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お蚕さん

蚕は一匹二匹ではなく一頭二頭と数えるのだそうだ。

先日、蚕の繭から糸をひくワークショップに参加した。
以前、自分でも蚕を飼って羽化させたことがある。その時はとにかく蚕を触りたい!という一心だったので繭のほうにあまり興味がなかった。蚕の幼虫はひんやりと柔らかくまさにシルキータッチ、見た目もキュートでずっとそのままの姿でいてほしい・・と思ったものだ。

糸ひきは初めての体験だ。しかも品種は皇室でも育てられているという、かの「小石丸」である。名前は知っていたが実物を見るのは初めて、ふつうの蚕より一回り小さくややくびれたピーナッツ型をしている。何とも言えない透明感のある白さもふつうの繭と比べると歴然である。皇室ではこの繭からとれた糸を使ってローブ・デコルテなどが作られているそうで、あの独特のやんごとなき光沢はここから生まれているのかと納得。

ワークショップでは、幼虫が繭になったものを冷凍保存されていてすでに中の蚕は昇天している。繭を振るとコロコロと中で微かな音がする。ちょうど剥きやすい甘栗のような感じ。
まず83度で落し蓋をして数分繭を煮る。これは蚕が繭を固めるのに使った糊の成分を溶かし糸をほぐれやすくする煮繭(しゃけん)と言われる作業。そのあとそれぞれの繭から糸口を引き出して再び湯の中へ。「みご箒」といわれる小さなわら箒で湯を丸く混ぜ続けて水流を作り、その水流(渦)によって数粒の繭の糸口にヨリをかけて一本に巻き上げる。(つまりグルグルでグルグルするわけです)

右手で絶え間なく箒を回しつつ左手は座繰機といわれる巻き上げの道具のハンドルを回すというこの工程、湯から繭自体が引き上がったり糸がこんがらがって均一なヨリにならなかったり、そもそも糸が極細で見えにくい。グルグルを続けていくと、湯の中で回る繭から糸が脱がされて白かった繭は半透明になり茶色い蚕のボディが透けて見えてくる。蚕は繭を作るとき、8の字に糸を編んで自分を包んでいくのだが、この操糸(そうし)というグルグルの作業は蚕の繭作りの行為を一気に巻き戻ししていることになる。ほどかれていく糸は放射線状にキラキラ光りながら撚り合わさっていき、湯の中には身ぐるみを剥がれた蚕たちが残される。その中のひとつを食べさせてもらったらナッツのような風味で結構イケた。栄養価も高いらしい。蚕すごい、捨てるとこ無しである。

糸はその後再び水洗いしてしっかり糊を落としてから、綛(かせ)と呼ばれる枠に巻き換えて(綛あげ)出来上がり。

やってみてつくづく思った。なんという手間。数人で2時間余り作業して数百メートル分の糸しかできなかった。織り方にもよるがこのくらいの糸からだとマスクひとつ分にもならないだろう。着物一枚に使われる蚕の数を考えると気が遠くなる。そもそも卵を孵して蚕を育てる手間&時間だってかかっているのだ。

蚕を何故「一頭・二頭・・」と数えるかというと、単なる虫でなく馬や牛同様に人間の役に立ってくれる「家畜」としての敬意がこめられているとのことだった。
よく「命をいただく」という表現を聞くけれど、綺麗ごとにしているようで私はあまり好きではない。でも、この「一頭二頭」には、実際に身近に家畜と関わる人々が長く使ってきた言葉としての深みが感じられる。
貴重な体験をさせてもらった。
知識として知っているだけのことと体験して知ることの違いをこの歳になって思い知ることが増えた。

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