非行防止会社

 ある日、母と買い物に出かけた。上り坂の果てに建つ家のため、行きは長い坂を下るのである。道中三人の親子に出会う。どこかの小学校の制服を着た二人の娘とその母であった。娘たちが下校してきたのでそのまま一緒に買い物に行くということは容易に想像できた。
 
 
 我々が同じ小さな階段を下っていると後ろから娘の一人の声が聞こえた。

「私ねえ、お母さんと一緒にお出かけできて幸せだよー。」

 普段いちゃついているカップルなどがいると、全くもって嫉妬からではないがなんとなくいたずら心から邪魔したくなるような私だがこの時ばかりはこの親子のそばにいるのがどうにもいたたまれなくなり、歩行速度がいつもの1.4倍になった。その娘の言葉を聞いた時、何故かはわからないが頭の中で「ジブリ……」と呟いた。
 

 その日の夕食時、母とその娘の話題になった。育児という人生初の体験で、今まで正解がわからず暗闇の中をさまよっているような気分だったであろうが時たまあんな答え合わせがあると、母親にとっては非常に嬉しいだろうというのが母の意見だった。 
 
 ここで私は生来のいたずら心から「意外にもああいう子が引くほどグレるんだよね」と返した。何の根拠もデータもないがなんとなくそんなことを言った。
 
 自分でそんなことを言いながら実際子供がグレたらどうしようと考えていた。私自身は現在22歳で子供どころか結婚もしていないのでいらぬ心配なのだがふと考えた。
 
 実際に非行に走った少年少女にどうしてそんなことをしたのか尋ねてみるというのは過去にあらゆるメディアでありがちなことだろう。友人に誘われて断り切れずとか思春期の延長でとかがベタな道筋なのだろう。よくあるオチはではこれを反面教師にしよう!とかそういうことなんだろうが、逆に。逆にだ。逆にそのルートをまだそのスタート地点にも立っていない子供に歩ませてみたらどうなのだろう?果たして非行ルートには再現性があるのか?
 最初の心配とは真逆のことを考えていたが、こんな秘めたる破壊衝動を持っているのが人間だと思う。そこで一度思考を途絶させ、別のことを考え始めた。


  尾木ママの子供がグレてるらしいなぁとか寄り道をしながら考えていた。これまで多くの教育評論家とかが非行に走る原因を考えてきたのだろうが、もしかすると子供が非行に走り始める徴候みたいなものを誰かが見つけているんじゃないだろうか?徴候の時点でならまだ戻れるだろう。引き返させるなら早い方がいい。


  そうだ。会社でも作ろう。名前はそうだな、「Delinquency Prevention Company(非行防止会社)」とかどうだろう。うん、即席でつけた名前だから即席感のあふれた名前になってしまったが別にいいだろう。
 まずは電話がかかってくる。電話の主は育児に悩む親たちだ。電話をとると向こうから親たちの悲痛な声が聞こえてくる。それは子供に見られたグレの兆候を訴える声なのだ。この徴候は事前にホームページに記載しているので親はそれを見て当てはまっていたら電話してくるのだ。

「え!?ちょっと前までシャツinが常だった息子さんが最近シャツを出し始めてる!?」
「え!?息子さんが制服のシャツのボタンの3個目を開け始めた!?」

  グレの兆候が服に集中しているのは私自身がグレた経験がないからグレというものがいまいちわかっていないからであり、その辺には目をつむっていただきたい。
 とにかくこういう電話を受けると青いつなぎを来た人間が派遣される。すると徴候が見られる子供たちは拘束され、まあその後はなんかいろいろ更生プログラムみたいなのを受けるのだろう。ごついヘッドギアみたいなのをつけられて電気が流れるみたいなのがなされるんだろう。唐突にディストピアみたいになったがそこはまあだれかがなんとかしてほしい。
 この会社が現実的かどうかはともかく、子供がグレないためにできることは愛情をもって目をかけてやることだろう。それが最善かもわからないが今できることはそれしかないのかもしれない。うん、やはり私はこういう真面目なことを言うのに向いていない。どうにも月並みなことしか言えない。
 

 この日の帰り、立ち寄ったショッピングモールの一階の端っこでいちゃついているカップルがいたので彼らの視界に入り続けて微妙にいちゃつきにくくしてやっていた。所詮私にはそんなことしかできない。




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