を支えたか。それをご存じなんですよね。榮太郎飴さんにもご協力いただきました。新宿高野はプルトップのフルーツ缶詰を拠出しました。すごく喜ばれたと聞きました。災害の時に命をつなぐのはもちろんまずは生活物資です。だけれどその次に人の気持ちに寄り添い、支えていくのが何かなのを知っていなければいけない。人間の本質を知っていることが大事ですよね。

引用:「新宿で135年続く果物専門店!新宿生まれのマスクメロンと共に歴史を紡いできたスゴい人!」より

(補足)國學院大学による「渋谷学」の本も、同時並行で読んだ。学術的な厚みと考察の深さ、地域への肉薄度合いという点では「新宿学」に軍配が上がっているように感じた。

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