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帰国子女の中学受験(2022年)その①振返り

我が家の約2年に及ぶ中学受験が終わった。娘は私の仕事の都合で、海外で約5年を過ごし、今回、帰国生として中学入試に挑んだ。
帰国生の試験は、11月からスタートする。初戦は広尾小石川。昨年、開校したばかりの新設校であったが、初年度より多くの受験者を集め、話題となった学校である。娘の志望校の1つであったが、いきなり黒星(不合格)スタートとなった。

全てに合格する訳ではないことはわかっていたつもりだが、不合格を目の当たりにするのは想像以上にきつい。「今までやってきたことは正しかったのか」「直前対策に見落としはなかったのか」「勉強時間が不足しているのか」等々、自分たちがやっていることに全く自信が持てなくなった。

この時期に、おおたとしまさ氏や安波京子氏の著作を何度も読んだ。以下の著作は、心が折れそうになっていた自分を支えてくれた。

受験中、一番しんどいのは娘である。試験後、思うようにできずに、泣いて帰ってきたこともある。そうした時でも、親は娘を信じて、どっしりと構えていないといけない。しかしながら、頭の中ではそのように考えていても、試験結果に一喜一憂し、時には感情的になってしまうこともあった。11月に不合格を目の当たりにしたときには、動揺を抑えられず、自分を落ち着かせることで精一杯だった。中学受験は親にとっても試練であり、自分の未熟さが浮き彫りになる。

自分で立てた計画を守らない子どもを見て、怒鳴ってしまう。比べてはいけないとわかっていても、よその子と比べてしまう。模試の結果が悪かったときには「ほら、勉強しないから」などと嫌味のひとつも言いたくなる。自分の小言に反抗的な態度をとられると、「だったら中学受験なんでやめなさい!」などと、本心ではないことを言ってしまう。

「なぜ中学受験をするのか?」おおたとしまさ著

最後まで自分を苦しめたのは、「偏差値ランキング」と「世間体」である。「こんなに頑張ってきたのに、〇〇校で終わるのか」「友人の〇〇ちゃんは、もっと上位校に受かったのに」といった声が頭の中を駆け巡る。こうした呪縛から未だに逃れられない自分は本当に未熟だと思う。

首都圏には魅力的な学校が数多く存在する。帰国生に門戸を大きく広げてくれている学校もある。いわゆる偏差値や世間体ではなく、教育内容や入学後の様々な成長機会等にフォーカスして考えれば、一度の不合格にも動揺せずに、もっとどっしりと構えることができたはずだ。

娘は私の仕事の都合で、米国・英国で計5年を過ごし、小学校5年生になる2020年春に帰国した。私と妻は純ドメ育ちで、中学受験の経験もない。全く頼りにならない親とともに、娘は帰国生として中学受験に臨むことになったが、最後まで本当によく頑張ったと思う。途中、非常につらい時期もあったが、最終的には本人が志望する学校に入ることができた。偏差値や大学進学実績で見れば、もっと上の学校はある。しかし娘は、①面接で自分の考えをしっかり聞いてくれた、②この学校で海外大学にもチャレンジできる、③先生や学校の雰囲気が自分に合っている、ということで、本人の納得のいく形で決めることができた。親や周囲の押し付けではなく、娘が自分で決めたということが、この中学受験の最大の成果だと思う。

教育ジャーナリストのおおた氏は中学受験を「現代社会の大冒険」と表現しているが、強く共感する。受かるかどうかもわからない中、塾の選択から始まり、各種講座や志望校等、次から次へと選択を迫られる。英語、国語、算数のそれぞれにおいて、様々な「壁」が現れる。途中、恐怖や絶望を感じることもあったが、娘は着実に歩を進めていった。我が家にとって、中学受験は家族全員で対峙した初めての大冒険であったと言える。

子どもにとっては文字通り果てしなく感じられる壮大な行程を、目的が本当に達成できるのかもわからない不安の中で、それでも一歩一歩茶着実に進まなければならない苦難の旅だ。どこに落とし穴があるかもわからない。怪物が現れ、回り道を余儀なくされるかもしれない。そのたびに感情が揺さぶられる。本当の恐怖も感じる。中学受験をしていると、誰もがそういう状況を必ず経験する。必ず、だ。

「なぜ中学受験をするのか?」おおたとしまさ著

以降、帰国生の中学受験について、悩み、考えてきたことを記し、我が家の大冒険の記録としたい。


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