見出し画像

「期待されていない」新大統領、大統領執務室の移転は吉と出るか凶と出るか

※画像は国土交通部から業務報告を受ける尹錫悦次期大統領(Facebookページより)

○歴代最も期待値の低い大統領

 韓国を代表する世論調査機関であるリアルメーターが3月10~11日におこなった世論調査では、尹錫悦(ユン・ソクヨル)次期大統領の政権運営について「うまくいくだろう」と答えた人は52.7%、「うまくいかないだろう」と答えた人は41.2%だった。当選直後の数字としては、過去三人の大統領と比べて最も期待値が低いだけでなく(李明博79.3%、朴槿恵64.4%、文在寅74.8%)、悲観的に見る人が最も多い(李明博13,9%、朴槿恵27.2%、文在寅10.6%)。また韓国ギャラップが当選2週間後に行った世論調査でも、尹次期大統領の政権運営について「うまくいくだろう」と答えた人は55%、「うまくいかないだろう」と答えた人は40%だった。これもやはり過去三人の大統領と比べてずっと悪い数字である。選挙直後は新大統領への期待が高まるのが普通だが、尹次期大統領の場合は異例ともいえるほど低い数字を見せている。
 尹次期大統領に対する期待の低さは、彼にとってむしろ有利だという声もある。政治家としての経験がまったくといいほどないために期待されてないため、成果によっては一気に支持率が跳ね上がる可能性もあるからだ。とはいっても、就任前からこれほどの低空飛行になるとは誰も思っていなかっただろう。
しかも当選からわずか2週間の間にみせた尹次期大統領の動きは、さらに期待値を下げる危険性をはらんでいる。

○「反文在寅」路線と大統領執務室移転

 大統領当選から正式な就任まで、政権移譲のための引継期間が2か月間ある。尹次期大統領は引継委員会を発足させた直後から独自色を出そうと精力的に動き出している。尹次期大統領の掲げた公約の特徴は、一言でいって「反文在寅」だ。文在寅(ムン・ジェイン)政権を「公正と常識の崩壊した腐敗した政権」と批判してきた尹次期大統領は、とにかく文政権とは逆のことをしようとしている。
 たとえば、文政権下で設置された高位公職者犯罪捜査処を廃止する一方、検察権力を強化しようとしている。文政権下で労働時間の上限が週52時間に短縮された一方、尹次期大統領は選挙期間中に「120時間働いてもいいじゃないか」などと発言し、労働組合や社会団体からの批判をあびた。尹次期大統領が大企業寄りの姿勢を見せていることから、6つの経済団体の代表は3月21日に尹次期大統領と懇談し、労働災害の発生を未然に防ぐ「重大災害処罰法」の見直しを求めている。
 大統領執務室の移転も、文政権との差別化に打ち出した公約だ。実は文大統領も、国民とのコミュニケーションをより密にするために大統領執務室を現在の青瓦台から光化門の政府庁舎に移すことを検討したことがある。しかし警備上の問題などから実現が難しいとされ結局計画は白紙になっている。尹次期大統領は文大統領も実現できなかった光化門への大統領執務室移転を実現させ、その決断力と実行力をアピールしようとしたのである。
 ところが、尹次期大統領の前にもやはり光化門への移転は不可能だという現実が立ちはだかった。光化門の政府庁舎周辺は車や人の往来が激しく、大規模な文化施設や米国大使館まである。そのようなソウルのど真ん中に大統領執務室を置けば、警備上多くの問題が発生するのは当然だし、大統領を載せた車が出入りするたびに渋滞が発生するのは容易に想像できる。だからこそ文大統領も移転を諦めたのである。

○執務室の移転に固執する尹錫悦

 しかし事態はここから驚くべき方向に突き進む。光化門への移転が難しいことを知った尹次期大統領は、それでも青瓦台にとどまることを良しとせず、それならば龍山(ヨンサン)にある国防部の建物に移転すると急きょ発表したのだ。3月21日の記者会見で尹次期大統領は執務室移転後の龍山の予想図を用いて直接移転計画について説明した。
 この計画に対して、野党「共に民主党」は当然のごとく反発した。尹次期大統領は執務室の移転にかかる費用は496億円であると発表したが、これには追い出される形で引っ越しせざるを得ない国防部の移転費用は含まれていない。国防部が合同参謀本部の建物に移るとすれば、今度は合同参謀本部も移転を余儀なくされる。また単に引っ越せばいいというものでもない。国防を司る部署なのだから、ネットワークの再構築にかかる費用も当然莫大なものになる。民主党は少なくとも1兆ウォンは必要だとして、龍山移転計画を激しく批判した。
 実は龍山移転計画については、与党となった「国民の力」内部からも慎重論が出ていたという。そもそもこれほど大規模な移転計画を大統領就任前に行う必要があるのか。わざわざ自ら不評を買うようなことをしなくてもいいのではないかという声が内部から出てもおかしくない、それほど早急な計画だということだ。

○文政権のブレーキ、深まる対立

 尹次期大統領と引継委員会のメンバーたちは、それでも龍山移転計画を実行に移せると考えていたようである。時間的な制約もあるし、そもそも執務室を青瓦台から移転させることについては文在寅大統領も肯定的な立場だからだ。
 ところが文在寅大統領は龍山移転計画にブレーキをかける。21日、大統領府が龍山移転にかかる費用496億ウォンについて国務会議に上程しないと明らかにしたのだ。その理由は大まかに言って二つ。ひとつは、ここまで述べてきたように、あまりに拙速な計画であること。そしてもうひとつは、安全保障上の空白が生じてしまうことへの危惧だ。4月は特に金日成の誕生日である太陽節があり、これに合わせて北朝鮮が軍事的挑発を行う可能性が高い。そんな重要な時期にわざわざ大統領執務室・国防部・合同参謀本部が引っ越しをするわけにはいかないというわけだ。ちなみに、現在バラバラに存在する大統領執務室と国防部が一カ所にあつまれば、敵にとってこれほど狙いやすい場所はないだろう。これについても批判の声が上がっている。
 現大統領の待ったにも関わらず、尹次期大統領は龍山移転計画を諦めようとせず、現在全面対決の様相を呈している。引継委員会のスポークスマンであるキム・ウネ議員は22日記者会見で「わたしたちは働きたいんです、働かせてください」と発言した。これにたいしては文政権に対する圧力ではないかという見方もある。尹次期大統領は、就任までに龍山への移転がなされなかった場合は、その機能を現在引継委員会のある場所に移すと発言したが、これも警備や交通の面で大きな支障が出ることが予想される。
 大統領執務室の移転という突然の計画を、韓国の人たちはどのように受け止めているのか。メディアトマトが実施した世論調査によると、龍山移転計画に賛成する人が33.1%であるのに対し、反対する人は58.1%。リアルメーターの世論調査では、賛成44.6%・反対は53.7%であり、韓国ギャラップでも「青瓦台を維持すべき」が53%、「龍山に移転すべき」が36%だった。世論の半分以上が執務室の移転に反対していることがわかる。
 そもそも尹次期大統領はなぜ大統領執務室を移転しようとしたのか。現在執務室のある青瓦台は一般人が近づくことができず、隔離された空間であることは確かだ。この地理的条件を尹次期大統領は「帝王的」であると批判し、より国民との距離を狭めコミュニケーションを図るために「光化門時代をつくる」としたのである。であるならば、なぜ龍山の国防部に移転させる必要があるのか。世論調査の結果からも分かる通り、「移転ありき」の龍山移転計画は国民との意思疎通を欠いたものであり、本末転倒である。
 問題は執務室の移転だけではない。検察権力の強化を公約に掲げた尹次期大統領に対し、法務長官が反対の意思を明らかにし、対立を強めている。また文大統領が新しい韓国銀行総裁にイ・チャンヨンを指名したことについても、尹次期大統領と引継委員会が「事前協議がなかった」と反発している。そもそも文大統領と尹次期大統領の会談も、延期に延期を重ね未だに実現していない。現政権と対立し続けることが尹次期大統領にとって吉と出るか凶と出るか。ちなみに韓国ギャラップの最新の世論調査では、文大統領の支持率は44%。新大統領の就任直後の支持率が、前大統領の退任時のそれを下回るということも、現時点では全くないとも言い切れない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?