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【短編小説】マッチング駄菓子あります

 この町には、「ハマノ」という昔ながらの駄菓子屋がある。
高齢の女性が営んでおり、大体、朝10時になれば店のシャッターが開き
営業が始まる。

 午前中は小さな子供をつれた親子が訪れ、楽しそうな時間を過ごしている。
午後から夕方にかけては、小学生や学校帰りの中学生が訪れ、思い思いにお菓子を買い、店先で楽しんでいる。
 18時には「ハマノ」は閉まり、それを引き継ぐように「ハマノ」の隣に店を構える「BAR H」と書かれた看板の明かりが灯る。
 その「BAR H」のオーナーが俺、浜野和己だ。

 駄菓子屋「ハマノ」は俺のばあちゃんが営んでおり、俺はその隣の「BAR H」の経営者だ。
「BAR H」は酒はもちろんだが、500円で隣の「ハマノ」の駄菓子食べ放題もしており、その売り上げは、ばあちゃんに渡している。

 「BAR H」を開いたきっかけは、ばあちゃんのためでもあった。
高齢になり、あまり長い時間、店を開けることが困難になってきた。
一度は閉めようかという話までしていたが、俺は「ハマノ」を閉めるのは反対だった。
地元で愛され続けた店だ、できるならば続けたい。
そこで俺は「ハマノ」の隣のわずかな敷地に店を開き、ばあちゃんを経済的に助けようと思った。
「ハマノ」も存続させたいという理由で、俺は午後からは「ハマノ」店番、夕方からは「BAR H」を営業をすることになった。
なので午後の「ハマノ」は、駄菓子屋らしからぬ風貌の男が店番をすることになり、最初はびっくりする子供たちもいたが、今では馴染んでいる。
 え、俺の風貌?
顎鬚に黒縁眼鏡、少し長めの髪は後ろに一本結びをしている。
な、駄菓子屋におったらびっくりするやろ?
これでも28歳ですけどね。
 
 さて、もうすぐ18時。
「ハマノ」のシャッターを下ろし、売上金をばあちゃんに渡す。
そして「BAR H」の開店準備だ。
酒は種類豊富に用意しているが、フードメニューは「ハマノ」の駄菓子と
ナッツやチョコ。
あとはソーセージとか、フライ物なんかの簡単なものだ。
たまに、ばあちゃんが作ってくれた煮物が追加されたりと、自由奔放なコンセプトとなっている。
 俺は大学を卒業後、就職も考えたのだが、いつか起業したいという思いがあり、この歳になるまで、友人の経営するBARで働いていた。
やっと構えた俺の店は、カウンター席8席と小さな店ではあるが、今はこれで充分満足している。
客はというと、地元の人がほとんどで、学生時代の友人も結構来てくれる。
小さな店のほうが落ち着くそうだ。

 時間は22時。
そして今日は金曜日。
もうそろそろ「アイツ」が来る頃だ。

 ガラガラ。
俺の店は小さいので扉は引き戸である。
「あ、来た来た。」
「よう!和己、一週間ぶりー。」
店に入ってきたのは俺の高校時代の友人「川口」だ。
「今日は、どうやったんや?」
「あかん。多分ない。」
「またあかんのか。」
「俺とは釣り合わん。俺の方が稼ぎ少ないと思う。」
「稼ぎの問題?」
「そりゃ、大事やろー。俺主夫になるとか嫌や。」
「そこまで考えんでもええのに。」

 川口は会社勤めをしている。
毎週金曜日の夜に、マッチングアプリで知り合った女性と対面し、
将来を見据えたお付き合いを目指しているのだが、毎回敗北しているのである。
「相手の女性な、会社経営者やねん。ネットで美容製品売ってるねんけど、月の売上額聞いたらびっくりでさ。俺には到底叶わん。」
「ネットで経営かー。今は店なくても商売できるもんなあ。」
「流行りを先取りして発信していかなあかん商売や。で、その苦労話とかも聞いてんけど、彼女、苦労話でさえ目をキラキラさせて話すねん。希望の光でまぶしかったわ。」
「圧倒されたってわけか。」
「そうや!まぶしいっ、まぶしいってな。あ、ハイボールお願い。」

 俺は川口にハイボールを渡し、小皿に入れたナッツを置いた。
「せやけど、次はないって確証はないんやろ?」
「ないよ。」
「なら、まだわからんやん。」
「もし、今後も会いたい、なんて連絡が来たら奇跡やと思っといてくれ。」

 マッチングアプリかあ。
初対面で今後も会いたいとか思うんやろか。
付き合いたいとか、好きっていう感情とかって、そんな早くくるもん?
俺にはわからん。
「川口、お前焦りすぎなんちゃうか?ほんまに好きな人と付き合えよ。」
川口はナッツを一つ、自分の口に投げ入れた。
「出会いがあればな、俺だってそうしたいよ。」

 「これめっちゃなつかしい!!」
奥で駄菓子を選んでいる女性が大きな声を発した。
 店の奥の棚に「ハマノ」の駄菓子をいくつか置いており、そこから駄菓子食べ放題をオーダーしたお客さんに、好きなものを選んでもらっている。

 「みっちゃん、それ俺も好きやわ。」
「和己君も?これ、絶対こぼすねんなあ。」
彼女は「佐伯美奈」といい、俺の小学校の同級生だった人だ。
みっちゃんの手には「ヤンヤンつけボー」と「キャベツ太郎」があった。
「ヤンヤンつけボーのこのラムネみたいやつ、絶対こぼすねん。でも美味しいねんなあ。」
みっちゃんはヤンヤンつけボーのふたを開き、俺に見せてきた。
「そうそう、俺もこぼしてたわ。」
そこへ川口も
「俺も!」
と入ってきた。
「みんなこぼすんやなあ」
カラカラとみっちゃんが笑う。
「和己の友達?」
と川口が聞くので、俺はみっちゃんを紹介してあげた。
「へえ、ほな同い年なんやな。なんか服が個性的やけど、アパレル関係やってるの?」
と聞く川口に、
「美容師!」
というみっちゃん。
「へえ、美容師さんかあ。」
「駅前の美容院で働いてるねん。よかったら来てな。かっこよくしてあげるでー。」

 この後、同い年3人で、昔食べた駄菓子や、夢中になったもので話が盛り上がった夜だった。

 次の金曜日―。
19時に川口が来店した。
「あれ、今日は早いお出ましやん。」
「うん、今日はフリーや。あ、ビールお願い。」
そういうと川口はカウンターの真ん中の席に座った。
「この前の人は連絡なしか。」
「いや、それがな、連絡あってん。」
「マジで?すごいやん!奇跡が起きたやないか!」
「起きたのよ、奇跡が!」
俺はビールサーバーからビールをグラスにを注ぎ、川口に出した。
「ははーん、だから今週の金曜はフリーなんか。って、金曜やから会おう、とかならんの?」
「彼女とは昨日会った。」
「そかそか、で、どやってん。」
「うん、楽しかった。前回よりも彼女の方から話してくれること多かったし。まあ仕事とか趣味の話程度やけどな。」
「少しずつでええやん、そんなん。」
「そやなー。焦らずやなー。」
川口が店内を見渡し、
「今日はみっちゃん来てないん?」
と言った。
「いつもは月曜にくるねん、店休みやから。この前の金曜は、たまたま店が早く終わったらしくて来てたんや。」
「あ、美容師やって言ってたもんな。そういうことか。」
それから川口とは、奇跡的につながっているという彼女の話をし、21時には帰って行った。

 月曜日―
18時過ぎ、開店するなり、みっちゃんが来た。
「和己君おつー。」
「おつかれ。ビールか?」
「うん、あと駄菓子食べ放題も!」
「また駄菓子かいな、ちゃんと食べやー。」
「後で食べるよ。」
そこへ―
ガラガラ。
「おっす。」
「え?金曜男の登場や!!」
俺はびっくりした。
川口が来たのだ。
「悪かったな、月曜に来て。」
ふくれっ面をする川口はみっちゃんの隣に座った。
「俺もビール。」
「あいよー。」
「あ、あと駄菓子も」
「え、お前もかい。」
川口はみっちゃんと同じオーダーをした。
「私も駄菓子にしてん。」
「みっちゃんもか、ほな、あれ、取ってこよか。」
川口はそう言うと、駄菓子の棚に向かった。
そしてみっちゃんの前にポンと置いた。
ヤンヤンつけボーだ。
「これやろ?」
「そう!これこれ!」
いい大人ふたりが、ビール片手にヤンヤンつけボーをこぼさないように注意して食べている姿には笑ってしまった。
「いや、またなつかしい話したいなーて思って、月曜やけど来てん。」
と川口が言う。
「この前楽しかったもんな。」
みっちゃんが思い出したかのように笑う。
月曜はお客さんも少ないため、3人で同窓会のように、食べて飲んで笑って楽しい夜が過ぎていった。

 川口とみっちゃんがが付き合いだしたと聞いたのは、それから1か月にも満たないときだった。
「ええええ!!どういうこと???」
なにより驚いたのは俺だ。
え、奇跡の女性は?
なんなん!どういうこと?
「俺な、わかってん。マッチングアプリで追い求めてたのは、勝手な理想やったんや。みっちゃんと会って、一緒にいて楽しくて、気を使わなくて、そんな女性がいいんやって、めっちゃ思ってん。」
「ほう…。」
「ヤンヤンつけボーのおかげや。」
「は?」
なにしんみりしとんねん。
「和己、ヤンヤンつけボーをひとつ。」
「自分で取ってこい。」
「冷たいヤツやのう。」
「あほか。」

川口は、ヤンヤンつけボーが結んだ愛だと思っているようだ。

 やれやれ、やっと金曜男は卒業だな。
なにはともあれ、ふたりともお幸せに。ね。















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