岡崎市美術博物館 出口 登り どうする家康展
写真は「ザ☆坐像」
前回までのあらすじ。
青桐とおにぎりが雲を峰打つ空梅雨の日、九十九折りの道理を潜り、葵の葉をその目に付けようと岡崎市美術博物館の扉を潜ったにこ。「こ……これは」
『竹籠買わし~♪ 竹籠買わし~♪』と、家康は竹籠売りのコスプレをし、「瓜売り」を演じる豊臣秀吉。コミコンで競うよく分からない何らかのアニメ作品コスプレに勤しむ二人の英傑パネラー。
出典:太閤記
コスプレイヤーとの出会いと別れ。「ハハハ 貴方はは本当に悪い女!」マリーナ。アヴラモビッチの魔術により湖面に沈む館内。この日が2023年最後の梅雨日だったとは露知らず、酸素ボンベを背負いレギュレーターを咥え、一階へ向け潜って行くにこだったのだ。
「シュコーッ」 呼気に併せ独特の音と気泡を口から放つ。
「ボゴゴッオ(チェック)」
西暦2023年7月19日(水)
携帯端末に記録を残すその間もエスカレーターは降り続く。見上げれば頭上に巨大な椅子。その天板は抜け、湖面から差す陽の揺らぎはゆらりゆらゆらりとした刻みで館内を解きほぐしている。
・1階 魔の裂け目
静かなものだった、底に就くという時の音と揺れとは。俺は泳ぐようにコイン・ロッカーへ向かい、四角四面の空間へ荷物を押し込めカメラ片手に握りしめ、受付へ向かう。だが、その導線上には土産物エリアという魔の裂け目が待ち受ける。野放に身を任せるならばぱねえ消費活動が勃発し、財布の中身はクレバスの奈落に堕ち消えていくようなものが物販だ。謂わばこれは子供にとってのお菓子売り場である。だがしかし、キッズどもには両親という巨大なブレーキ・ディスク(径320mm)が立像し「¥100まで」など厳密なレギュレーションは、消費最前線下での最高速度をその制限下に置き、児童等の欲望と誘惑は抑制されている。
ご家庭によってはWディスクだったり、シングル・ディスクということもあるだろうが、だから何だ気にすんな。そうしたブレーキを帯同していない私に、年中経営危機である当社に、企画展開始前から艱難辛苦、物欲の魔の手が容赦なく襲いかかる。
「ボゴゴォ……ッオ……オ……(柿あめ……だ……と……)」 露骨な誘いと罠線。咥えたレギュレータからは気泡と魂が盛大に盛れ、気づけばエロい異性に誘われたかのように俺はグッズ見聞。
「シュコーッ。ボゴオゴォ……ッオオ(空気を吸う音。明け透け……だね)」 視座を変えるべく趣向論考を被覆へ向ける。帽子かタオルか、やはり日差し避けのために帽子か……いや、ここは……。
「TシャツのSサイズはないのか」 首からぶら下げたホワイト・ボードを掴み、著述。押し出すようにし、店主へ強引に読ませる。
「あ?」のような音でメガネの蔓を引き、ボソボソとした音読で読む店主。自分が書いたものを目の前で読まれるってのは結構恥ずかしいね。しばらくすると「あー……ねえよ。見りゃ分かるだろ、アホ。M買って尺でも詰めろ」と、一文字に断罪。
「そういうのは困る」と、速記。
「L買っても詰めろ。XL買ったら詰めんな」「大きすぎるからか」速記 「でっかくなれってことだ。頑張れよ兄ちゃん」
「シュコーッ……(空気を吸う音……) 俺は泣くように受け付けへ向かった。
・1階 受け付け
「シュコーッ。ボゴボゴォッ」と、泡立て付帯させたホワイト・ボードへ執筆を手早く行う。意味することは筆談開始ということだ。
「私は怪しい者じゃありません。こういう者です」という受付女性の音読に、私は首を縦に大振り、身分証を内ポケットから取り出し、手渡す。
「前衛……取締官?」怪しい健康食品、如何わしい何らかの詐欺と出会ったような表情を見せる受け付けの女性ども。私は彼女らへ手のひらを見せ、制する。ホワイト・ボードに書き加えるので待てという意味だ。
「主に危険な芸術。いや、芸術と強弁するわっぱい? 輩を取り締まっています」と、読み上げる受け付けの代表格。『わっぱい』という古めかしい表記に引っかかったようで、抑揚は半上がり、その受けに私の鼓動は早まる。自分では面白いと思っていることが伝わらない焦り。こういうのは文脈からだいたい読み取れると思うのだが、「術」とどこかに付きまとう者にはこうした面倒なところがある。
「一寸めんどくせえな」と、表情に浮かべる。口にしなくとも単純な感情というのはそれとなく分かるものだ。表情という文脈は素早く読み込まれ、受付も「手間かけんじゃねえよ」という険しい表情に切り替わる。
彼女は私の。私は彼女の表情から互いに訝しむ読み合いが自然と生まれ、睨み合いは凡そ二分と三十秒を経過。
「ボゴボゴォッ。もごもご」とするレギュレーターであるマスクを外し、彼女へ向ける回答に口元も加勢させようと試みた矢先、受付から放たれた言葉の鏑矢が耳に突き刺さる。
「前衛なんて当館にねえよ。数世紀前の重文だわ。お前何世紀産まれだ、アホ」
『どうする家康展』に前衛はないという事実を突きつけ、私は、愕然と崩れるように膝をつき、背に負う胆力は抜けた。魂と嘘と空気を充填した酸素ボンベが館内にゴロンと転がる。乾いた空気の筒は「ゴロッン。グワンワンワン」と、重量を伴う乾いた音を館内に響かせ、誰しもがその転がりを見つめた。
「あ、あと、カメラ禁止な。撮影したらお前んとこ特定して取り潰すぞ」 一拍二拍置き「ゴロンッ」とした乾漆の後に口にされた言葉は物騒なそれで、彼女は自分の襟元を摘み、金色の三つ葉葵バッジの圧力をこちらへ掛ける。
「(シャッター)半押しでも駄目か」 やられっぱなしってのは面白くない。抗弁を向け放つ。オート・フォーカスならば半押しで合焦合わせ。マニュアル撮影ならば「おっと、いけない指が滑ったぞ」撮影。そうした事故もあるだろう。
「駄目だ」 駄目だった。
「『単眼鏡として使いたい』とかこっちのルールの網の目を掻い潜ろうとしても無駄だ。コインロッカーに自慢のカメラを仕舞うか、わたしにレンズを叩き割られたいかのどっちかだな」と畳み掛ける受付。おいカメラを『単眼鏡』とかそんなこと思いもしなかったぞ。なんてズルい奴だ。発想が邪悪である。
あ、あと「単眼鏡」と「単眼卿」と、上手いこと言ったつもりになったんだろうが、だからなんだ。テメえはやってるつもりになってんだろうけどよ、俺はそういう浅はかな弄りには忍従することはない。そこそこつまらない奴が考えそうな発想と意味の転換を伝えられる方のことを考えたことねえだろ。こっちは伊達でやってんじゃねえんだよ。だぼ。繰り返し伝えたい注意事項なのだが、私の二つ名は「銀のもこもこ卿」であり、それ以外は容認出来ない。いいか、一切認めない。絶対に、絶対にだ!
ムカついたので左手で左目を覆い、視力検査のような形で館内を過ごし通すことに決意を固める。お前がしくじった結果こういうことになるんだからな。これで今日はしばらく過ごすが、以降二度と乗っかるものか。へぼ。
「判った。もういい!」 俺は吐き捨てるように諦めを唱え、カメラを仕舞い、そのまま企画展入り口へ向かう。
「カメラなんてどうでも良かったんだ……」『わっぱい?』という悪意なる落とし込み、立ち会いをすかされたことだけが……許せなかった。そうしたことを思うと、直ぐだった。
・1階 企画展入り口前
前回訪れた『開館25周年記念企画展 水木しげる魂の漫画展』と入口出口は逆さであった。半時計回りという形になっているが、これは歴史を振り返るという意味なのだろうか? そうしたことを考え、入り口を潜ると「どうする」と、壁に書かれた文言が俺に問う。
「知らねえよ……うるせえな」訪れる者の時間をも遡らさせ、思春期、学生生活との邂逅は俺の神経を逆撫でさせた。項垂れ蒼き歴史のトンネルを突き進むと……。
「こ……これは」
『徳川家康坐像』
17世紀
所有:知恩院 (京都)
『金扇馬標』
16~17世紀
所有:久能山東照宮博物館 (静岡)
熟成忍び味噌こと大きな家康坐像の後背に大きな金扇が拵えられ、来館者を出迎える。袍は跳ね上がり、裏地の朱を見せる。恰もそれは絵具を厚塗りしたよで、両横から観察しては正面に戻り、側面を見ては「そうなんですよ。そうなんですそれですよ」と、私は独語を仏草唱えていた。眼前の家康坐像と以前から考えていることの関連付けが可能だという発見に心躍らせ、音楽に身を任せ畝り唸りたいところだが、ここは公共施設。ボソボソっとした独り言で自己を宥め、観察と考察を繰り返している中ある言葉が耳に入って来た。
「でかいよねえ。昔の人って、顔、でかいよね」 背後から聞こえた女性の声。眼前の坐像を見上げてみると、確かにでかい。成る程、徳川家康とはこのような顔立ちだったのか。現在に置き換えるとどういう人だろう? どことなく武道の師範代という雰囲気がある。
私は振り返り、凛とした深い頷きを見ず知らずの彼女へ見せる。すると、相手はギョッとしていた。その際やや顔が、いや、目とういうべきか。彼女がデカく成った気がした。そのまま周囲を見渡すと、四体の具足が家康坐像を固めていた。
『色々威胴丸具足』 『黒糸威二枚胴具足』 『黒糸威胴丸具足』 『朱塗黒糸威二枚胴具足』
手工芸が織りなす防具には装飾美術が奢られ大変美しく、やはり物で持つ残し続ける強みというのはある。しかしこれ戦争に使われる防具であり、、当時の材質と実戦からフィードバックされ改良を施された物でもある。人類の成長には争いというものが含まれており、これは現在も続く業の集大成ということでございます。それとどれも名称に「威」という中々どうして色々物騒なそれが付き、愚息な俺は怯え、伏目に見るのがやっとであり、館内の照明は素晴らしく、空間には良い感じの影が指しておりました。南無南無。
家康と具足に別れを告げ、次へ進むとよいよ第一章が始まる。家康誕生から江戸幕府まで全六章に別け展示され、まずは家康こと幼名竹千代ご懐妊についての絵巻から状況開始。
『東照宮縁起絵巻 第一巻』
1648年
所有:個人蔵
家康の母、於大の方が子宝祈願のため鳳来寺に参拝した場面を描いた絵巻。雅揺蕩う大和絵に描かれる山道。が、しかし、実状は違ってくる。「於大さんが行かれたんで余裕余裕♪」と、そこのご婦人鳳来寺山を甘く見てはならない。本堂近くの石段は整っているが、山門を越えしばらくすると石畳石段はがれ、頬を打たれるような険しさに変わるのが鳳来寺山道である。これを読まれる皆様は適切な服装と靴。そして十分な水分と、もしものための幾ばくかの食料をお忘れきように。
そうしたことを後に書こうと携帯端末へ要素の箇条書きを綴り始めると、事件。
「成程、ということは……」 右手に握ったスマートフォンは暗闇にぼんやりとした不安と、これからへの期待と記録を浮かばせ、そこへ忍び寄る学芸員。
「あ……あの、それって記録に残されてますか?」との声。
「えっ? ええ……」 突然の声、相手は冷静に努めているが、外圧を此方へかけようとしていることは明瞭。俺はその応対にやや狼狽えた。
「当館といたしましては、記録に残されるのであれば、手書きでお願いしております」とのこと。
「ふっ」俺は勝ち誇った気概が、口から溢れるような失笑を漏らす。左手は左目を覆い、空いた右手でスマートフォンを握りしめたまま自分の身を指差すようにし、上から下へ動かす。そのまま左から右へ十字を切る。グレゴリオ化しているならば見れば判ること。これでどう書けと?
「だいたい、てめえ誰だよ!」おおん!?とした口どりにはおのずと被害者いし「学芸員だわ!」会話文以降の説明を入れ込む余地もない、俺の口語の戻りに併せた学芸員の応酬は見事な被せ。鼻っ柱をカウンターのワン・ツーで砕く。
「いや……それがしは筆具を持ち合わせておらず……」 純然たる被害者としての全面的攻勢は嘘のように嘘だから引っ込み、私は下手に。もじもじとした態度から言わせて貰えば、そもそも「書く物を持ち合わせておらず、貴殿は我に無理難題を口にされてるじゃないですか」
「ああ、それは問題ない」彼女は人差し指を立て、此方へしばし待てと示す。座面裏からガサゴソと何かを取り出す。
「こ……これは」
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