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卒業論文



ベーシックインカムの実現可能性
―社会保障政策・労働政策の観点から―

Feasibility of Basic Income
-From the Perspective of Social Security and Labor Policies-

(要約)
ベーシックインカムは社会保障政策としてだけではなく、労働政策としても機能すると考える。そこで、本研究ではベーシックインカムが財政的に実現可能であると証明し、ベーシックインカムの導入が働き方改革に繋がることを示すことを目標としている。現行の生活保護制度には不正受給や貧困の罠などの問題点が存在しており、生活保護制度が適切に機能していると言い難い状況となっている。また、近年AIの発達が著しく、10年後には日本の労働人口の約半分がAIに置き換わるという試算も出ており、それに伴って失業者が多数発生することが想定される。これらの問題を解決することができるのがベーシックインカムであると考えている。ベーシックインカムとは「政府が全国民に対して健康で文化的な生活を送るための現金を支給する制度」のことであり、全国民が対象かつ無条件である為、生活保護制度の問題点やAI発達による失業者増加の懸念を解消することができる。本研究の中で社会人を対象にアンケート調査を行ったところ、約67.5%の人がベーシックインカムの導入に賛成と回答したが、反対した人のほとんどが税金等の負担増加を憂慮していた。そのため、ベーシックインカムの実現可能性を考えるうえで、国民から賛同を得るためにも極力国民に負担を強いることは避けなければならない。そのことも踏まえて、本研究では財源調達方法を歳出削減・租税回避行為への対策・富裕税の導入・企業からの徴収に焦点を当てて考察を行った。そして、ベーシックインカムの実現可能性について考察を行った後で、労働政策としてのベーシックインカムについて言及した。近年、労働時間や賃金等の制度面における働き方改革が推進されているが、働きがいや幸福感といった働く人の内面における働き方改革はあまり議論されていない。ベーシックインカムはまさに働く人の感情に寄り添った、気持ちの面での働き方改革として機能すると考えている。そこでまず、日本における仕事に対してやりがいを感じることができていない、ストレスを感じている現状を確認し、従来の日本の労働観の整理を行った。そして、本研究で行ったアンケートの結果も踏まえて、ベーシックインカムが働き方にどのような影響をもたらすか検討した。

(Abstract)
I believe that basic income can function not only as a social security policy but also as a labor policy. Therefore, the goal of this study is to prove that basic income is financially feasible and to show that it can lead to reforms in the way people work. The current welfare system has problems such as unfair benefits and poverty traps, and it is difficult to say that the welfare system is functioning properly. In addition, AI has developed remarkably in recent years, and it is estimated that about half of the Japanese workforce will be replaced by AI in 10 years, which is expected to result in a large number of unemployed people in the future. I believe that a basic income can solve these problems. Basic income is "a system in which the government provides cash to all citizens to enable them to lead a healthy and cultural life," and since it is unconditional and applicable to all citizens, it can solve the problems of the welfare system and the concerns about the increase in unemployment due to the development of AI. In a questionnaire survey of working adults conducted in this study, about 67.5% of respondents agreed with the introduction of basic income, but most of those who disagreed were concerned about the increase in taxes and other burdens. Therefore, in considering the feasibility of basic income, it is necessary to avoid placing a burden on the public as much as possible in order to gain public approval. In light of this, this study examined methods of raising financial resources, focusing on expenditure reduction, measures against tax avoidance, introduction of a wealth tax, and collection from corporations. Then, after discussing the feasibility of basic income, I referred to basic income as a labor policy. Recently, reform of work styles in terms of institutional aspects, such as working hours, wages, and other institutional aspects have been promoted, but reform of work styles in terms of workers' emotional aspects, such as job satisfaction and happiness, has not been discussed much. I believe that the basic income system will function as a work style reform in terms of the feelings of workers. Therefore, I first identified the current situation in Japan in which workers do not feel fulfilled with their work and feel stress, and then we organized the conventional Japanese view of work. Then, based on the results of the questionnaire survey conducted in this study, I examined what impact a basic income would have on the way people work.

目次
 
第1章 はじめに
 第1節 生活保護の問題点
 第2節 AI発達による仕事代替
 第3節 ベーシックインカム
 第4節 仮説
 第5節 研究目標
 第6節 本論文の構成
 
第2章 ベーシックインカムに関するアンケート調査
 
第3章 財政面から見るベーシックインカムの実現可能性
 第1節 給付方法
 第2節 必要な財源
 第3節 歳出削減
 第4節 消費税・所得税・法人税
 第5節 租税回避行為への対策
 第6節 富裕税
 第7節 企業からの徴収
 第8節 財源調達方法
 
第4章 ベーシックインカムによる働き方改革
 第1節 働きがいの定義
 第2節 日本における労働に対する現状
 第3節 現在の日本の労働観
 第4節 労働政策としてのベーシックインカム
 
第5章 おわりに


第1章 はじめに

第1節 生活保護の問題点

生活保護制度とは「資産や能力等をすべて活用してもなお生活に困窮する方に対し、困窮の程度に応じて必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障し、その自立を助長する制度[1]」のことである。また、生活保護制度は世帯員全員がその利用し得る資産・能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することが前提であり、厚生労働大臣が定める基準で計算される最低生活費から収入を差し引いた差額が保護費として支給される。このように、日本国憲法第25条第1項の条文で定められている「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障するための生活保護制度には、2つの問題点が存在する。 

1つ目は、本当に生活保護を必要としている人に保護が行き渡っていないことである。2020年における生活保護の不正受給件数は32090件で、総金額は約126億円である[2]。また、2023年5月における生活保護申請件数は22680件で、保護開始世帯数は19847件である[3]。生活保護が必要なすべての世帯が保護を受けられていないにも関わらず、100億円を超える規模の不正受給が横行していることから、生活保護制度そのものに疑問を抱かざるを得ない。

2つ目は、「貧困の罠」が存在していることである。「貧困の罠」とは、貧しい状況下において所得を増やす機会に恵まれない悪循環を意味する。つまり、貧しい人は所得が増えることによって、これまで受けてきた社会保障制度などの援助を受けることができなくなるリスクがあり、それを回避しようとする結果、いつまでも貧困から抜け出せなくなってしまう。生活保護受給者はただ生活費だけが支給されるわけではなく、医療費・介護費・認可保育園の保育料・NHKの受信料が無料など、様々な恩恵を受けることができる。生活保護から脱却した場合、これらの費用を自分で負担しなければならない為、働くよりも生活保護を受給し続ける方が良いという結論に至る。これは「健康で文化的な最低限度の生活を保障するとともに、自立を助長する」という本来の目的から逸脱しており、生活保護制度は適切に機能していないと言っても過言ではない。

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[1] 厚生労働省「生活保護制度」〈https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/seikatuhogo/index.html〉

[2] 厚生労働省「生活保護制度の現状について」〈https://www.mhlw.go.jp/content/12002000/000977977.pdf〉

[3] 厚生労働省「生活保護の被保護者調査の結果」〈https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/hihogosya/m2023/dl/05-01.pdf〉

第2節 AI発達による仕事代替

オックスフォード大学のマイケル・オズボーン博士らが発表した論文に基づいて行われた野村総合研究所による共同研究[1]では、20年後までに日本の労働人口の約49%が機械に代替可能になるという試算が出ている。本論文が発表されてから約10年が経った現在では、製造業で製造物の傷をはじめとした外観異常を検知するためのシステムにAIが活用されていたり、小売業ではカスタマーサポート対応においてAIを搭載したチャットボットが活用されていたりと、各業界でAIを活用した仕事効率化の動きが徐々に見え始めている。また、最近ではChatGPTをはじめとした検索エンジン・対話型AIチャットを組みわせた生成系AIが登場したことで、AIの可能性を目の当たりにし、誰もがAIによる仕事代替が遠い話ではないと感じているだろう。このようなAIを仕事に活用するムーブメントが今後より本格化した場合、大量の失業者が発生することが懸念される。現行の失業手当は、離職票を受け取った後ハローワークにて申請を行い、7日間の待機期間を経て雇用保険説明会を受けることで手当を受給できるという流れである。もし、AIによる仕事代替のムーブメントによって、一時的に失業者が大量に発生した場合、手続き等が圧迫し、スピード感を持って受給することができない可能性や財源が枯渇してしまうことが考えられる。

AIの発達に伴う仕事の代替はデメリットだけではなく、メリットも存在する。AIに仕事が奪われるということは、人間が働く必要がなくなるとも捉えることができる。厚生労働省のデータによると、日本における2021年の週労働時間が49時間以上の労働者の割合は15.1%[2]と、アメリカ・フランス・ドイツ・イギリス等の諸外国と比べて長時間労働の従業員の割合が多い傾向にある。1人あたりの年平均労働時間を見ても、日本はドイツよりも300時間程度多く[3]、長時間労働の風潮から中々抜け出せないままでいる。AIによる仕事の代替は、失業者という懸念が存在する一方、長時間労働をはじめとした現在の日本の働き方に良い変化を与える可能性を秘めていると言える。


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[1] 株式会社野村総合研究所「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に~ 601種の職業ごとに、コンピューター技術による代替確率を試算 ~」2015年

[2] 厚生労働省「令和3年度 我が国における過労死等の概要及び政府が 過労死等の防止のために講じた施策の状況」〈https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001001664.pdf〉

[3] 同上

第3節 ベーシックインカム

これらの生活保護制度やAI発達による仕事の代替から生じる問題を解決する政策としてベーシックインカムが最適であると考える。ベーシックインカムとは「政府が全国民に対して健康で文化的な生活を送るための現金を支給する制度」のことである。ベーシックインカムは前述した通り、国民全員を対象に無条件で現金を給付するため、現行の生活保護制度で発生している不正受給や貧困の罠といった問題は起こり得ない。AIの発達によって失業者が出た場合においても、ベーシックインカムによって健康で文化的な最低限度の生活を送るための現金を給付する環境が整っていれば、支給の手続き等に圧迫されることもなく対応することができる。また、ベーシックインカムによって最低限度の生活が保障されていれば、仕事がAIに代替されることを逆手に取って、現在の日本の労働観にポジティブな変化を与えることができると考える。
ベーシックインカムを導入するうえで最大の課題は財源確保である。2020年に新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、国民1人一律10万円の特別定額給付金の支給が行われたが、この支給に使用された総額は約12兆円である。この特別定額給付金は1回きりであったが、ベーシックインカムは特別定額給付金を恒久的に毎月給付することに等しいため、莫大な財源が必要となる。このように財源の安定性・持続可能性という点においてベーシックインカムは課題を抱えている。

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第4節 仮説

生活保護制度・AI発達による仕事の代替から生じる問題とその解決策となりうるベーシックインカムから、2つの仮説を立てた。1つ目が「ベーシックインカムが実現すれば、現行の生活保護によって生じている『貧困の罠』が解消され、さらにAIの発達によって生じると予想される失業者に対するセーフティネットとして機能し、現行の社会保障制度より優れたものになりうる」である。ベーシックインカムの導入が実現すれば、同じ機能を持つ社会保障制度は廃止されるのが当然の流れである為、生活保護制度そのものがなくなる。生活保護制度が廃止されれば、現在問題となっている不正受給や貧困の罠といった問題自体が消滅する。また、AIの発達による失業に限らず、あらゆる失業者への対策として機能することも間違いないなく、現行の社会保障制度の機能の多くがベーシックインカムに集約されると言える。これは現行の煩雑な社会保障制度を一元化することを意味し、行政の無駄を削減できると考えられる。ベーシックインカムは現行の社会保障制度の機能を包括しているということに加え、行政のコスト削減につながるという点で、現行の社会保障制度よりも優れたものになると考える。
2つ目は「ベーシックインカムが実現すれば、日本従来の労働観に変化が生まれ、職業選択の幅が広がり、働きがい・やりがいの面での働き方改革につながる」である。前述した通り、今後AIが発達することで現在ある仕事の多くが機械に代替されると予想されている。これは人類にとって雇用機会の喪失の危機であると捉えることもできるが、本当にやりたいことを実現させるチャンスだと捉えることもできる。職業選択には様々な要素が混在しているが、そのうちの1つが収入である。人々はお金がなければ生活ができないため、ある程度の収入が見込める職業を選択する必要がある。しかし、生活するうえで必要な費用があらかじめ保障されていれば、職業選択の要素から収入を一定数排除することができると考える。職業選択から収入の要素が排除されれば、本当にやりたいことを追求することができ、働きがいをはじめとした労働者の内面にアプローチした働き方改革が起こせるのではないかと考えた。国民の三大義務の1つに「勤労の義務」が設けられているように、従来の日本の労働観では働くことは当たり前で、「生存=労働(所得)」というような価値観が浸透している。しかし、AIが仕事をしてくれるようになるのであれば、人々の働き方・労働観も時代に合わせて変化していくと予想できる。ベーシックインカムは国民全員が平等に無条件で生活の基盤となる現金を受け取ることができるため、「生存=労働(所得)」という労働観に大きな影響を与えるのではないかと考える。

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第5節 研究目標

以上の背景・仮説を踏まえて、本研究の目標を「ベーシックインカムを財政面から実現可能であると証明すること」及び「ベーシックインカムの導入が働き方改革に繋がることを示すこと」とする。ベーシックインカムを導入することには、「生活保護制度の不正受給・貧困の罠の解決」、「AI発達に伴って生じる失業者へのセーフティネット」、「働き方改革」の3つの社会的意義が存在するが、その最大の課題は財源確保である。財源が確保できなければ、そもそもベーシックインカムが成立しない為、上記の3つの社会的意義は机上の空論となってしまう。そこで、まず財源に関する文献調査を行い、ベーシックインカムの実現可能性について考察し、実現可能であると証明する。その後、文献調査・アンケート調査を用いてベーシックインカムが働き方改革になりうることを証明する。ベーシックインカムによる働き方改革については、「労働意欲」「労働環境」「職業選択の幅」「労働観」という4つの概念に細分化して考察を行っていく。

(435字)

第6節 本論文の構成

第1章では、まず生活保護とAIによる仕事代替に焦点をあて、ベーシックインカムを導入する意義について説いた後、筆者が考える仮説を2つ紹介し、本研究のゴールを示した。第2章では本研究で行った社会人を対象にしたベーシックインカムに関するアンケートの結果を紹介し、分析する。アンケートでは、アンケート回答者の属性・ベーシックインカムに関する質問・給付額に関する質問・仕事に対する質問の計4種類の質問を集計した。これらの結果を定量的・定性的に分析を行っていく。第3章ではベーシックインカムの実現可能性について考察する。まずは必要な財源の計算を行い、その後に歳出削減・増税(消費税、所得税、法人税)・租税回避行為への対策・富裕税・新制度の導入などから最適な財源調達方法を検討する。第4章では現在の日本における労働に対する考えや価値観を整理し、ベーシックインカムが働き方にどのような影響を及ぼすかについて考察していく。第5章では本研究の全容を再度確認し、筆者の主張をまとめる。

(430字)

第1章全体(4481字)

第2章 ベーシックインカムに関するアンケート調査

本研究ではクラウドワークスを利用し、社会人を対象として206人にベーシックインカムに関するアンケート調査を行った。アンケート回答者の属性は(図表1)の通りである。まず、ベーシックインカムに対する世間の印象(図表2)について分析する。「ベーシックインカムを知っているか?」という質問に対して、約76.7%の人が「はい」と答えていることから、ベーシックインカムは既に多くの人に認知されている政策であるということが読み取れる。また、「ベーシックインカムの導入に賛成か?」という質問に対しては、約67.5%の人が「はい」と答えている。本アンケートでは高所得者層の回答を多く得られなかったが、「いいえ」と回答した人のほとんどが高所得者層であった。このことから、ベーシックインカムの導入については所得の大小に応じて賛否が分かれると感じた。賛成の主な理由としては、「生活に余裕ができるから」「格差が縮小されるから」「人生設計が立てやすい」などが挙げられ、反対の理由には「財源の確保が困難」「増税されるくらいならやらないほうがいい」「人々の労働意欲が低下するから」などが挙げられた。これらの回答を受けて、ベーシックインカムは支援を必要としている層からは受け入れられやすいが、既に満足のいく生活水準に達しており財源を負担する側になる可能性がある高所得者層からは否定的な声が多いため、多くの国民から支持してもらうには、極力国民に負担をかけずに財源を確保できることを証明することが必要不可欠であると感じた。どのようにして財源を確保するかについては第3章で細かく考察していく。

 次に、給付額に関する質問(図表3)を平均値・中央値・最頻値から分析していく。今回は具体的な給付額について、より正確な意見を聞くために4つの段階に分けて質問を行った。1つ目は「自分の理想の生活を送るためにはいくら必要か?」という質問(図表3-1)で、平均値35.7万円・中央値30万円・最頻値30万円という結果になった。平均値を年収化すると428.4万円で、日本の平均年収である457万6000円[1]に近い数値となった。この結果から、人々の理想の生活に必要な金額は平均的な収入に近く、理想の生活を送るために平均程度の収入を求めていることが読み取れた。2つ目は「健康で文化的な生活を送るにはいくら必要か?」という質問(図表3-2)で、平均値25.3万円・中央値22万円・最頻値20万円という結果になった。人々が考える健康で文化的な生活を送るための金額は約20万円であることがわかった。3つ目の質問は「最低限生きていくためにはいくら必要か?」という質問(図表3-3)で、平均値16.9万円・中央値15万円・最頻値15万円という結果になった。2つ目と3つ目の質問を照らし合わせることで、人々が考える健康で文化的な生活は、生活費15万円・娯楽5万円であると考えていると導き出すことができる。生活保護の受給条件である最低生活費約13万円と大きな差異がないことから、政府と国民の間に最低限必要な生活費の感覚に大きなズレがないこともわかる。4つ目の質問は「もしベーシックインカムが実現するなら、いくら給付して欲しいか?」という質問(図表3-4)で、結果は平均値14.0万円・中央値10万円・最頻値10万円という結果になった。この結果から、国民がベーシックインカムに期待する支給額は10万円であることがわかった。これらの給付額に関するアンケート結果も踏まえて、ベーシックインカムで想定する具体的な給付額について第3章で考察する。

 最後に、ベーシックインカムが働き改革になりうるかどうか考察するために行った、仕事に関する質問(図表4)を分析していく。「現在の仕事を選んだ理由」という項目は、「仕事内容」が63.1%と最も多く、「収入」が一番多くなるという筆者の予想を裏切る結果となった。「やりがいを感じているか」という項目についても、約68.2%の人が「感じている」と回答しており、想像以上に現在の仕事に対してやりがい・働きがいを感じている人が多かった。しかし、「仕事に何を求めるか」という項目では、「収入」が「仕事内容」を上回る結果となっており、仕事を選んだ理由と仕事に求めるものが一致しないという矛盾が生じた。この結果から、自分の好きな仕事内容で自分が納得のいく収入を得られている人は少なく、仕事内容か収入の二者択一になっている人が多いのではないかと推測した。ベーシックインカムが導入されれば、二者択一の片方の選択肢である収入に対して大きな不安を感じることなく、好きな仕事内容に取り組み、現状より働きがい・やりがいを感じることができるようになるのではないかと考える。この結果を参考に、第4章では、日本の労働に対する現状を整理し、ベーシックインカムが働き方にどのような影響を与えるかについて考察していく。


(1985字)


[1] 国税庁「令和4年分 民間給与実態統計調査」〈https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/minkan/gaiyou/2022.htm〉

第3章 財政面から見たベーシックインカムの実現可能性

3-1給付方法

給付方法については期限付きの電子マネーによる給付が最適であると考えている。ベーシックインカムの「政府が全国民に対して健康で文化的な生活を送るための現金を支給する制度」という定義に反する形になってしまうが、現金でも電子マネーでも機能に違いはないため、問題ないと考える。ベーシックインカムを実施するうえでの懸念点として、給付した現金が貯蓄にまわされるという懸念点がある。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて2020年に実施された国民1人あたり現金10万円の一律給付においては、野村証券の独自調査によると、2人以上の世帯で10万円から消費に使われた金額は2ヶ月で約29000円[1]であった。給付したお金を貯蓄にまわされるのは本来の目的から外れてしまうことに加え、経済に対しても悪影響を及ぼすため対策が必要である。しかし、所得は長期的に獲得可能な所得「恒常所得」と一時的な所得「変動所得」の2つに分類することができ、消費は恒常所得に依存するという理論のフリードマンの恒常所得仮説が存在する。この恒常所得仮説に則って考えると、コロナ禍の10万円の一律給付は変動所得に該当するため、消費に大きな影響を与えないのは当然のことであり、ベーシックインカムは恒常所得に該当するため、貯蓄にまわるのではなく消費活動につながると考えることができる。この理論を是とするならば、ベーシックインカムを現金で給付しても問題はないが、あらゆる懸念点を想定して給付方法を決めるべきであると考える。そこで、貯蓄にまわされるのを防ぐために期限付きの電子マネーで国民全員に給付を行い、消費を促進して経済に良い効果を与える可能性を高めるべきだと考えた。


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[i] NHK「10万円の給付 実際に使ったのは1万円?証券会社が試算」〈https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201228/k10012787641000.html



3-2必要な財源

必要な財源については「人口×1人当たりの給付額」によって導き出す。ただし、15歳未満(中学生以下)と15歳以上(中学校卒業済み)の2つの属性に分けて給付金額を想定する。理由としては、15歳未満(中学生以下)は義務教育の過程にあり、一般的には親に養ってもらっているため、自分で働き、自立を求められる15歳以上(中学校卒業済み)と分けて考えるべきだと判断したからだ。人口については現在の人口を計算式には使用しない。フィンランドで2017年にベーシックインカムの実験が行われたが[1]、そのフィンランドにおいても未だベーシックインカムは実現していない。その他実験段階まで進んだ国は存在するが、今のところ導入に至った国は出てきていないことを踏まえると、実験段階にさえ至っていない日本が実現できる時期はかなり先であると想定される。また、アメリカのAI技術研究者のレイ・カーツワイル氏は人工知能の性能が2045年に人口の知能を超えると予測しており[2]、社会的意義の1つであるAI発達による失業者へのセーフティーネットとして機能させるためには2045年までにベーシックインカムを導入させるべきであると考える。今回はそれらの点を考慮して2045年の推定人口をもとに必要な財源を計算する。

具体的な給付金額については、①「15歳以上の国民に10万円、15歳未満の国民に5万円」もしくは②「15歳以上の国民に8万円、15歳未満の国民に4万円」が最適であると考える。①の給付金額は現行の生活保護制度・第2章で紹介したアンケート結果に寄せた給付金額である。現行の生活保護制度における1人暮らしへの支給金額の目安は10〜13万円であり、生活保護費に近い額を担保するなら①の金額となる。それに対して、②は老齢基礎年金をベースに置いた給付金額である。老齢基礎年金の支給金額(満額)は6万6250円[3]であるため、6万円程度でも最低限生活していくことは可能であると考えられる。しかし、年金を受け取っている世代は現役時代の貯蓄等で足りない分を補っていることも想定されるため、生活保護制度と老齢基礎年金の間をとった8万円を給付金額とした。そして、15歳未満の給付金額については教育費をベースに考えた。令和3年に文部科学省によって行われた学習費調査[4]によると、公立小学校における年間の学習費総額は35万2566円、公立中学校は53万8799円であり、6年間の総額は267万4095円である。それに対してベーシックインカムによる6年間の給付金額は①の場合360万円、②の場合288万円と義務教育である小・中学校の教育費を全額保障できる金額である。このように、生活保護・老齢基礎年金・教育費・実施したアンケートを踏まえて考えた、上記のどちらかの給付金額が妥当であると考える。

2045年の推定総人口は約1億500万人[5]でそのうち15歳未満の推定人口は約1200万人[6]だとされている。この人口に上記の給付金額を乗じることで求めることができるベーシックインカムを導入するために年間で必要な財源は、①の給付金額の場合約118兆8000億円、②の給付金額の場合約95兆500億円である。2023年の日本の一般会計予算が約114.4兆円[7]であることを踏まえると、ベーシックインカムには国の一般会計予算に近い財源が年間で必要になることがわかる。この約95〜120兆円の財源を調達する方法について、歳出削減・増税・租税回避行為への対策・富裕税・新制度の導入の観点から考察していく。そして、これらの考察の結果を踏まえて、第3章の最後に①と②についてどちらの方がより最適か結論を提示する。


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[i] 寺岡寛「フィンランドのベーシック・インカム制度実験」『中京企業研究』第39巻、103頁-113頁、2017年

[ii] 日本経済新聞「人工知能「2045年問題」コンピューターは人間超えるか」〈https://www.nikkei.com/article/DGXMZO82144080Q5A120C1000000/

[iii] 国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口」

https://www.ipss.go.jp/pp-shicyoson/j/shicyoson18/1kouhyo/gaiyo.pdf

[iv] 同上

[v]財務省「令和5年度一般会計予算 歳出・歳入の構成」〈https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/002.pdf

3-3歳出削減

鈴木(2021)は「ベーシックインカムと同様の機能を持つ生活保護制度や基礎年金制度、所得控除制度などを廃止すると、99.4兆円の歳出削減が可能である」[1]と言及している。しかし、筆者はベーシックインカムと機能が重複する現行の社会保障制度に関しては廃止するべきだと考えるが、所得控除の廃止は行うべきではないと考える。寺岡(2017)[2]の論文にあるフィンランドの意識調査によると、国民はベーシックインカム導入に伴う負担増加を懸念しており、本研究で行ったアンケートにおいてもベーシックインカムに対する反対意見の大半に負担増加が挙げられていた。このことから、所得控除の廃止は国民からの支持が下がりかねない為、ベーシックインカムの実現可能性という観点から避けるべき財源調達方法であると考える。現行の社会保障制度の中でベーシックインカムを導入することで廃止できる制度として、生活保護制度・基礎年金・失業手当・児童手当が考えられる。特定の条件下において健康で文化的な最低限度の生活費を給付する生活保護制度・年金制度・失業給付の3つの制度は、無条件で全国民に最低限度の生活費を給付するベーシックインカムに包括されると考える。また児童手当においても、本研究では15歳未満の国民に対して義務教育にかかる金額以上金額を給付することを想定している為、ベーシックインカムに置き換えることが可能であると考える。最新のそれぞれの予算は生活保護制度が2兆8301億円(2023年)[3]、基礎年金における歳出が24兆926億円(2021年)[4]、失業手当が1兆5772億円(2021年)[5]、児童手当が約3兆3447億円(2023年)[6]である。このことから、現行の社会保障制度である生活保護制度・基礎年金・失業手当・児童手当をベーシックインカムに置き換えることで、約31兆9446億円の財源を確保することができる。

原田(2021)は「公共事業費、中小企業対策費、農林水産省予算、地方交付税交付金のうちにも所得を維持するための予算と考えられるものがある」[7]と言及しており、簡潔にまとめると、公共事業予算から4兆円、中小企業対策から0.4兆円、農林水産業費から1兆円、福祉費から2兆円、地方交付税交付金から1兆円の合計8.4兆円が削減可能な政府支出だと算出している。

生活保護制度・基礎年金・失業給付・児童手当をベーシックインカムに置き換えることに加え、公共事業費等現行の予算から削減できるものを全て合算すると、歳出削減で約40兆3446億円が確保可能である。


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[i] 鈴木亘「ベーシック・インカムの実現可能性に関するー考察」『学習院大学 経済論集』第57巻、第4号、313頁-327頁、2021年

[ii] 寺岡寛「フィンランドのベーシック・インカム制度実験」『中京企業研究』第39巻、103頁-113頁、2017年

[iii] 財務省「令和5年度 社会保障関係予算のポイント」〈https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202304/202304c.pdf

[iv] 厚生労働省「令和3年度決算(年金特別会計 基礎年金勘定)」〈https://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/kaiji/nenkin-kessan21-3.html

[v] 厚生労働省「令和3年度(当初)予算(労働保険特別会計雇用勘定)」〈https://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/kaiji/roudou48.html

[vi] 厚生労働省「令和5年度(当初)予算 (年金特別会計子ども・子育て支援勘定)」〈https://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/kaiji/nenkin30-05.html

[vii] 原田泰「ベーシックインカムは財源的に実現可能か」『季刊 個人金融』2021年3-4消費税・所得税・法人税


3-4消費税・所得税・法人税

歳出を減らすことの次に考えつく財源調達方法として、歳入を増やすことが挙げられるが、その代表例は増税であろう。鈴木(2021)[1]はベーシックインカムの財源として、消費税は不向きで所得税が最適であると考えている。消費税を増税してしまうと国民は実質的にベーシックインカムで給付された金額から消費税率を引いた金額しか使えなくなってしまうと指摘している。この指摘はもっともで、消費税を増税してベーシックインカムを導入しても実質的な給付金額は減少してしまうため、給付金額を削減することに近い。それに対して所得税は低所得者の負担が必然的に低くなるため、再分配をするにおいて最適であると考えられる。しかし、仲澤(2020)は家計からベーシックインカムに必要な財源を回収することは趣旨に反するため、企業から回収することが必須であると主張しており、理想の財源調達方法として「企業に特殊な株式を発行させて,それを政府が保有するというものである。その株式には議決権等の通常の株主の持つ権限はないが,代わりに業績に関係なく BI 財源として指定される配当額を政府に納付することが義務付けられる」[2]という方法を提案している。法人税の増税も考えることができるが、法人税は赤字の場合納税する必要がないため、平等性及び安定性に欠け、適切ではないと考えられる。所得税についても仲澤の主張の通り、低所得者の負担が低くなることは間違いないが、国民からベーシックインカムの導入に賛成を得られにくくなる悪手であると考える。第2章で紹介したアンケート結果においても、ベーシックインカムに対する否定的な意見のほとんどが増税に関するものであったため、所得税は増税するべきではないと考える。筆者は企業から徴収することが最適であると考えており、その理由及び具体的な方法については本章第7節で論じる。財源を調達するにあたって出来る限り否定的な意見を防ぐためにも、納税から逃れている層に対してアプローチをするべきであると考える。代表的な租税回避行為としてタックスヘイブンが挙げられ、会社の拠点を海外に移したり、海外に移住したりする人が少なくない。このような行為については度々問題視されており、租税回避行為へ対策をきちんと行うことで、国民の負担を増加させることなく財源を確保することができると考える。


(1079字)


[i] 鈴木亘「ベーシック・インカムの実現可能性に関するー考察」『学習院大学 経済論集』第57巻、第4号、2021年

[ii] 仲澤幸壽「経済循環を維持させるベーシックインカム」『西南学院大学経済学論集』56巻、3・4号、33頁-58頁

3-5租税回避行為への対策

そこで、次に租税回避行為への対策について検討していく。ガブリエル・ズックマン(2015)によると、世界全体の家計の金融資産は9500兆円で、そのうち租税回避地に少なくとも8%である760兆円流入している[1]。この推測が行われたのが2015年であることや家計の金融資産が対象とされていることを踏まえると、世界全体から租税回避地に流入する規模は760兆円を大幅に上回っていることが予想される。また、タックス・ジャスティス・ネットワーク(2016)によると、租税回避によって失われた日本の税収は約17兆円である[2]。これらの推計から、租税回避行為へ対策を行うことで多大な財源を確保することができると考えられる。具体的な租税回避行為への対策としては、2023年度改正で日本でも立法されたグローバルミニマム税が挙げられる。グローバルミニマム税とは多国籍企業に世界中どこでも15%以上の税負担を負わせることで、租税回避行為を追放し、税率引き下げ競争に歯止めをかけようという制度である。まだ立法されたばかりの制度であるため、具体的な数値を用いて効果を算出することは難しいが、上手くいけば2016年の失われた税収である17兆円を超える約20兆円の財源が確保できるのではないかと考える。しかし、この20兆円に関しては、確実性は高くなく、より慎重に検討する必要がある。


(633字)


[i] ガブリエル・ズックマン「失われた国家の富:タックス・ヘイブンの経済学」『NTT出版』2015年

[ii] 週プレNEWS「日本の地下経済で失われる税収は17兆円…グローバル企業や富裕層の税金逃れはなぜ本気で摘発されない?」〈https://wpb.shueisha.co.jp/news/politics/2016/05/10/65120/

3-6富裕税

次に新税として富裕税の導入を検討する。現在の日本の税制は戦後すぐに行われたシャウプ勧告の影響を大きく受けており、シャウプ勧告は70年前の日本の税制に対して直接税中心の税制を基本とし、所得税においては総合累進課税の考え方を推進するとともに所得税を補完税として富裕税を創設することを提言した。当時の富裕税の税率は純資産額に合わせて最低0.5%から最大3.0%の範囲で定められていた。しかし、資産把握の限界や無収益資産に対する課税への問題などが原因で、わずか3年で廃止されている。岸野(2019)は「所得税と富裕税の結合は、所得税を一本として累進税を課する場合と比べて、労働のインセンティブ及び生産と投資に対する影響をはるかに小さいものにすること、富裕税の方が不当な経済力の集中の増大を防止する卓越したより一層選別可能な方法だ」[1]と述べており、ベーシックインカムの財源として計算できると考えている。富裕税の導入は本研究において重要視している国民から納得の得られる財源調達方法かという点では最適とは言えない。しかし、そもそも政策を実行するうえで全国民から賛同を得ることは不可能であり、誰かが恩恵を受けて誰かがそれを負担するという構図からは逸脱することはできない。その前提を踏まえて考えると、全国民が健康で文化的な生活を送るために富裕層の手を借りることは妥当な選択肢であると考えた。当時の課題であった資産把握・評価の方法については相続税で定められている財産評価基本通達やマイナンバーを活用すれば解決できると考えられる。野村総合研究所[2]の調査によると、2019年時点の日本で純金融資産保有額1億円以上の富裕層は145万世帯以上存在し、その合計額は約364兆円にのぼる。さらに、純金融資産保有額5000万円〜1億円の準富裕層は325万世帯以上存在し、合計額は258兆円である。現在に合った富裕税率の検討や純金融資産保有額1億円以上の富裕層と純金融資産保有額5億円以上の超富裕層で税率を分けて考えるなど、富裕税を導入するにあたって考慮するべき点は多々あるが、本研究では戦後の税率を用いて財源の計算を行う。純金融資産保有額1億円以上の富裕層に対して3%の富裕税を課し、純金融資産保有額5000万円〜1億円の準富裕層に対して2%の税率を課した場合、富裕税の導入によって得られる財源は約16兆円である。

(1041字)


[i] 岸野悦朗「富裕税復活の可能性」『南山経済研究』33巻、3号、253-274頁、2019年

[ii] 野村総合研究所「日本の富裕層は149万世帯、その純金融資産総額は364兆円と推計」〈https://www.nri.com/jp/news/newsrelease/lst/2023/cc/0301_1

3-7企業からの徴収

ここまでで計算した財源の総額を一度まとめると約76兆円であり、本章の第2節で示した①の財源を確保するためにはあと約40兆円、②の財源を確保するためには約20兆円必要である。残りの財源調達方法として企業からの徴収が妥当であると筆者は考えている。ベーシックインカムが実施されれば年間約100兆円のお金が消費に回されるようになるが、その恩恵はほとんど企業が受けると考えられる。さらに、労働契約法第5条で「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」[1]と定められているように、企業には安全配慮義務がある。ベーシックインカムが実現すれば、従業員の健康で文化的な最低限度の生活が保障されるため、ベーシックインカムに必要な財源を一部企業から徴収するということは、従業員の生命・身体等の安全を確保するという意味で適切であると考える。そこで、企業に対して「ベーシックインカム税」という新税を課すことを提案したい。

ベーシックインカム税の内容は「企業に対して従業員1人あたりにつき、年間20万円(月額約1.6万円)の税金を課す」というものを想定している。総務省のデータによると、2021年時点での日本の総従業者数は5795万人[2]である。この総従業者数に上記の年間20万という数字を乗じると、年間で約11兆5900億円となる。しかし、総務省は従業者を「従業者とは、当該事業所に所属して働いているすべての人をいう。したがって、他の会社や下請先などの別経営の事業所へ派遣している人も含まれる。」[3]と定義しているため、学生アルバイトは対象外にする、勤続期間に条件を設けるなどの捻りが必要である。このベーシックインカム税の懸念点は2つある。1つは確保可能な財源が総従業者数に依存するため、安定しているとは言い難い点だ。しかし、総従業員数の変動の波は決して大きくないことや日本の人口がそもそも減少傾向にある点を踏まえると、許容できると考える。もう1つの懸念は、企業が従業員を雇うハードルが上がり就業の難易度が上がってしまう、賃金が下がってしまう可能性がある点である。就業の難易度が上がる可能性については、そもそも日本が慢性的に人手不足に悩まされていることから、仕事が全くなくなることはないと考える。また、賃金が下がることについても、ベーシックインカムが導入されれば、下がってしまった以上の金額が還元されるため問題ないと考える。したがって、筆者は「ベーシックインカム税」の導入に肯定的であり、租税方法や従業者の定義等、課題は多々あるもののベーシックインカムの財源になりうると考える。

 


[i] 厚生労働省「労働契約法第5条」〈https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudoukeiyaku01/dl/13.pdf

[ii] 総務省統計局「我が国の事業所・企業の経済活動の状況〜令和3年経済センサス」〈https://www.stat.go.jp/info/today/pdf/195.pdf

[iii] 総務省統計局「本調査の従業者の扱いについて(案)」〈https://www.stat.go.jp/info/kenkyu/servstat/pdf/si13-3.pdf

(1162字)

3-8財源調達方法

第3章では給付方法、必要な財源、財源調達方法について論じてきた。給付方法については期限付きの電子マネーという形を採用し、給付したお金が貯蓄に回され、経済が停滞することを避けるべきであると結論づけた。そして、具体的な財源調達方法については歳出削減・租税回避行為への対策・富裕税の導入・企業からの徴収が適していると考えた。歳出削減においてはベーシックインカムに包括される生活保護制度・基礎年金・失業手当・児童手当及び現行の予算から削減できると考えられる公共事業費等から約40兆3446億円が確保可能であることがわかった。租税回避行為への対策については確実性が低いものの、グローバルミニマム税の導入等が上手く行った場合、約20兆円の財源が確保できると考えた。富裕税の導入については、純金融資産保有額1億円以上の富裕層に対して3%の富裕税を課し、純金融資産保有額5000万円〜1億円の準富裕層に対して2%の税率を課すことで、約16兆円の財源を確保できることがわかった。企業からの徴収については、「ベーシックインカム税」という「企業に対して従業員1人あたりにつき、年間20万円(月額約1.6万円)の税金を課す」新制度を提案した。実現にあたって、就業難易度の上昇や賃金低下などのデメリットも想定されるが、それらはベーシックインカムの導入が実現すれば許容できる範囲であると考える。そして上記の財源調達に加えて、消費税から約10兆円確保することも可能ではないかと考えている。なぜなら、ベーシックインカムの導入によって約100兆円が消費に回されれば、消費税収が約10兆円増加するからである。ベーシックインカムによって生じる消費税収をベーシックインカムの持続可能性を高めるために使用することは妥当ではないだろうか。ベーシックインカムによって給付されたお金を使用した消費のみ免税とするなどの措置は現実的ではないため、その分の消費税収をそのままベーシックインカムに再利用することが最適であると考える。また、具体的な数値は不明ではあるが、期限切れの電子マネーも発生すると想定される。そういった期限切れの電子マネーについても次の給付の財源として再利用していくことで、ベーシックインカムの持続可能性をより高めることができると考える。
第3章で考察した財源の総額を計算すると、約98兆円であり、ベーシックインカムは財政面から見て実現可能であると結論づけることができる。本章第2節では、①「15歳以上の国民に10万円、15歳未満の国民に5万円」もしくは②「15歳以上の国民に8万円、15歳未満の国民に4万円」の2つの給付金額のパターンを提示したが、筆者は②が最適であるという結論に至った。理由は2つあり、1つ目は②の給付金額でも老齢基礎年金よりも2万円程度多く、子どもの教育費用も全額補償することができているため、給付金額として申し分ないと考えたからである。2つ目はベーシックインカムの持続可能性を追求するべきだと判断したからである。第3章で行った財源の計算では、何とか②の給付金額でベーシックインカムを行う財源を確保できる証明ができたが、そもそも①の金額には及んでいない。①の給付金額を用意するには、富裕層や企業に更なる負担を強いることになり、より賛同を得られにくくなるだけでなく、持続可能性も低くなると考えられる。ベーシックインカムを導入した後で、財源が底を尽き支給を一時停止するなどの事態になっては本末転倒であるため、しっかり持続して行うためにも②「15歳以上の国民に8万円、15歳未満の国民に4万円」が最適であると考える。
改めて第3章を総括すると、ベーシックインカムは財政面から見て実現可能である。しかし、財源として不確実な租税回避行為の対策や富裕税等も計算に含まれており、財源確保に向けての課題はまだまだ存在し、これから突き詰めていく必要がある。本章で本研究の後半部分であるベーシックインカムによる働き方改革の大前提となる、ベーシックインカムの実現可能性を証明することができたため、次章からベーシックインカムが働き方にどのような影響を及ぼすかについて考察していく。

(1690字)

第3章全体(9192字)

第4章 働き方改革としてのベーシックインカム

4-1働きがい

筆者は、ベーシックインカムは人々の「働きがい」「やりがい」にアプローチした働き方改革になり得ると考えているが、「働きがい」は人にとって様々であり、一概に表現することは難しい。そこで、本研究では独自に「働きがい」という言葉の定義づけを行う。定義づけにあたって、以下に働きがいの定義に関する4つの先行研究を紹介する。

足立(1999)[1]は働きがいとは「単なる職務満足という狭義の捉え方ではなく,働くことの楽しさや働くことの充実感という仕事そのものから得られる満足感と仕事をすることによって得られる報酬に対する満足感を意味する」としている。

小野(2011)[2]は「働き甲斐とは、その人の仕事生活の中で,職務満足感の重要な構成要因である能力の十分な発揮や成長、達成感、充実感などを感じることができ、そして、それが自己の人生の肯定に繋がること」と定義している。

谷田部(2016)[3]は「働くことにより生活の安定や社会との結びつきを実現するだけでなく、仕事や所属組織が自分の適性や価値観に合っており、仕事や組織を通じて能力を十分に発揮できかつ人間として成長でき、併せて働くことに達成感や充実感が生じ、仕事や所属組織自体に誇りを持ち、仕事や所属組織に満足している主観的状態」と表現している。

厚生労働省(2019)[4]は働きがいのある状態を「『仕事から活力を得ていきいきしている』(活力)、『仕事に誇りとやりがいを感じている』(熱意)、『仕事に熱心に取り組んでいる』(没頭)の3つが揃った状態」と説明している。

これらの4つの働きがいの定義で共通していることは、働くことによって満足感・充実感といった満たされる感情が得られるということである。その点も踏まえて、本研究では働きがいの定義を「活力(仕事から活力を得ていきいきしている)、熱意(仕事に誇りとやりがいを感じている)、没頭(仕事に熱心に取り組んでいる)の3つが揃っており、達成感・充実感が生じていること」とする。国が主導となって行うベーシックインカムを軸とした働き方改革であることから、厚生労働省の定義を土台とし、達成感・充実感という言葉を付け加えて定義づけを行った。




[i] 美濃陽介「働きがいとモチベーション」『青森中央短期大学研究紀要』青森中央短期大学、32号、213-217頁、2019年

[ii] 同上

[iii] 同上

[iv] 潜道文子「「働き方改革」に求められる「働きがい」の視点とその意義」『拓殖大学経営経理研究』拓殖大学経営経理研究所、121巻、109-133頁、2022年

(999字)

4-2労働に対する現状

ギャラップ社が2017年に行った調査[1]によると、日本における「熱意あふれる社員」の割合は約6%で139カ国中132位と非常に低い順位に位置している。同社が行った別の調査[2]では「自分の得意とすることを行う機会を毎日持っているか」という質問に対して、非常にそう思うと答えたのは全体の約3分の1であった。また、厚生労働省が2021年に行った調査[3]では「現在の仕事に強いストレスを感じている人」の割合は約53.3%で、その主な原因は仕事の量・質、対人関係にあるということが明らかになっている。これらのデータを踏まえると、自分の得意な力を発揮することができないことや仕事の内容にストレスを感じていることで、モチベーションが上がらず、働きがいを持って仕事に取り組めている人が少ないというのが日本の現状であると言える。しかし、本研究で行ったアンケート(第2章参照)では、現在の仕事にやりがいを感じている人の割合が約68.2%で、母数は少ないものの一概にやりがいを感じている人が多いとは言い切れないと感じた。ただ、やりがいを感じることができていない人が一定数いることは間違いなく、諸外国と比較して日本では仕事に対してマイナスな気持ちを抱いている人が多いことも事実であるため、働き方・労働環境に改善の余地があることに違いない。

近年、よく働き方改革が議論・推進されているが、それは労働時間や賃金をはじめとした制度面のものばかりで、働くことの意味・価値・面白さや幸福感・満足感といったような仕事のやりがいにはフォーカスされていない。そもそも働き方改革とは「日本が直面している少子化と高齢化に伴う生産年齢人口の減少、および育児や介護との両立といった働く人のニーズの多様化に対応するため、生産性の向上、就業機会の拡大、そして意欲や能力を存分に発揮できる環境をつくることを目的として、働く方の置かれた個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにする」[4]ための施策である。つまり、本来働き方改革は働く人のやりがいや想いに焦点を当てるべきであり、制度面ばかり整っていても仕事に対して意欲・やりがいが持てなければ働き方改革とは言えないのである。

ベーシックインカムは上記の働き方改革の定義を十分に満たすことができる政策であると考えている。ベーシックインカムは健康で文化的な最低限の生活を保障するため、育児・介護との両立をはじめとした多様なニーズに応えることができる。また、生活の基盤を支え、職業選択の要素から収入という点をある程度排除できる可能性があることから、多様な働き方を選択することに繋がり、国民一人ひとりが将来についてポジティブに考えることができるのではないだろうか。




[i] 日本経済新聞「「熱意ある社員」6%のみ 日本132位、米ギャラップ調査」〈https://www.nikkei.com/article/DGXLZO16873820W7A520C1TJ1000/

[ii] BCD「4人に1人は「無気力社員」?! あなたの社員のやる気を測る12の質問」〈https://www.business-communication.design/blog/31

[iii] 厚生労働省「働く人の意識と就労行動」〈https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/08/dl/02_0001.pdf

[iv] 厚生労働省「『働き方改革』の実現に向けて」〈https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000148322.html

(1235字)

4-3現在の労働観

日本総合研究所が2020年に全国の中学生・高校生・大学生を対象に行ったアンケート調査によると、「興味・好奇心を追求して働くことが重要だ」という項目に対して「とてもそう思う」「ややそう思う」と答えた人は全体の70.3%[1]であった。この結果から、若者は給与所得をはじめとした外発的報酬よりも内発的報酬に対する欲求が強いと言うことができる。しかし、内閣府が行った令和元年の「国民生活に関する世論調査」では、「働く目的は何か」という問いに対して、「お金を得るために働く」と答えた人は全体の56.4%[2]であった。これらのデータから、現在の日本では自分の興味・好奇心を追求することを理想としつつも、結局はお金のために働いている人が多いと言える。そして、それは生きていくためにお金は必須であり、自分の興味・好奇心よりも優先順位が高くなっていることを意味する。

薄木(2021)は65歳以上の高齢者における労働観について、高齢者の働く理由の多くが「生活費を得たい」「生活の糧を得る」と回答する人が多いことから、就労に追い込まれているという状況に近いと表現している[3]。生活保護などの社会保障制度を利用せず無理にでも働く理由として、通俗道徳や「勤労=生存」といった考え方が重くのしかかっていることを挙げており、勤労せずに誰かに頼ることを恥としているのではないかと推測している。このような通俗道徳や「勤労=生存」という考え方は現在にそぐわないものであると考える。通俗道徳や「勤労=生存」という考え方によって、精神的負担が増し、健康で文化的な生活を送ることができなくなってしまっては元も子もない。

現役世代と高齢者のどちらの労働観においても所得を得るために労働をしている人が多いことから、従来の日本の労働観は「生存=労働」であると結論づけることができる。この労働観が、労働を能動的なものではなく受動的なものへと変え、働きがい・やりがいを感じることができない人の多さに繋がっており、従来の労働観に変化を与えることがやりがい面での働き改革に繋がるのではないかと考える。ベーシックインカムは働かずとも無条件で全員が生活の基盤となる現金を手にすることができるため、勤労をせずに誰かに頼ることが恥という考え方を覆し、お金のために働くという考えから脱することができるのではないだろうか。



[i] 日本総研「若者の意識調査(報告)-ESGおよびSDGs、キャリア等に対する意識-」〈https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/column/opinion/detail/200813report.pdf

[ii] 内閣府「国民生活に関する世論調査」〈https://survey.gov-online.go.jp/r01/r01-life/zh/z24-2.html

[iii] 薄木公平「労働の価値とベーシックインカム:支え合う社会であるために」『豊岡短期大学論集』豊岡短期大学紀要委員会、17号、195-203頁、2021年

(1086字)

4-4働き方改革

ベーシックインカムは「政府が全国民に対して健康で文化的な生活を送るための現金を支給する制度」であるため、本人が労働しているかどうかは問われない。そのため、ベーシックインカムが導入されれば、人々の労働意欲が低下するのではないかという懸念が存在する。本研究で行ったアンケート調査においても、ベーシックインカム導入に対する反対意見で、人々の労働意欲が低下するのではと指摘されていた。しかし、2017年にフィリピンで行われた実験[1]で労働意欲の低下はなかったというデータが報告されている。あくまで実験段階であり、限定的に給付を受けただけであるため、労働意欲に影響を及ぼしにくかったと推測することもできるが、実験の結果として労働意欲が低下しなかったことは事実である。また筆者は、ベーシックインカムは労働意欲の低下ではなく、むしろ労働意欲を向上させる作用があると考えている。ベーシックインカムは現行の生活保護の貧困の罠のようなものは起こり得ないため、働けば働くほど自分の手取りが増え、理想の生活に近づくことができる。さらに、健康で文化的な最低限度の生活が保障されていることで、仕事をしなければ生きていけないというプレッシャーから解放され、より前向きな気持ちで仕事に向き合えるようになるのでないだろうか。

AIが発達し多くの仕事が代替されるようになれば、仕事に対するストレスの原因の1つである「仕事の量」はある程度解消されると考える。本章第2節で紹介した厚生労働省のデータでは、仕事にストレスを感じる原因として仕事の量・質が挙げられていた。AIが発達すればAIが単純な労働を行うようになり、人々は質の高い労働を求めることができる。AIに仕事が奪われるということは多くの失業者が発生する可能性があるということだが、ベーシックインカムによって生活の基盤を支えることができていれば大きな問題にはならない。つまり、ベーシックインカムの導入は仕事の量・質を改善し、ストレスフリーに働くことができる環境づくりに繋がると言える。

さらに、ベーシックインカムによって職業選択の幅が広がると考えている。ベーシックインカムによって一定の収入が保障されていれば、職業選択の際の大きな懸念点である収入をある程度排除することができ、本当に自分がやりたいと考える仕事を選択しやすくなるのではないだろうか。それが結果的に、本研究の働きがいの定義である「活力(仕事から活力を得ていきいきしている)、熱意(仕事に誇りとやりがいを感じている)、没頭(仕事に熱心に取り組んでいる)」の3つの状態に繋がり、達成感・充実感を得られやすい職業選択に繋がると考える。

何度も述べてきた通りベーシックインカムは働かずとも健康で文化的な最低限度の生活費が支給される政策であるため、働かずにお金を得ることに対する後ろめたさが徐々に軽減されていくと考える。導入後すぐは恩恵を受ける側の人たちに厳しい声が寄せられることも想定されるが、ベーシックインカムという政策が本当の意味で日本に定着した頃には、「生存=労働」といった現在の日本の労働観に変化が生まれていると推測しており、筆者はベーシックインカムによって「生存=○○=労働」という価値観に変化すると考える。生きるために働くのでなく、一人ひとりが何のために生きるかについて考え、それを達成するための1つの手段として、労働を捉えるようになるのではないだろうか。そうすれば、生きるためにやらされる受動的な労働から、自分の願望を叶えるためにする能動的な労働に変化し、人々の働きがいに良い影響を与えると考える。

本節のこれまでの内容を総括すると、ベーシックインカムを導入することによって、労働意欲の向上・労働環境の改善・職業選択の幅の拡大・新しい労働観の生成の4つの側面から働き方改革を起こすことができると考える。これらの側面は全て労働者の内面に寄り添っており、働きがいを感じることができず、仕事にストレスを抱えている人が多い日本において、大きな効果を発揮するのではないだろうか。このように、ベーシックインカムは様々な角度から働き方にアプローチできることから、労働政策として機能し、働きがい・やりがい面にフォーカスした働き方改革として力を発揮すると考える。


(1784字)


[i] 寺岡寛「フィンランドのベーシック・インカム制度実験」『中京企業研究』第39巻、103頁-113頁、2017年

第4章全体(5104字)

第5章 終わりに

 第1章では、現行の生活保護における不正受給や貧困の罠の存在、AI発達による仕事代替について整理し、ベーシックインカムを行うべき背景を確認した。第2章では、本論文を作成するにあたって行った社会人を対象としたアンケート調査の結果を紹介し、分析を行った。第3章では、ベーシックインカムが財政面から見て実現可能かどうか検討を行った。はじめに給付方法・給付金額を定め、その後歳出削減・増税・租税回避行為への対策・富裕税・新制度(ベーシックインカム税)の導入などから検討を行った。第4章では、日本における労働に対する価値観や考え方を確認し、それらにベーシックインカムがどのような影響を与えるか考察を行った。
 結論から言えば、ベーシックインカムは財政的に実現可能である。給付金額を「15歳以上の国民に8万円、15歳未満の国民に4万円」とした場合、年間で約95兆円の財源が必要であるが、それを上回る財源が確保可能であることが第2章の中で証明された。しかし、財源の中には租税回避行為への対策(グローバルミニマム税)やあくまで構想段階である新制度(ベーシックインカム税)が含まれているため、財源の安定性・持続可能性を高めるためにも、今後も財源については検討を続けていく必要がある。また、財源確保には国民の負担増加は避けられないため、国民から賛同を得られるかどうかも重要な点である。ここに関しては、ベーシックインカムが必要不可欠な政策であることを政治家や研究者が世の中に訴え続け、理解してもらうしかないと考える。依然として財源確保に様々な課題はあるももの、ベーシックインカムが実現可能であると証明するという本研究の目標は達成された。
 ベーシックインカムは上記のような社会保障政策としてだけではなく、労働政策としても機能すると考えている。第4章第4節で述べた通り、ベーシックインカムの導入は労働意欲の向上・労働環境の改善・職業選択の幅の拡大・新しい労働観の生成の4つの側面から働きがい・やりがいの面での働き方改革に繋がると考えている。筆者が特に注目しているのは新しい労働観の生成である。従来の労働観は生きることと働くことが同義になっていたように感じる。しかし、ベーシックインカムによって健康で文化的な最低限度の生活が保障されるようになれば、生きる目的を個人で考え、その目的を達成する1つの手段としての労働といった形で、労働に囚われすぎることなく、より前向きな気持ちで労働と向き合うことができる環境になるのではないだろうか。
 改めて、本稿ではベーシックインカムが財政的に実現可能かどうか検討し、働き方改革になりうるかどうか考察を行った。その結果、ベーシックインカムは財政的に実現可能であり、働き方改革として機能するという結論に至った。ベーシックインカムはまだどの国でも実現しておらず、まだ現実的な話ではないのかもしれないが、非常に大きな可能性を秘めており、社会保障政策・労働政策として機能すると考えられることから、筆者は将来日本でベーシックインカムが導入される日を心待ちにしている。

(1272字)

参考文献

井上智洋『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』2021年、NHK出版新書

薄木公平「労働の価値とベーシックインカム:支え合う社会であるために」『豊岡短期大学論集』豊岡短期大学紀要委員会、17号、195-203頁、2021年

梅原英治「日本における税制の所得再分配効果(第3版)」『大阪経大論集』70巻、4号、31-51頁、2019年

岡直樹「タックスヘイブンとの闘いと国際租税法:新課税権とグローバルミニマム税」『フィナンシャル・レビュー』財務省財務総合政策研究所、2号、140-171頁、2020年

鎌谷勇宏「社会保障の財源問題-社会福祉の安定・充実を目指す財源論」『哲学論集』大谷大学哲学会、66巻、30-45頁、2020年

関野満夫「戦後日本の富裕税」『経済論集』62巻、65-88頁、2021年

カール・ベネディクト・フレイ、マイケル・オズボーン「The Future of Employment: How Susceptible are jobs to computerization?」2013年

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