見出し画像

鉄道における女性優遇50年の歴史

男性差別・マスキュリズム界隈においては、女性専用車両はもはや痴漢など性犯罪の対策になっておらず(少なくとも男性への被害を無視してきたわけですからね)、単に女性客を優遇するために行われている施策に成り下がっているというある程度共通した認識があります。そこで今回は、では鉄道における女性客優遇のルーツはどこにあるのかを探っていきたいと思います。そして辿っていくと、なんと1970年、今から50年前まで遡ることになりました。

女性専用車両への抗議は昔から多いですが、過去に行われていたことに言及する人は私もあまり見たことがありません。たぶんマスキュリズムや男性差別論について精通している読者でも「そんなことがあったのか!」と驚く話もあると思います。

DISCOVER→JAPANキャンペーン(1970)

大阪万博が終了した後、JRの前身である日本国有鉄道(以下国鉄)は新たな旅行客の確保をもくろみ、様々なメディアを用いてキャンペーンを行うようになりました。これが「DISCOVER→JAPAN」です。

当時のテレビCMでは、女性二人組が、まだSLや腕木式信号が使われているような(このような光景も数年後には見られなくなりました)ローカル線に乗って旅をするという、今でいう「女子旅」を啓発する内容となっていました。ananやnonnoなど当時の最先端を行っていた女性誌でも、国鉄は大々的に広告記事を書いており、その内容につられて女性が少人数で旅行するというのが社会現象となりました。

この時点ではまだ鉄道会社の側で女性客を優遇するということは少なかったようですが、観光地のほうでは女性客を多く呼び込むために極端な例ですと男性受けのいい歓楽街などをつぶすというようなことが行われていたそうです。

このキャンペーンは76年に終了し、翌77年は「一枚のキップから」、さらに78年以降は「いい日旅立ち」というキャンペーンに引き継がれますが、依然としてPRにおける旅の主人公は女性でした。すなわち国鉄は、女性客の創出にこの時代から力を入れていたわけです。

ナイスミディパス(1983)

やがて80年代に入ると、国鉄は女性客を対象にした割引乗車券を企画するようになります。

このナイスミディパスは、30歳以上の女性2人以上で利用することができたもので、国鉄(87年からはJRになりますが)全線の特急グリーン車が乗り放題、さらにレンタカーやホテルも特典価格になるという、青春18きっぷ、あるいは昨今のGoToトラベルに合わせてJR各社が売り出している格安切符とも比較にならないほど凄い切符でした(ただ、一人当たりの価格は18きっぷの倍近くしたそうです)。

30歳以上という年齢制限があることから、この切符は子育てもある程度落ち着いて余暇が増えた専業主婦階層が主なターゲットになっていたと推測できます。CMのキャッチコピー「行かせてください!」も、なんとなく旦那に向けて言っているように聞こえますね。後々の記事で詳しく解説することになると思いますが、当時はまだ共働きは珍しく、夫の稼ぎで妻子を養うということが当たり前とされており、その分夫は長時間労働を強いられていました。そうして夫だけでは消費に使う金はあっても時間はないということになり、妻の購買力が大きくなっていったわけです。

結構年配の男性差別ブロガーで、デパートなどでの消費の女性優遇について70~80年代から進んでいったと主張している方がいたのですが、それもちょうどこの時代に重なります。

寝台列車に女性専用車両導入(1990)

この年、山陽本線の寝台特急「あかつき」と、東北本線の寝台特急「はくつる」「ゆうづる」に女性専用車両が設けられました。この三つの列車にはナイスミディパスで乗る客も多かったのでしょうか。その他の夜行列車に導入されるのは通勤列車と同時期の2000年代に入ってからですが、現代の女性専用車両として考えるとここが最初であると思われます。

女性に優しい特急(1992)

この年に放映されていた南海特急のCMです。女性専用トイレや女性客への配慮をフィーチャーしています(ということは男性用のトイレは設定されていないのでしょう)。つまりこの時点で、女性客へのサービスという考え方は国鉄JRのみならず私鉄にも出てきていたということです。そのようなCMは他社でもあったかと思いますが(2000年代初頭の京王電鉄とか、昨年の京成スカイライナーCMとか)、これより古い女性客へのサービスを謳った私鉄CMを知っている方はコメントいただけると嬉しいです。

通勤電車への女性専用車両導入(2000)

まあ、ここの話は言うまでもないですね。まず京王線と埼京線の深夜帯に導入され、02年頃から関西各線の朝時間帯に導入されました。さらに03年の横浜市営地下鉄への導入を皮切りに首都圏各線や他都市での導入が進みました。

菊名事件(2005)

女性専用車両の導入初期で、特筆すべきなのは東急東横線での運用です。まず05年から平日の全時間帯に設定されましたが(ちなみに首都圏ではこれが現在に至るまで唯一の例です)、横浜線との乗換駅として多くの利用がある菊名駅で、出入口が女性専用車両の近くにしかなく問題となりました。

結局、全時間帯設定は1年で撤回されました。しかしこのことをきっかけに専用車両に乗り込んで抗議する運動が広がることになります(そのリーダー格の人は菊名駅の近くに住んでいることが知られています)。

ナイスミディパス販売終了(2009)

一方でナイスミディパスはこの年、25年の歴史に幕を下ろしました。表向きはJRグループ共通で使える切符の種類が見直されたということですが、すでに家族の形も晩婚化や共働きの割合が増し、この切符を使って旅行する主婦というのも稀になっていたのでしょう。

ただ、私鉄ではこれ以降も女子旅の啓発を盛んに行っていたと記憶しています。代表的なのは東武鉄道の「日光女子旅」キャンペーンと京急電鉄の「葉山女子旅きっぷ」ですね(ただ、この切符は一応男性でも使えるそうです)。

JR西日本の女性専用車両全時間帯設定(2011)

しかしその2年後、引き換えに行われたのが、JR西日本のこの施策でした。冒頭で述べたように、「単なる優遇」に成り下がってしまったといえるのは、特にこの各線というわけです。

大阪メトロ御堂筋線や名古屋市営東山線(どちらも平日の全時間帯に設定)のように常時混雑しているわけでもないのに、あえて閑散時間帯にも導入したのです。このような女性専用車両の運用は神戸市営地下鉄が先行していましたが、そのあたりは政治人の「反・男女平等(厳密には男女共同参画)」が極めて強い地域と言われておりまして、むしろ女は箱入り娘的に扱うべきというような風潮があるものと思われますので、特殊な例でしょう。つまり、どうしてこうなったのかがよくわからない。しかも設定は各駅停車と、速達種別でない快速のみで、路線や時間帯によっては新快速など速達種別のほうが混雑していますので、痴漢対策として見ても全く中途半端です。

ただ、大きな遠因となったのはやはり、尼崎脱線衝突事故でしょう。これ以降JR西日本の営業は常に下手に出ざるを得なくなり、モンスタークレーマーからの要求にも従わざるを得なくなったと思われます。実際、女性専用車両のみならずJR西日本の設備は10年代以降大きく変わりました。ホームの転落防止のため先頭車両にも転落防止板をつけたり、あるいは酔っ払いが飛び出さないようベンチを垂直方向にしたり、また他社に先んじて様々な扉の位置に対応したホームドアの開発を進めたり(京都・神戸線などで導入されているものです)、それがさらに視覚障がい者団体からクレームを受けると今度は4扉車両の駆逐を始めたりと、そういったことが進められているのです。

余談ですが、JR西日本は旅行キャンペーンとして「DISCOVER WEST」という、「DISCOVER→JAPAN」の末裔であるかのような企画を展開しています。ここで旅の主人公になっているのも、もちろん…。

女性優遇と女性蔑視は裏返し?(2015)

さて、2010年代の後半は、ツイフェミに代表されるようなSNS上での先鋭化したフェミニズム言説が強まった時代でした。そんな時代の初期にあった炎上をここでは紹介したいと思います。

JR東日本グループの商業施設チェーンLUMINEの、しかも女性を応援するために作られたというCMが、セクハラであるとして非難が巻き起こったのです。

また翌16年には、東急電鉄が車内での化粧を控えるよう掲示した広告が、女性蔑視的であるとして炎上しました。

この2件を取り上げているのは、これまでさんざん女性を優遇してきたはずの鉄道会社(とそのグループ企業)が、結果的に女性を蔑視する側に回ってしまったということが、私にとってものすごく衝撃的であったからです。ただ、以前から男性差別(とされている問題)を訴える人には、「こうした優遇は女の地位をしっかりと向上させないという点で、むしろ女をバカにするものである」というロジックを援用している人も多かったことは事実であり、これが顕在化したということでもありました。つまり今後は、女性優遇施策にも多少改善はなされるのかなと、間接的に淡い期待も抱けたわけです。まあ、その期待はすぐに裏切られるのですが…。

熊本市電への女性専用車両導入(2020)

では最後に、最近話題になっている熊本市電への導入についての話をしたいと思います。2両編成で運行される車両のうち1両を女性専用にするということですが、正直言って、うまくいかないだろうと思っています。実は路面電車ではなく路線バスで、2台続行にしてそのうちの1台を女性専用車両とした例がすでに札幌でありましたが、数年で廃止されています。だってそうでしょう?2両のうちの1両なんて、通勤客よりも買い物に行く主婦のほうが多くない限り埋まるはずがありません。熊本人って割とそういう生活なんでしょうか…?