昼間のホテル

世界一周の旅~インドネシア①(バリ島、デンパサール)

バリ島、よくリゾートの代表格として聞く名前だ。しかし、自分が旅の出発点に選んだ理由は、東南アジアの途上国を回るのだったら、バリ島から西に行くとインドネシアの多くをカバーできる、という理由であった。特に、2006年5月に発生したジャワ島中部地震の被害を大きく受けたジョグジャカルタはどうしても見ておきたかった。

最初の宿をチェックアウトした後は次の宿探し。当時はネットもWiFiも発達してなかった為、ガイドブックのコピーの抜粋と現地で得た口コミだけが頼り。道路では無数のバイク、車が日本では考えられない頻度でクラクションを鳴らし続けている。それに加え、タクシー運転手からは「タクシー乗らないか?」と度々誘いを受ける。歩いていくといっているのに後ろからしつこくついてこられるのは嫌気がさす。

決めた宿はホットシャワー付の個室で、今後の旅のことを考えると若干贅沢をしてしまったが、徐々に慣らしていこうという気持ちが強かった。ただ、干していたタオルに大きな、日本では見たことがない色鮮やかなゴ○○○が付いていたときには息が止まりそうになったが。

ホテルからの眺め

バリではとにかく動いて色々なものを見ようと思った。バイクを借りて、デンパサール郊外のエリアに繰り出す。そこには畑があり、牛が牧草を食み、そして人々のスローライフがあった。こんな風景を見たかったんだと、心が満たされる気がした。バイクも免許を取って以来の運転であったが、交通量が少ない場所では80,90kmと東京でのストレスを発散するかの如くスピードを出す。

途中、帰り道がわからなくなり、ガソリンがほぼ尽きてしまうというトラブルがあったものの、なんとかレギャンビーチまで戻ってくる。ここでの夕焼けは心に残るものであった。サーファーもカップルもファミリーも皆この夕焼けを楽しんでおり、自分も一緒にしばらく砂浜の上に座った。こんなに穏やかな気持ちで居られるのは何時ぶりだろう。

夜は地元のレストランでベジタリアンカレーとビールを注文。近くに座ったアメリカ人のマイクと意気投合し、何を話したかは全く覚えていないが、その後ハードロックカフェまで出かけたことは覚えている。また、2005年10月に発生したバリ島でのテロの犠牲者の追悼記念碑も見に行った。このテロでは日本人も一人犠牲となっている。今でこそ世界中でテロが発生しているが、昔から多くの犠牲者を出したテロは存在したことを改めて思い起させる。

明日からは三日間ウブドだ。

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