Blue&Red~相反するもの~2

 「たまには、いっか。」

 俺はその日、珍しく街中にウィンドーショッピングに来ていた。といっても、特段欲しいもの等は無い。お金が無かったということもあるがこの男、トレンドや流行というものに極めて鈍感で、そもそも全く興味が無いのだ。流石に一人カラオケも飽きてきたし、気分転換がてら、フラついていただけなのであった。

 「やっぱり、つまんねぇな。適当に喫茶店でも入って帰るか。」

 そう思いながら、スマホを弄りながら駅中を歩いていた。その時だ。

 「…痛ぅ!」

 「何か」にぶつかった。その勢いでスマホを落とした。よりにもよって液晶側からだ。しかも、こんな時に限って保護フィルムを貼っていない。俺はぶつかった「何か」になど目もくれず、すぐにスマホを拾い上げた。

 「あっちゃー…」

 液晶に派手なヒビが入っている。幾ら指でタップしても、反応がない。最新のテクノロジーを注ぎ込んで作り込まれた機械が一瞬にして、ただのガラクタに成り果ててしまった。  

 「最近本当にツイてねぇや。来年、お祓い行かないと死ぬかもな俺。」

 そう思い、阿呆を絵に描いた様にポケーとしていると

 「あの!大丈夫ですか!?。今ぶつかっちゃって…!」

 女の声が聞こえた。なるほどな。俺は余所見して歩いてこの女にぶつかり、その拍子でスマホを落としてこの結果を招いたのだと、すぐに理解できた。

 「あー全然、大丈夫だから。ただ、スマホお釈迦になったわー。」

 軽く苦笑いを浮かべ、足早に立ち去ろうとした。すると

 「ちょっと!。待って!。」

 俺はいきなりその女に、右腕を掴まれた。いや、かなり強引に引っ張られたという表現の方が合っているだろうか。

 「なっ!?。何だよいきなり!。俺は痴漢なんてしてねぇよ!!。」

 俺は軽く叫ぶかのように言った。当たり前だ。俺は暫くは、女はもうこりごりだと思っていたんだ。そんな男が白昼堂々、駅のど真ん中で痴漢などする訳がない。

 「そうじゃなくて!。スマホ、壊れちゃったんですよね?。私もきちんと前、見ていなくて…ごめんなさい。弁償、させて下さい。」

 …はぁ?、どう考えても、悪いのは俺だ。大勢の人が行き交う駅のど真ん中で今時、歩きスマホなんてしていたら、わざわざ「壊してください」と言っているようなものだ。謝られる筋合いなど合ったもんじゃないし、そもそも弁償とか、意味が全く分からない。

 「いや、マジで気にしなくて良いですから。悪いのは俺ですし。修理すれば直ると思います。保険、入ってるんで。」

 俺はこの時初めてその女に「謙譲語」を使った。別に何か、あった訳ではない。ただとっさに口調が何故か、変わっていたのだ。やったら礼儀正しい女だと、自覚したからであろう。それでも女は

 「それじゃあ気が済まないんです!。せめてお礼だけでも、させて下さい!。」

 …お礼?。バカかこいつ?。俺はそう思った。別にタックルされて破壊された訳でもないし。俺は正直「あぁ、かったるい」と思っていた。この手の女は、面倒くさいと相場が決まっている。話してるうちについ3ヶ月前に別れた「元カノ」の幻影に近いものが視えたからだ。

 それでもこれだけ言われて「うっせーブス!」と言う程、俺も人間ができていない訳ではない。丁度喉も渇いていた頃だ。

 「したら、缶ジュースでも買ってもらうかな?。」

 俺はそう言った。女は嬉しそうに

 「私、良い店知ってるんだよね!。そこ行こうよ!。」

 何故か、今度は向こうがタメ口になった。まぁ俺は昔から、そんな口の聞き方にあーだこーだ抜かすタイプの人間ではないし、嫌味染みた言い方でもなかったから、大した気にもせず着いていった。

 連れてかれたのは駅中にある珈琲屋。俺は正直「マジかよ…」ってテンションだった。俺は珈琲というものを美味しいと思ったことが無い。絶対に紅茶派だし、市販のパックのコーヒー牛乳が精一杯なのだ。

 「あの、さぁ…ここ、入んの?。」

 俺は流石に我慢出来ずに言った。女は

 「もしかして珈琲嫌い?。大丈夫だよ!。美味しい紅茶もあるから!。」

 …?。何故こいつ、俺が紅茶好きなのを知っている?。一瞬そう思ったが、よく考えてみると珈琲に対極しているものは紅茶か。何の意味もない。

 俺達は、その店に入った。店の中は静かな図書館みたいな感じだ。どこか大人なモダンな雰囲気が漂っている。こんな店には俺は、滅多に足を運ばないから何となく新鮮で、しかし何故か同時に親しみすら覚えた。

 座ってオーダーを取って、待っているときに

 「ごめんね。迷惑だった?。」

 そう言われ正直、100%迷惑ではないと言えばウソになるが、俺はたまにはこんなことがあってもいいかと考え

 「全然♪、寧ろヒマしてたから助かったよ。」

 と言った。女は心底嬉しそうに

 「良かった!」

 と蔓延の笑みを浮かべていた。建前の笑みじゃない。こいつは今、本当に幸せそうに笑っている。そう思った途端、俺の口からは意外な質問が出ていた。

 「つーかドタバタしてて名前聞いて無かったよな?。」

 「あたし?。マキだよ!。宜しくね!…えっと…」

 「俺の名前はリュウだ。宜しくな、マキ。」

 「うん!。宜しくねリュウ!♪」

 これがあいつ。「マキ」と運命が初めて交錯した瞬間だった。

~3話へ続く~