見出し画像

「2.5%奇跡の命」井上エリー著 ビブリオエッセイ

封印した思い出の命

寒い12月の夕方。
大きな窓から見えるずっと先が、なんだかざわめいていた。
暗闇が迫る中、300メートルほど先に赤い光がくるくるしていた。

何が何だかわからぬまま、気づいたら、花で埋め尽くされた祭壇の前に小さな私が座っていた。
母も父も、知っている近所の大人たちはお手伝いの側だったから、見知らぬ大人達の間に、黒い服に白いタイツの小学一年の私が座っていた。
もう、54年も前の寒い日のことだ。
我が家があった牧場地帯は隣が数百メートル離れているのが普通で、遠くの隣もちゃんと見通せた。我が家の大きな窓からは、遠くに二軒の隣が見えた。
左側の家は、2歳年上のひろちゃんの家。右側の家はひろちゃんと同い年のともちゃんと私より一つ下のさとみちゃんの家だった。ひろちゃんは優しくて、ともちゃんはかっこよくて、さとみちゃんは活発で聡明な女の子だった。
目の前の花に囲まれた大きな祭壇の真ん中で、笑っているのは私の初めての親友さとみちゃんだ。1日前、クルクル回る赤い光の車に乗せられたのはさとみちゃんだったのだ。足を滑らせて転んだところに‥‥
4月からは、一緒に小学校に通学するはずだった。学校までの約2kmを2人で歩いていくはずだった。
あの日、友人代表として、私はそこに座っていた。
田舎の古びた火葬場は、どんな風だったんだろう。車にいなさいと父に言われた私は、一人で煙突から上がる白い煙をただただ見上げていた。
その時は、さとみちゃんがいない日々が想像できなかった。
54年も経った今は、さとみちゃんがいたら、私の人生はどうなっていたのかなと思う。
大人になって、ふっとさとみちゃん?と感じる人に出会うことがある。そう感じる誰もが、元気で素敵で活躍している方ばかりだ。
私は、ひとつ歳下のさとみちゃんに、憧れ、時には嫉妬もしていたのかもしれない。だから、さとみちゃんの思い出を長い間封印し、たまに思い出すと、胸の奥がちくりとするのかもしれない。

#2.5%奇跡の命#井上エリー#奇跡の命#小林みさき#ビブリオエッセイ

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?