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春から夏へ

静かな雨がやんで、春は音もなく沈んだ。わたしが道路を歩いていると、鳥たちが数羽、わたしを追いぬいて黄色い遮断機を越えていった。そのむこうには夕空が淡く光っていた。あなたのまえに地蔵堂が閉じていた。わたしは遮断機のむこうの地蔵堂と、そこにしゃがんで手をあわせるあなたを交互に見て、それからゆっくりとまた空を見た。淡い青。長い列車が光を放ちながら、線路を渡っていく。その速度はわたしの心音にも影響した。列車が通過すると、黄色い遮断機がゆっくりとあがっていく。わたしが線路をそっと渡っていくと、雨粒のひとつ、ひとつの破片となって、その場に像をつくっていた。水たまりは鈍く光っている。あなたは地蔵堂のまえで手をあわせていたけれど、わたしが訪れたのを認めると、ゆっくりと立ち、それから夕空のほうへと顔を向けた。光の残滓は町に溶けあって、あなたの横顔も輝いていたが、遮断機から遠ざかりゆくあなたと、それを追うわたしのなかの地平線がゆっくりと沈んでいく。太陽は、まどろみのなかに光ってからそっと消えていった。あなたと歩いている町のいろいろな場所に、サボテンの鉢植えが置かれていて、ひらかれた花が主張していた。その花をつんでいる少女も、また学生帽を深々とかぶって通学路を逆走していた。それをあなたは見て微笑んでいたけれど、確かにわたしたちにもあんな時代があったな、と言ってなつかしい顔をした。そのなつかしさのなかにも、いくつかの写真としての記憶があった。わたしはゆっくりと前をむく。あなたは数歩先を歩んでいた。夕空は輝いていた。

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