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ともだちなのに競争意識を持ってしまう罪悪感

コロナの影響でますます友だちの存在について考えさせられる。
元々友だちは多い方ではなく、よく遊んだり、ご飯行ける友人は片手で数えるほどしかいないがそれで満足していた。

ただ、最近になって
・コロナの影響で気軽に誘えなくなった
・結婚している友人や遠方に住んでいる友人はなかなか気軽に声をかけられなくなった
というせいか、今年入ってからほとんど友人に会っていない。

LINEで連絡を取ればいいのだが、特に用事もないし・・・
という感じで友だちとどんどん疎遠になってしまっている感は否めない。

ただ、SNSを覗けば普通に友人と遊んだり、ご飯行っている人が多いので、「ん?おかしいのは自分だけか?」と感じたり。

数年前に新しい出会いとか人と関わることに貪欲な自分は週に数回も予定入れて、仕事帰りは飲みや社会人交流会的なのに参加していた。それはそれで楽しい思い出なのだが、「じゃあ、今でも連絡を取っていたり頻繁に会っている友だちはその過程で出会った人の中で居るのか?」と言われると、わずか数%でしょう。

新しい出会いはともかく、学生時代にとても仲良かった友人も今では疎遠になってしまうこともある。何かで揉めたとかではなく、単に価値観が合わなくなってしまって会う理由が分からなくなった、という理由だ。だからこそ長い付き合いができるのは本当に奇跡のようなものだと思う。

あと、学生からの友人だと、お互いが同じような状況(仕事に没頭している、恋に悩んでいるなど)だと久しぶりに会うと本当に話が尽きなくなる。

だけど、お互いが別々の道を選んだ瞬間(一人は結婚して寿退社、1人は仕事に没頭)になった瞬間、共通する話題も少なくなってくる。

・結婚している人は結婚がいいという選択肢がいいと思っている
・仕事に没頭している人は仕事という選択肢がいいと思っている
という状況だから、本気でお互いが理解し合うのは難しいのではないかと。

今は20代後半で周りは結婚と出産ラッシュ―。
それは喜ばしいことに違いないが、どこかでそんな周りに競争意識を抱いてしまう。そんな気持ちになる自分が嫌にも関わらず。

最近はこちらの「友達は一番の敵!」の本を読んでハッとさせられた。
本に書いているようなフレネミーに出会った事はないが、「何となくわかる」という気持ちになった。

なんとなくですが、自分が接していて劣等感を感じるような友人は避けてきたし、一緒にいて自信を感じられるような友人​とは長い付き合いをしてきた傾向があった。

無意識に自分のプラスになるような人としか付き合っていなかったのではないかと。無意識にそのようにしていた自分がいることに気づき、今更反省してしまう。

上手く言葉に言えないけど、大人になってからは正直友人が居なくても生きていける。別に寂しいとも思わないと思う。

ただ、それでも友人と付き合う理由は何なんだろうなと考えさせられた。特に自分の自尊心を満たすために友人と会うのであれば、絶対にやめるべきだと確信しているこの頃です。

人にあまり会えないこのご時世だから、人との付き合い方について深く考えさせられています。

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