見出し画像

毎日ナナしゃん ~After Story~ ①


 ※この記事は重大なネタバレを含みません


『ミチルちゃんの能力は奇跡に近くてね。私のようなモノマネ芸人の体には堪えるのだよ』
 
 ミチルが私を助けるために力を使い果たし倒れた後、私は橘ジンの言葉が真実であったと知った。
 意識は無く呼吸も止まっているにも拘らず、ミチルの体温が下がっていくことはなかった。そればかりか、どんどん暖かくなっていっているような気さえする。
 奇跡というには有り体で、見るものが見れば気味が悪いと言われても仕方がないであろう。だが私にとって、それは奇跡以外の何物でもなかった。
 私は意識の無いミチルを抱き抱え、寮の自室に連れ帰った。
 それから丸二日、私はミチルの看病を続けた。その間一度キョウヤにも診てもらったが、やはり見たことも聞いたこともない症状だと言っていた。
 この島にはまともな医者も医療機器も無い。やはり無理にでも本土に連れ帰って検査を受けさせるべきか――そんなことを考えながらベッドの縁で腕を枕にしながら眠りについた翌日。くしゃくしゃになった私の髪を、誰かが手櫛をするようにして触れた。
「ミチル……ちゃん……?」
 果たしてそれは、犬飼ミチルその人で間違いなかった。ちゃんと呼吸をして、自分の足で立ってそこにいる。
「ミチルちゃんっ……!」
 私はミチルを抱きしめた。悲しくないのに、涙が溢れた。こんなに泣くのはいつぶりだろう。涙の伝う私の頬を、ミチルがそっと触れた。
「もう、ナナしゃんは泣き虫さんですね」
 これが奇跡でないと言うならば、世界に奇跡なんてものは存在し得ないだろう。私は両手に溢れた現実を掬い取る様にして、ぎゅっと握りしめた。
 だが――奇跡の代償とでも言うべきなのだろうか。私が抱き締めるその少女は紛れも無く犬飼ミチルであったが、私のよく知る犬飼ミチルの姿とはあまりにも異なるものであった。
「ナナしゃん、わたし、お腹が空きました」
 そう言って、ミチルは私の指を握る。その手は、私が触れるにはあまりに小さすぎる。
 驚くべきことにミチルは、私が眠っている間に、小学生ほどの小さな女の子の姿になってしまっていたのである。
 

「え? この子ミチルちゃんなの?」
「か~わい~!」
「抱っこしてみていい?」
 翌日。小さくなってしまったミチルを部屋に閉じ込めておくわけにもいかないので、とりあえず教室に連れて行ってみることにした。
 するとどうだろう。みんな代わる代わる小さくなったミチルの相手をし、私なんかは居ないも同然である。
 リーダーの人望も落ちたものだな、と溜め息を一つ。するとミチルがそれに気付き、とことこと私に近寄ってきた。
「ナナしゃん、元気ないですか?」
 小さくなったミチルには、この島に来てからの記憶が無かった。そればかりか、見た目の姿そのままの年齢まで幼くなってしまったようである。
 だが、それにも拘わらずミチルは私のことを“ナナしゃん”と呼ぶ。どうして私の名前だけを覚えていたのかは解らない。そして、その呼び方はミチルが舌足らずなだけなのかも知れないが、掛け替えのないことのように嬉しく思え、笑みが零れた。
「ええ、私なら大丈夫ですよ」


つづく


 

ちゃんとしたキーボードが欲しいのですがコロナで収入が吹っ飛びました