不確実な時代の組織の形 【世界標準の経営理論4:エージェンシー理論】

前回に引き続き、情報の経済学。

前回の「アドバース・セレクション」が、取引関係成立「前」に起こる問題に対して、取引関係成立「後」に起きる問題を取り扱うのが「エージェンシー理論」という関係になる。

エージェンシー理論は、他の経営理論と比較しても、ものすごく身近な、一見「当たり前」のことを言っているようにも感じるが、よくよく理解を進めると実社会がいかにこの問題によってあらゆる支障をきたしているかが分かる。

他の理論も同じだが、目の前に起きているいる現象をなんとなく捉えるのではなく、「人間社会であるが故に起こる本質的な構造上の問題」と意識的に捉えて、世界中の賢い人達が議論し尽くした原則的な解決策を基準に、瞬時に対応策の意思決定をするために経営理論は存在していると思う。

【読解】エージェンシー理論とは

さて、エージェンシー理論だが、「プリンシパル・エージェント問題」とも呼ばれ、こちらの方が直感的に内容も理解しやすいと思う。

ざっくり説明すると、ある上司(プリンシパル)と部下(エージェント)がいたとしよう。その時、よっぽど素直で実直な完全無比の部下でない限り、上司の思った通り動かない、みたいな問題を「モラルハザード問題」と呼ぶ。

別の例では、株主(プリンシパル)と経営者(エージェント)の関係を考えた時、株主が求めている通り、経営者が経営を進めないという「モラルハザード問題」もよくある。例えば、短期的な利益を望みコストを抑えてほしい株主と、長期的な成長のために大きな投資をしたい経営者、といったケースは一般的にあり得る話だろう。

あらゆるビジネスが、プリンシパル(経済主体)エージェント(代理人)に対して特定の行為を依頼して成り立っている訳だが、その2者間で起きる「モラルハザード」のメカニズムを考えるのが「エージェンシー理論」である。

注意したいのは、「モラルハザード」と名前が付いているが倫理的な問題を取り扱っている訳ではなく、ある状況において、人々の「合理的」な判断の結果によって生じる問題、というが重要なポイントである。

【読解】「モラルハザード問題」の原因と対処法

モラルハザードが起きるのにも条件がある。

■モラルハザードが起きる条件
プリンシパルとエージェントの、
条件①  情報の非対称性
条件②  目的の不一致 :両者の目指すところ・利害関係の乖離

つまり、二者間での「情報」と「目的」のギャップであり、これは上司・部下の関係を考えるととても分かりやすい。

上司・部下の間で何かしらトラブルが起きる場合、それぞれが独自に入手した情報を抱えて相手に伝えていないことにより話が噛み合わないこと(条件①)や、そもそも組織ミッションが共有化されていないことにより仕事の成果の良し悪しに齟齬が出たりする(条件②)。

よく聞く話であるし、自分自身も上司・部下両方の立場において思い当たるフシが沢山ある。

モラルハザード問題が起きる条件に対して、エージェンシー理論が「倫理的・精神論的な問題」ではないため、それを解決するための原則的な解消法がある。

モラルハザード問題の解消法
■モニタリング

 条件①を解消するため、エージェントを監視する仕組みを作ること
■インセンティブ
 条件②を解消するため、プリンシパルと同じ目的を達成する組織デザインやルールを作ること

詳細な説明は省くが、モニタリングの例としては、株主と経営者との関係におけるコーポレートガバナンス(社外取締役・監査役など)や、インセンティブの例としては、雇用者・被雇用者の関係における業績連動型の報酬などである。

もちろんそうした対処法が万能ではない、という理解も重要である。

全ての人の共通の悩み

冒頭にも述べたが、エージェンシー理論が有用性が高いと思う点は、大小関係なく「組織」が存在すると、必ず生じる問題ということだ。

組織の中で起こる問題の大半は、人と人のコミュニケーションによる部分によるものだと思われ、そのほぼ全てが「エージェンシー理論」によって説明がつくのではないかと考えている。

会社における個人の悩みも、多くが上司・部下に関わるものだし、もしくは外部企業への委託関係に関わるもの、顧客との間に関わるもの、、、など挙げだしたらキリがない。

その意味では、仮に今自分が悩んでいることのうち、「エージェンシー理論」で分析してみると、ひょっとする解決の糸口が見え、不必要に悩む必要がなく、対策に集中できるのかもしれない。

「階層の多さ」がモラルハザードのリスクを高める

モラルハザード問題が、人が合理的である以上必ず生じる問題なので、避けて通れないものだと思うが、一方で見方を変えると、プリンシパルとエージェントの関係を、組織の中でなるべく作らないことによってそのリスクを最小限にすることができるのではないか。

何を言っているか具体例でいうと、「階層」があることにより、必ず上下関係が生まれる。官僚的な組織ほど細かく上から下までレポートラインが刻まれている。

社長 ↔︎ 役員(取締役) ↔︎ 執行役員 ↔︎ 部長 ↔︎ 課長 ↔︎ 課長補佐 ↔︎ 係長 ↔︎ 平社員

そここその規模の企業の場合、多かれ少なかれ、こんな感じではないか。

上記の例で7つのプリンシパル・エージェントの関係ができており、7つのモラルハザード問題のリスクがある。

もちろん、上から下まで考えが一気通貫した素晴らしい会社も存在するかもしれないが、「人間が合理的」である以上、多かれ少なかれ必ずモラルハザード問題は生じるだろう。

また、ビジネスの先行きが見えており、組織として行うべきことがシンプルで、あまり各階層が独創性を発揮しなくて良い局面においては、いちいち上司にお伺いを立てることも少ないだろうし、階層の多さは問題ではないのかもしれない。

一方、今ほぼ全ての業界において、既存事業の先行きの不透明さから、イノベーションが叫ばれており、一定規模大きな需要創出をするためには、それなりの投資が伴い、当然経営層含めた意思決定が必要となる。

また、今は顧客ニーズも多様化しており、一律のサービスではカバーしきれず、顧客ニーズに合わせてその都度社内での方針確認が求められる局面も多いように思う。

某有名IT企業は、数千人の規模でありながら、経営層 ↔︎ マネジメント層 ↔︎ スタッフと、わずか3層しかない、という話を聞いたことがある。

企業規模が大きくなると、処遇などの問題などにより階層を刻まざるを得ないという事情があるように思うが、組織を運営する経営の立場から見たとき、問題が起こりやすい組織構造は、エージェンシー理論という切り口から分析すると合理的な組織ではない、と言えるのかもしれない。

「階層を少なくした方がよい」、という話はよく出てくる話だが、感覚論としてではなく、その根拠はエージェンシー理論を用いることにより、はっきりと説明できるのではないかと感じる。

そして、不確実な社会の中でビジネスを進めていく上では、少しでも階層を少なくすることが組織設計には求められるのではないかと思う。


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