一線を超える。個と全体のアンバランス
今は個の時代。だから「普通」がわかりにくい。
全体であれば管理しやすい「明確な普通」が提示される。その普通であれば全体のなかで束縛されるも可もなく不可もなく生きていける。
今は全体があやふやであり、「しっかりした個」でなければ生きにくい。
ただ、個性はどちらにも転ぶ。優越か劣後か。相対的な普通とのこころの駆け引き。
「しっかりした個」でなければ「溶け込む個」で生きる。それでよしとする。
だが、それで良しとできない人々がいる。
常に相対的な普通との間で優劣の "こころのレッテル" を自身で貼ってしまう。そして、優越であればSNSで暴走してしまい、劣後であればひきこもりに向かう。
劣後・劣等がいくつも重なり合うとき、「終わりにしたい」と思う。
自死は「生きたい」の裏返し。生きるは優越であること。であるためにどう終わらせるか。社会規範からかけ離れた "とんでもないこと" をする。だれにもできないことで優越と感じたまま命を終わらせる。決して無計画で衝動的ではないのだ。
社会規範から離れれば離れただけ優越を得てしまう。信心で行っているのではなく優越で終わらせようとする "自爆" なのだ。
「溶け込む個」を容認できない。個の時代の社会の暗闇。
明確な普通のある全体へ向かう時が来るのかもしれない。人間の本能が個の時代の病巣と戦おうとするから。戦術は "自爆" である。
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