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【短編小説】服装は自由です。

 《あらすじ》
企業面接。とても緊張することですよね。
わずかな時間で自分をどれだけアピールできるのか。
そのアピール方法を言葉ではなく、違った方法でしてみたいと思ったことはありませんか?
そんな、普通ではないかもしれないアピール方法を提案した会社のお話しです。

 私はずっと思っていた。
日本の就活生は、真っ黒なスーツに白シャツ、女性は黒髪に黒ゴムで後ろに髪を束ね、足元はローヒール。
そしてA4サイズの黒い鞄を持つ。
冬場になればベージュのトレンチコートを羽織るのだ。
…なぜこれが就活生の定番スタイルなのか。

 私が面接官だとしたら、みんな同じに見えてしまうだろう。
書類選考を経て、目の前にいる本人と「面接」という対話時間をわざわざ設けているのに、何か印象に残るものがあるのだろうかと、不思議に思っていた。

 そんな私は専門学校を卒業し、仲間と小さい訪問介護の会社を興した。
うれしいことに仕事は軌道に乗り、手が回らないところも出始め、新規スタッフを募集することになった。
募集内容は、
・年齢不問
・学歴不問
・自己PR
・業種経験あれば歓迎
といった簡素なものにした。
するとこんな小さな会社にもかかわらず、予想以上に応募がきた。

 さあ、どうするか。
そもそも書類審査で、一緒に働きたいと思う人材を見極められるのか。
「年齢はあくまで数字でしかないでしょ。」
「これはうちの業種で活かせるのかな。」
と、色々な意見が飛び交った。

 要は今の私たちには、書類だけで決める力はないのだ。
大手企業なら、ドライに進めるのであろうが、私たちにそのキレはない。

 ひとまずこれ以上の応募には対応しきれないので、新規スタッフの募集は1日で締め切った。
そして、応募者全員を面接しようということになったのだ。
現在のスタッフは5名。
私「長居」と、他は「金岡」「西中」「中津」「桃山」という。
各自の抱えている仕事を考慮し、面接担当になったのは、私と「金岡」と「中津」になった。

まずは応募者に送るメールを考える。

『●● ●●様

この度は数ある企業の中から、弊社にご応募いただきありがとうございま    す。今回直接お会いして、お話しをいたしたくご連絡いたしました。
今回応募数が多く、日程に関しては誠に勝手ながら、下記日程でご提案させていただきます。ご都合が悪い場合はご連絡ください。

●月●日 ●曜日 午後●時

なお、当日の服装は自由です。
露出度が少ないものであれば、お好きな服装でお越しください。

宜しくお願いいたします。』

 この文面で応募者には送った。
そう、私が長年疑問に思っていた服装に関しては「自由」と記したのだ。
今回は新卒への募集ではないが、この「自由」を応募者はどう受け止めてくれるだろうか。
私は楽しみだった。

 面接は、水曜日から金曜日に実施することにした。
水曜日は私「長居」、木曜日は「金岡」、金曜日は「中津」とスケジュールを組んだ。
各自2名ずつ担当をする。
面接を終えたら、応募者の印象などをデータに残していくことにした。

 そして今回の面接に関して、決めたルールが3つある。
①必ず応募者に質問すること。
「今日は、なぜその服装でお越しになられたのですか?」
※この質問は、応募者にネガティブな印象を与えないような聞き方をするように。
②応募者に対して、自分が持った印象を薄れさせないために、すべての面接が終わるまで、面接内容は他言無用にする。
③すべての面接が終わる、金曜日の15時から全員に面接結果を共有する。

 応募者にメールを送ると、結構な反響があった。
内容はもちろん「お好きな服装でお越しください」についてだった。
きっと深読みしたり、戸惑ったに違いないが、
「その文章のまま理解していただいて結構です。」
と返した。

 ー面接(水曜日)
①担当:長居

 1人目、Mさん、女性。
年齢:28歳。
専門学校で音楽を学び、今は楽器屋でアルバイトをされている。
髪色は明るいベージュで赤いインナーカラーが印象的だ。
ハキハキとした口調で、楽曲をミキシングするのが得意だと言った。
Mさんの志望理由は、彼女は一人っ子であり、ゆくゆくは両親の介護をしなければならない立場だ。
その時が来るまでに、介護経験を積み準備をしておきたい、というものだった。

「今日は、なぜその服装でお越しになられたのですか?」
「これは、専門学校の最後の学園祭でやったライブ衣装なんです。それも友人が作ってくれたもので、これを着ると、良い緊張感とワクワク感を思い出せるんです。面接にあたり、テンションを上げたくて着てきました。」
 彼女が来ていたトップスは、カラフルな布を組み合わせたシャツだった。
「とても素敵ですね。きっとMさんにしか着こなせない、唯一無二のものだと思います。」
Mさんは、
「ありがとうございます!!私、歌が得意なので、歌で人を元気づけたいんです!」
と返し、とびきりの笑顔になったのが印象的だった。

2人目、Kさん、男性。
年齢:52歳。
高校卒業後に就職した電気工の仕事を現在もされている。
黒縁眼鏡に髪は短髪。
さすが職人と思わせるような大きなごつい手が印象的だ。
Kさんの志望理由は、自分もいずれは介護される側の立場になるかもしれない。
その前に、自らが介護する側の立場で経験しておきたいと思ったというものだった。

「今日は、なぜその服装でお越しになられたのですか?」
「恥ずかしながら、この歳までスーツを着たことがなくて、今回あつらえたんです。」
Kさんはダークグレーのスーツにスカイブルーのネクタイだった。
「とてもお似合いです。初めてのスーツの着心地はいかがですか?」
「なんだか着なれないせいもあって動きづらいですね。世のビジネスマンはよくこれで働いているなあと感心します。作業着のほうが楽に動けますからね。でも、肝心なのは服装じゃない、仕事も自分が持つセンスだと思うんです。ならば見栄を張らずに作業着で来れば良かったですね。」
Kさんは笑いながらそう言ったのが印象的だった。

ー面接(木曜日)
①担当:金岡

 1人目、Oさん、女性。
年齢:56歳。
シングルマザーで二人のお子さんも独立され、今は一人住まいだという。
Oさんの志望理由は、先月まで老人ホームで調理の仕事をされていたが、一人ひとりの介護に携わりたいと思った、というものだった。

「今日は、なぜその服装でお越しになられたのですか?」
「シングルで子育てしているとたくさんの人に助けてもらうことが多かったんです、私も誰かを助けたくて老人ホームの仕事をしていたんですけど、一人ひとりに関わることは少なかったんですよね。で、今回の応募をみて、これだって思ったんです。この服を選んだのは、いろいろなところに調味料のシミがついていたりしますが、私の今までの経験を示すユニフォームだから着てきました。」
Oさんは、老人ホームで調理していた際に着用していた、調理服で来られた。
「そのシミは今までの経験とOさんの思いもありますすね。」
「そう、調味料のシミは、入居者を思い、日々料理をしてきた私の勲章です。」
私の作る料理で一人でも多くの人を笑顔にしたいんです、とOさんは笑顔で言ったのが印象的だった。

 2人目、Aさん、男性。
年齢:35歳。
うつ病を患い前職である人材派遣会社を退職。
この度、社会復帰を希望されている。
日焼けした肌が印象的だ。
年齢は関係なく、人間はいつどうなるかわからない。
Aさんの志望理由は、今回自分がうつ病になり、家族や友人や担当医にはかなりお世話になった。
今度は自分が、人を助ける立場になりたいと思った、というものだった。

「今日は、なぜその服装でお越しになられたのですか?」
「これは毎日ウォーキングをするときに来ている服装なんです。面接だと思うと緊張してしまって、失礼ながら、ウォーキングの寄り道でこちらに来たと、自分に言い聞かせて今日は来ました。」
Aさんは、白いTシャツにスポーツ用のアクティブショーツにレギンスといった服装だった。
首と額には少し汗がにじんでいる。
「その服はAさんを勇気づけるものなのですね。」
「そうですね。いつもの自分でお話しできると思い、着てきました。」
Aさんは病気になり、たくさんの人に助けてもらったことでありがたさを感じた。
家族ではない人間でも、誰かを助けたいと強く思うようになった、と言ったのが印象的だった。

ー面接(金曜日)
①担当:中津

 1人目、Iさん、女性。
年齢:30歳。
1年前まで、美容師をしていた。
今は独立しているが店舗をもたず、訪問美容室をされている。
予約が入れば必要な荷物を一式持ち、お客さんの自宅で希望のヘアスタイルに施術されている。
施術前の準備や施術後の掃除などもすべてされており、喜ばれているとのこと。
Iさんの志望理由は、介護が必要になっても、人はいつだって綺麗でいたいものだ。
外に出ることがなくても、身なりを整えるということはモチベーションが上がることなので、訪問介護でこういった心のフォローをしたい、というものだった。

「今日は、なぜその服装でお越しになられたのですか?」
「これは、私が初めて施術したお客様からいただいたものなんです。
今も時々予約を入れてくださる方なんですが、手先が器用な方で、とても
綺麗だと思いませんか?私はこれを訪問する際に着けいてるんです。」
Iさんは、着ていたレースのカーデガンを両腕を水平に挙げて見せた。
「そのカーデガンはハンドメイドだったんですね。とても素敵です!」
「そうなんです、こうやって綺麗な服を着たり、髪型を整えたりすることって、とてもテンションあがるんですよね。なので私はこの大好きなカーデガンを来ていつもお客様の訪問をしています。」
少し桜色に染まったIさんの頬が印象的だった。

 2人目、Wさん、男性。
年齢:27歳。
体育大学を卒業後、スポーツジムのトレーナーをしている。
Wさんの志望理由は、スポーツジムでは高齢の会員も多いが、ジムまで足を運べない人にも身体を動かして体力を維持する支えになりたいと、常々感じていた、というものだった。

「今日は、なぜその服装でお越しになられたのですか?」
「すみません。実を言うと、服装自由ということで、何を着たらいいかわからなくて、悩みに悩んでこれにしました。」
Wさんは、着ていたジャージの上着のファスナーを下げた。
中に着ていたのは大学名の入ったランニングウェアだった。
「これは、大学時代に駅伝部で着ていたウェアなんです。駅伝って、走る区間によって勾配がきつかったりして、本当に山あり谷ありなんですよね。
高齢者の方の人生と重ね合わせたい思いで着てきました。」
「山あり谷ありですか。そのウェアは共に乗り越えた相棒なんですね。」
「本当、そうなんです!僕はまだ若輩ものですが、駅伝で乗り越えてきた経験は、代えがたい財産です!」
引き締まった身体に、満面の笑みが印象的だった。

すべての面接が終了した、金曜日の15時。
これから社内全員に面接結果を共有し、採用について考えていかなければならない。

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