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産道

人間が最も苦痛を味わうのは、産道を通ってこの世に誕生する瞬間だという。

母の羊水に守られ、外界の刺激には一切晒されず、呼吸をする必要もなく、食事も取らずに受動的に栄養が補給される。

安全で、暖かい母の温もりに包まれた空間から、自然界のもたらす過酷な世界へと産み落とされる。

自力で肺を動かし、口から栄養を摂取せねばならず、万が一、気道が詰まれば死ぬ。

細菌だらけの大気や大地に、自己の免疫で立ち向かわなければならない。

24時間変わり続ける気温や気候に、服装や居住空間を変えて適応する知恵が求められる。

魚が陸に上がったかのような大きな変化に耐え、私たちはこの歳まで生きてきた。

人間は、一人では生きていけず、絶対に分かり合えない他人とコミュニティを形成しなければならない。社会の中で悩みを抱える人も多いだろう。

食欲、睡眠欲、性欲といった生理的欲求や、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求などの湧き上がる欲求をコントロールする精神力が求められ、自己を律する努力を日々求められる。欲に負け、仕事や生活の上でうまくいかないことも多いだろう。

しかし、そのような苦労も、産道を通るときの苦しみに比べれば、全く問題にならないほどのものだという。


仕事をクビになったとしても、即時に死ぬわけではない。
恋人にフラれても、友達に嫌われても、生物学的には産道を通ってこの世に生み落とされた時の辛さには敵わない。

恥をかこう。

生きているのだから。

最も辛い苦しみを生まれた瞬間に味わった私たちなら、もうどんな苦しみには負けないだろう。

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