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低学歴のプライド

2浪もしたのに早稲田に落ちて、

ニッコマにトップで受かって、

この大学で楽しみたいとか、

逆に自分はまだやれるなんて気持ちは

とっくに消えて、

ただ、ただ残りの人生を消化してる。



努力もできないし、地頭も良くない。それでも公立高校受験というたった一度の成功が忘れられない。
成功と言っても全国的に名が通った高校ではない。
それでもその地域では1番だった。

高校受験の時は地元で最大手の塾に通っていた。
目指していた高校は430/500くらい必要で、入塾したのは中3の5月ごろ、当時の僕の点数は280点くらい。
入塾テストの結果では下のクラスになる予定だったが、なんでもすると言って無理に上のクラスに入れてもらった。そこからは必死に勉強した。

16時に学校が終わるので17時まで軽い仮眠をとってから22時ごろまで塾で自習と授業。
帰ってからは24時ごろまで勉強。
これをほぼ1日も欠かさず入試まで続けた。
今の腐った私の根性でこの生活をすることは不可能だろう。
上位クラスではずっと最下位だったが、そのクラスが全員受かったこともあり私もなんとか合格することができた。最低点付近だと思っていたが開示を見ると高校全体の真ん中くらいの成績で合格していた。
あの塾には頭が上がらない、6年経った今でも講師全員の名前を覚えている。

高1夏の模試では校内で50位、国語に関しては岐阜県で6位というかなりの好成績を収めていた。
でもそこからは落ちる一方だった。

高校に入ってからは本当に1分も勉強をしなかった。
だから点数が取れない勉強は嫌いだった。平気で数学で9点とか取っていた。でも、この高校に通っている自分ならなんとかなるだろうという慢心していた。結果普通にどうにもならなくて、浪人して、仮面浪人までしたけど結局頑張れなくて、浪人して通ってはいけない大学に通っている。



親には塾にたくさんお金を使ってもらった。
参考書もたくさん買ってもらった。
なのに成績は上がらなかった。
ある程度の勉強はしていたと思う。
なのにどこもうからなかった。
ニッコマに受かった時に親はおめでとうと言ってくれたが、こわばった作り笑いを浮かべた親は僕がみた人生の中で1番苦しい顔をしていた。もう受験のことで迷惑は絶対にかけないと誓った。

何よりプライドが許さなかった。
2浪目は自分で30万ほどお金を捻出し講習やらを受けて受験したが落ちた。
そこで自分は地頭が悪く、高校受験は大したレベルでもなく、努力量でカバーしていただけだったんだと気づいた。その努力すら、堕落した5年の間で不可能になっており、低学歴のプライドだけ高い化け物が出来上がった。


負け惜しみに聞こえるかもしれないが、2浪してよかったこともある。自分の頭の悪さ、努力のできなさを身をもって知れたことだ。
たまに大学やバイト先で「一浪したら〇〇大行けた」などと言っている人を見かけるが、意外と人は追い込まれても頑張らないものだと思う。
中途半端にプライドだけが高い人間になるよりも、プライドをへし折られて自信のない人間の方が周りからしたら絡みやすいだろう。





だけど、本当にたまに、ふとした瞬間に15歳の自分が夢の中で語りかけてくる時がある。
僕の高校受験の努力は無駄だったのか、その大学なら2ランク下の高校から現役で行けたではないか、塾代も無駄になったじゃないか、どうしてくれるんだ、と。言い返すことができないまま嫌な汗で目が覚めることはここ最近何度もある。


どこかで人生を好転させたい、そう思い今年の4月東京CPAに自腹で80万払い会計士を目指すことにした。親にはこれ以上絶対に頼りたくなかった。
2浪目の講習代や受験料もそうだったが、自分のお金でやる、ここだけは絶対に譲れなかった。


日記はここで終わっている。
2年後に結局努力できなくて腐った人生を送っているのか、はたまた会計士試験に合格しこれまでの人生を肯定してあげられるのか。

そろそろ、胸を張って過去の同級生に会いたい。

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