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真・幼帝再臨抄 中華ノ皇帝、現代デ美少女トナリテ Ⅱ-1~2

Ⅱ-1 天照の黄昏

 『アマテラス社』――ぼくが千五百年ものあとの時代に転生してよく耳にするようになった、当時は『(わ)』と呼びならわしていた島国の神から採られた名。

 この中華でいったいどうしてそのような会社が――
 そして、なぜ(ゆう)のような日本人がこのテーマパーク上で行われているデスゲーム(と、いうらしい)に深く関わっているのだろうか。そもそもぼくには大いに疑問だった。

「『アマテラス社』は仮想現実によって世界じゅうを覆い尽くそうとした学術組織と密接に結びついています」

 あれからなんとか一命をとりとめ、近くの大病院で安静にしている結と音声のみでやり取りする日々が続く。

 「心配いりませんよ」と彼女は言うが……いつまた危害を加えられるかを考えれば気が気でない。このテーマパークの外から出られないことが、本当に、もどかしい。

 古き良き時代の中華を再現したというテーマパーク『SERICA』。
 そこにはぼくのようなかつての皇帝たちがそのテーマパーク上で皇帝となるために、みずからの生命力を削って戦っているのだが――そんなぼくたちの存在は『アマテラス社』の持つ拡張現実の技術なしには成り立たない。
 とはいえ、そもそも日本人が大手を振って中国の歴史をなぞるような娯楽施設を建てる、ということそのものが、多くの『中国』人にとって耐え難い事実。
 劉子業(りゅう・しぎょう)をけしかけたのも、おそらくはそのような反『アマテラス社』の者たちだと思われる。

「私は、そんな『アマテラス社』創業家の親族であり、『SERICA』の運営に関わる幹部だった。ひどく俗な言葉を使うとすれば――世界征服の片棒を担いでいた、と見られてもおかしくない立場。陰で相当に怨みを買っていたということなのでしょう」

「でも、君は……あんなゲームはおかしいと思って、止めようとしていたのに」

「そんなこと程度で情状酌量してくれるほど世間も甘くもないでしょう。おまけに、今やアマテラス派は戦争に負けて風前の灯。いうならば私たちは世界に対して大掛かりな詐欺を働いた不逞の輩。今更私たちについてくる人なんて自殺志願者だと言っているようなものですよ」

 言われて口ごもってしまう。
 そうなのだ。現在国際情勢は急速に変化している。

 『アマテラス社』と結んで中国南部を支配、世界支配をも目論んでいた『華夏国(ファーシャスタン)』は滅亡。それと共に『アマテラス社』の権威は大きく失墜し、世界中から怨嗟のまなざしを向けられることとなったのだ。

 落日、アマテラスの黄昏。
 
 紫禁城の龍(清朝)は再び羽ばたくことを許されなかった。
 アマテラスはどうだろうか。
 再びこの世を照らす光となることは、許されないのだろうか。

 急速に瓦解する南部の惨状をよそに、北部の『成燕(せいえん)同盟』が全国を統一するほどの勢いを見せている。

 さながら魏晋南北朝の終わりを連想させるその覇業。
 それに伴い世界を覆い尽くそうとしていた拡張現実そのものにも猜疑の目が向けられており、ここが閉鎖されるのも時間の問題とささやかれている。

 それは同時にぼく自身の命がなくなってしまうことも意味していた。

 以前までのぼくならこんな未来に転生したことを呪い、すぐにでも消えてしまいたいと後ろ向きに捉えていたに違いない。
 
 だが、ぼくには護るべき人がいる。
 
 その人を護らずして、どうにもならない強制力のもとに消え去ってしまうのは絶対に避けたいのだ。

 だが、たかだか拡張現実上の存在であり、さらには『SERICA』というかりそめの土地に縛られているだけのぼくには、どうすることもできない。

「……ぼくは……せっかく生命を得たのに、何もできない……!」

 焦りばかりが襲来して、生命がすり減りそうになってしまっていた。

「いいんですよ。むしろ私たちの都合で甦らせてしまったことをお詫びしなければならないのに。私のために色々と考えてくれているだけで、私にとってはどれだけ救われているか……」

「……結」

 この何も成し遂げられなかった弱いぼくのことを護ってくれた女性になんとかして恩返しをしたい。何かいい方法はないだろうか……


 どうにか頭を働かせようとしていた、その時だった。

「……うぅ~」

 一人の男がぼくの前を横切る。その男の頬は病的なまでに痩せこけており、足下もおぼつかない様子だった。
 焦点の定まらぬ目をしたまま、僕の方へと振り返ってくる。

 こいつ、普通じゃない――!? ぞわりとしたところに、男は口を開く。

「……なあ、お前、劉準だろ?」
「――!? お前!?」
「お前すげぇよなあ、3年弱皇帝やってられたんだもんなあ。俺なんて3日だぜ?」

 頭頂を刈り上げ、後ろに残った髪を結わえている。見ない髪型だが……異民族のものだろうか。こいつもデスゲームに参加している『廃帝』の一人なのか?

「……誰だ、お前は……!?」
溥儁(ふ・きょう)。ラスト・エンペラーにもなれなかった男さぁ!」

 ラスト・エンペラーといえば映画というものにもなったという……? 
 ラスト・エンペラー自身が廃された皇帝だが、その前にも……?

「劉準。お前を殺して、俺はこの城の皇帝となる」
「……どうせここはもう閉鎖されるんだぞ!? こんな争いになんの意味が!?」
「意味? それは俺自身が見出すだけ。お前などに決められてなるものか」

 目が据わっている。……こいつ、劉子業とも違う危うさがある……!?

「むしろここが閉まるなら好都合だ。もうクソ生意気な運営の顔色をうかがう必要もない。ここから、帝位継承戦の本番といこうじゃないか!」


Ⅱ-2 夢幻の皇帝

 情勢の変化により、中国の古代文明をAR拡張現実)技術で再現しようという巨大テーマパーク『SERICA』を運営している日本の『アマテラス社』は急速に力を失い、ここを顧みる人もいなくなっているのを、ぼく自身も感じていた。

 最初ぼくが転生したときなどはどこからともない不気味な視線を感じていた。かなりの近くから窃視されているような気配。その正体はテーマパークを訪れていた客だった。

 ぼくたちと同じ場所を歩き見て回りながらも、僕たちと決して交わることはない。
 ぼくたち拡張現実によってかろうじてこの場に寄生している『廃帝』たちは現実の人間に触れることができない。のような運営側の人間を除いて直接のやり取りはできないが、彼らの言葉に接することはできた。


「ははは、こいつら必死だな」
「私は◯◯が好き~。イケメンだし~~」
「あほらし。こんな趣味の悪い見世物、何が面白いんだか」
「パラメーター300以上とか、束になっても敵わないじゃん。一強すぎてつまらん」
「せっかく歴史の再現するってんならもっと合戦しろよ。騎馬戦とかさあ! CG使えば簡単だろ無能運営」


 客はぼく達の殺し合い・騙し合いを見てはあざ笑ったり、または興味ない、つまんないという風にすぐに興味を失ったり……生きた声というのは本当に多種多様だった。

 それに、ぼくが結の力――献帝曹孟徳を手に入れたことによって、ほぼ趨勢は決していた。つまらないという声があっても詮無きことだろう。

 廃帝を生み出すほどに混乱したにもかかわらず、長い命脈を保つことのできた国家というのはそうそうない。皇帝が帝位を降ろされるということは政情不安定――支配力の弱さを意味し、多くの場合国家自体が短命に終わっている。このデスゲーム参加者はただでさえ低いステータスを、たがいに奪い合う……という不毛極まる戦いを強いられる形となる。
 そんな中で、中断を挟みつつもおよそ400年以上も続いた漢帝国以上の力を持つことなど実質的に不可能に近い

 
 つまり、はっきり言ってしまえば、もうすでにほとんどの皇帝たちは僕に勝つことができない烏合の衆と化しているのだ。

 この場が存在し続ける保証もなければ、勝負もついている。
 これ以上戦う意味もないはずなのに――この溥儁という男、やぶれかぶれの特攻を仕掛けて死にたいのか?

「……ぼくの力は今や誰にも敵わない! なんでわざわざ死ににいく! 残された生をまっとうしたいとは思わないのか!」

「残された生、ね……童には理解できないかもしれないがな。俺にとっちゃ皇帝から引きずり降ろされた後の人生なんざ、退屈で退屈でしょうがなかったんだよ!」

 ――鋭い! こいつの拳、おぼつかぬ足下で力なんてないとタカをくくっては――

「たとえ一瞬のきらめきだっていい。幻想の上に築かれた足場だって構わない。なんなら収めるべき国に民がいなくたって。誰かに担ぎ上げられたのではない、自分の力で頂点を掴みたいんだよ!」

「――くっ!?」

 この身のこなし――最初ここに転生した時のぼくだったら何もできずやられていた。

「お前が最強ということは、お前さえ倒せば敵はいないということ――! 最初から全力でいかせてもらう!」

 なっ、攻撃が八方から――!? よけきれ――

八旗十全醒龍波ァッ!」

大運河!」   

 あらゆる方位から同時に襲来する波動をすんでのところでせき止めてくれたのは。ここまでの戦いで多くの『廃帝』を降したり、説得――形式的にいえば『禅譲(ぜんじょう)』を迫ったりを着実に積み重ねてきたことで力を得た少女。

「――楊侗(よう・とう)!」

 この短期間に多くの死闘を繰り広げ、文字通り血の滲む苦労をしてきた結果、彼女の力は200を優に超えるまでになっていた。

 彼女はもう『生命の結義』を望んだ頃の気弱な少女ではないし、なかば棚ぼた的に力を得たぼくとは決定的に違う。彼女はほんとうの意味で戦士となったのだ。

「すみません劉準君。道中ちょっと手こずってしまいまして」
「……いや、これ以上ないタイミングだよ。謝々」
「ちっ、貴様、差し向けた廃帝たちを倒したというのか」
「……さすがに手間を掛けさせられましたけどね。ただ、所詮は担ぎ上げられたこどもたちの衆。戦争を知らないから、残酷になりきれなかった。その点、わたしは違いますよ」

 ゾッとした。味方といえどそら恐ろしく感じる瞬間でもあった。
 力を手にして、変わってしまった。彼女は痩躯の男に詰め寄る。

「しかし……一連の騒乱、裏で手を引いていたのはあなたですか? 以前劉義符らを差し向け、凡河内さんまで傷つけたのも」

「さて、どうだかな。そうだと言ったら? 俺を殺すか?」

「あなたのせいで現実に血を流した人がいるというのなら、見逃すことはできない……!」 

「このロクでもない世界が終わらせられるならそれでいいじゃないか! お前も二度と王家のものなんかに生まれたくはなかっただろう?」

「そうですね。でも――劉準君や、凡河内さんとの出会いにより、わたしは変わった。もっとこの世界で生きたい。遠からず最後が訪れるというなら、せめてその日まで」

 ……楊侗。

「……あなた、名は?」
溥儁
「そう……ならば溥儁、わたしがあなたの皇帝即位、止めてみせます!」


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