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混沌そして再生

○月×日
一週間前から断酒会に参加している、俺が住んでいる大阪でも区により各支部があり毎晩どこかの支部で例会が開かれていて俺は真面目に参加している断酒会には家族の会もあるから女も仕事が休みの日は一緒に出席してくれている

○月×日
S村から電話があり珍しく自宅に来てくれと呼び出される隣の駅なので俺は歩いて家を訪ねた玄関のチャイムを押すとS村が出て来た酒の臭いがしたので昼間から飲んでいる事が分かった応接間に通されて缶ビールを出されたが「断酒中」だと断るS村が「実は息子が繭に成ってしまった」と小さな声で告げた

○月×日
朝から雨、昨日から女は実家に一週間の予定で帰省しているお母さんの具合が良くないそうだ午後からスーパーに食材を買いに行くなるべく安い物を選んでカゴに入れているうちに俺は何気なく缶ビールの500mlパックを買い物カゴに入れていた特に考える事もなく清算してアパートに帰った、そして気がつくと缶ビールを1本飲み干していた・・・感慨も後悔もなく次のビールに手を付ける・・気が付けばパックがなくなっている俺は何か物忘れをしている気がしきりにしていたが思い浮かばないのでスーパーでレッドのボトルを買い飲み続けたストレートであおると胃に火が付いたような心地良さに満たされる俺は高揚感に酔いしれていてS村から電話があったようだが記憶が飛んで覚えていない

○月×日
朝から二日酔いだ缶ビールを少しずつ流し込むいくらか気分が良くなったのでスーパーに焼酎を買いに行く焼酎を飲みながらS村から電話があった事を思い出し電話をしてみるS村は個人タクシーをやっているので比較的時間にはゆとりがあるが運転中なのか電話に出ない昨夜のS村との話は綺麗さっぱり記憶に無い俺は焼酎を飲み続けた喉が渇くとグラスいっぱいの氷にビールをついで飲んだ部屋中が焼酎とビールの空き缶だらけだ鳥かごを壊してしまい鳥が部屋の中を飛び回っている

○月×日
昨夜から眠れずに焼酎とビールを交互に飲み干している俺は物忘れをしていた事を思い出した断酒会の例会だ未だ連絡先を教えていないから誰からも連絡は来ない酒で回らなく成った頭で女がいつ帰るのか思い出そうとするができない酒が切れると手が震える女が置いて行ってくれた金も底をついた俺は大家に金を借りようと大家の部屋を訪ねた「あんたまた酒ばかり飲んで金など貸せるか」とドアを閉められたので俺は玄関の植木鉢をドアに叩きつけようとしたが警察を呼ばれるとやっかいなので訳の解らない呪文を呟きながら部屋に帰ったドアを開けると・・コビトが居た・部屋の隅から俺を見ている・・俺は・・俺は・・俺は・・・S村が酒を持ってやって来た、記憶が飛ぶ・・・S村が部屋の汚さがどうのこうの言っていた気がする

○月×日
朝起きるとS村は居なかった文鳥が鳥かごに戻されていた焼酎がきついので水で薄く割り少しずつ飲み込んでいった金が無いので酒を念じながら自分の影を掘ってみると子供のメルモちゃんが出て来たメルモちゃんとアッチミテホイをする頭が揺れる度に脳みそがズキンズキンと響くメルモちゃんを窓から放り捨てると何処かに歩いて行ったテーブルを見るとS村が置いたのか金があったので買い出しに行くスーパーの前でワンカップを2本一気飲みしたが帰りに真っすぐ歩けず何度も転ぶ慎重に歩くがどうしても斜めによろけてしまう、近所のおばさん連中が顔をしかめて遠巻きに見ている奇妙に小さな黒い少女が居るカラスが空で騒いでいる薄暗い雲がどんどんとちぎれて飛んで行く空が回っているみんなが俺を笑っている空がまっ赤になった黒い少女が黒い猫に変わった俺の唯一な避難場所はアパートの一室だ世間は敵意に満ちていてみんなで俺をおとしめようとしている、やたらに焼酎のボトルが重い今日もS村から息子の件で電話があったが俺は何を喋ったのか記憶が無い

○月×日
胃が荒れて酒を受け付けなくなった飲んでは吐き飲んでは吐きを繰り返す水を飲んでも吐いた体の震えに嫌な粘っこい冷や汗がにじむワンカップをゆっくりと飲んでいると又、吐き気が込み上げてトイレで吐いていたら女が帰って来た、女が電話をかけている救急車のサイレンが鳴っている薄れて行く意識のなかで女の声が現実に連れ戻そうとする俺は混沌とした深い闇の中に落ち込んで行った

○月×日
目覚めると病院のベッドの上に居た女を探したが見つからない点滴に心電図の機械、窓には鉄格子が嵌め込まれている・・・どうやら精神病院のようだ・・色々な検査の為に車椅子で移動する体の震えが止まらない頭も霞がかかったようで何も考えられない看護師に「離脱が出てるんやけど」と言うと「点滴に薬が入ってるからね」と言われる、しかし震えは止まらない尿検査、血液検査、脳のMRI、看護師の「今日はここまで」と言う言葉に救われて車椅子でベッドに運ばれ意識を失う、夕食は臭いを嗅いだだけで戻しそうに成り食べられなかった

○月×日
毎回食事はお粥と梅干しと白身魚の煮つけだが半分も食べられない救いは今日からオムツが取れてゆっくりだが自分で歩けるように成った事だ午前中、検温の後にドクター室に呼ばれ結果を聞かされたy-GTPが2000を超えていた「あんた今度やると死ぬよ」と脅される俺は依存症とは結構ながい付き合いで大体の事は理解している積もりだったが、まともに言われると余り良い気持ちでは無い

○月×日
少し歩けるように成ると病院内を探索する気に成ったが精神病院なので範囲は限られている辛かったのは煙草を吸えないことだ、それにしても点滴がうっとうしい昨夜などは何度も針が抜けてしまい布団が血だらけに成ってしまっていた・・・部屋にいても暇なのでホールデビューをしてみた、俺は未だ個室入院なので知り合いがいないが煙草の誘惑には勝てず優しそうな人に「一本貰えませんか」と聞いたら「ほんまはあかんのやけどな新人さんやな?」と一本、分けてくれたホールの隅にぶら下がっている100円ライターで火をつけたがヤニ臭くて旨くなかった

○月×日
食事も全部食べられるように成った、しかしいつまでたってもメニューが同じなのは不満だ、もっとまともな物が食いたい入院して10日もたてば点滴も外されるし体力も結構戻って来ている今日は女が面会にやって来た、どうやら金の工面にまた実家に帰っていたらしい俺は申し訳なさで女の顔をまともに見られなかった

○月×日
この病棟は薬物依存症者と精神の患者で共有されている体力の戻った俺は四六時中、飲酒要求にさいなまれているが午後のレクレーションの時は中庭のベンチに座るようにしていた、中庭では精神の人たちも解放感にひたっているのか、いないのか良く分からないが踊っている人や歌っている人もいてベンチにはよくうんちが転がっている
いつも外れの方に座って独りで本を読んでいる聡明そうな少女がいるので思い切って声をかけてみたら「あたし本当は空を飛べるの今は飛ばないだけ」と言われた「・・・・」俺はベンチに戻った

○月×日
女が面会にやって来た看護師長の部屋に行くと、入院プログラム一期の契約をするか尋ねられた看護師長の他に看護師もいて「○○さん強引に退院すると殆んど失敗しますよ入院プログラムを受けましょう」と熱っぽく語られた、しかし問題は金だった14~5万の入院費はとてもじゃないが捻出できない幸い俺は「底落ち」してこの病院に入院する前にアルコールの専門病院と断酒会に繫がっていたので、それを理由に退院の方向で話しを進めた女もそれに同意をした

○月×日
遂に俺は退院する事に成った入院中は個室だったので余り親しくなれなかったが何人かがホールで祝福してくれたS村が車で迎えに来てくれていて車内で俺は女に「ごめんな」と頭を下げたスリップ中にS村が何か大事な事を言った気がするが全く覚えていない窓の外を眺めていると春めいた景色が流れて行く知らない花が咲いている俺は現実の世界に戻ってきたS村に何かを言い忘れている気がしたがお礼を言いアパートの前に立った空が妙に高くて酒無しの人生をやっていけるか不安だった、女が赤飯で祝ってくれて質素な食事をしたが深夜になってもなかなか寝付けなかった女が横で静かに寝息をたてている、あの病院で出会った少女にもこの夜はやって来ているだろう少女はいつかこの空を飛ぶ日が来るのだろうか?

続く

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