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『TRIO 2019/Shin-Ichiro Mochizuki』(unknown silence/2021年)

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ヴィブラフォーン奏者の赤松敏弘氏からTRIO 2019への素晴らしいコメントをいただきました。ありがとうございます。


以下

赤松敏弘さんコメントです。

ピアノを好きに弾くのが好きな少年。聞こえて来る外界の既製曲や頭に浮かぶ音楽を自分なりにメモするうちに、それが何処の誰も奏でていない「自分好み」の曲だと気が付き始めるのです。そういう少年の多くは近所の楽器メーカーが開設する音楽教室などに入りその組織中での作曲コンテストや発表アワードを受けながら育って行きます。ある時は指導者の意見に強く共感して取り込み、ある時はどうしても受け入れられない部分とも葛藤しながら。演奏技術もそれに連れて上達し、やがて中学、そして高校となるとそういう少年達は「ふと」立ち止まる瞬間に遭遇します。

「この先の道は何処に続くのだろう?」

その中の多くの少年達は作曲を学ぶ音楽大学へと進む道をチョイスするでしょう。偉大な作曲家を輩出した元へ。
さて、ここまでの事は特定の誰かの事を言っているわけではありません。少なくとも僕が辿った道のすぐ傍で何人も見掛けた「そういう少年達」のことを客観的に眺めてのお話し。少年ばかりではありません、少女達もいました。
この根底には、作曲というもののスタートには「スコアリングによってその世界を知らしめる」という世界の作曲家の群像があります。それは主にクラシックの作曲体系に基づくレールが存在しているわけで、演奏者とはまったく異なったフィールドを歩いて来るわけです。
ところが、世の中にはポップス系のソングライターのような作曲を兼用する演奏者や、ジャズのようなインスト系の作曲を兼用する演奏者もいます。彼等の大半は自らが奏でる為の作品としての兼用作曲家であって、オーダーを受けて作品を作る商業音楽の作曲家とも異なるのです。

作曲家といっても様々な生き方が現在ではあるものです。

ピアニスト望月慎一郎の事を知ったのは、彼がつい最近まで住んでいた信州を軸に活躍する安曇野在住のベーシスト、中島仁のファースト・アルバムを制作することになって具体的な選曲の話しで中島仁から送られて来たメンバーとのライブ演奏を聴いた2018年の4月上旬だった。最初は彼等のホームグラウンドの信州の地で録音するのもいいかな、と思っていたのだけど、記録された演奏を聴くなりそこで展開されている曲と演奏を最良の音質で記録すべきと判断して、いつもアルバム制作で使っている東京のレコーディングスタジオとスタッフを揃えて紹介することにした。

何よりも東京ではなく、信州の地で思うがままに演奏を続けているその姿が新鮮だった。先の作曲をする少年達のもう一つの道をしっかりとマイペースに歩んでいるのが望月慎一郎。出会った時点で彼のWeb siteを覗いてみると、信州から東京を飛び越えて世界に向けて発信するプロモーションがいくつも見られて、これは本気だな、と確信した。
その数週間後に四国・松山から東京への長距離移動の途中で長野県の安曇野に立ち寄り、初めて中島トリオのメンバーと遭遇。レコーディングのリスト曲の第一回目のリハーサルだった。その時に望月慎一郎とはどんな人物なのかにも興味があったので、会うとかつてバンドのメンバーだったピアニストの佐藤浩一とそっくりなので思わず笑ってしまった。人物だけでなく音楽に対する姿勢もチャレンジ精神も含めて。偶然とはいえ、これも僕にとっては強烈なインパクト。

さて、これも不思議なのだけど、このアルバムをリリースするレーベル、アンノウンサイレンスの主幹であり、友人の作曲家でありコントラバス奏者の沢田穣治も同じ頃から望月慎一郎の名前をあちこちで出していて、僕と共通の知人の間では「また望月慎一郎。なんで揃いも揃って。一体何処のどんな奴だ?」と興味を引いていた。すでに望月慎一郎はファーストアルバムをリリースしていて、その世界では注目を集め始めていた。

その望月慎一郎の実質3枚目が、その沢田穣治のレーベル、アンノウンサイレンスから発売される。先週紹介した沢田穣治の新作と共に送られて来たので一週間ほど出掛けていた時にCD-Rに焼いて持って行き、お気に入りのスピーカーで楽しんだ。


『TRIO 2019/Shin-Ichiro Mochizuki』(unknown silence/2021年)
01 Yukidoke
02 From the Sky
03 Alice
04 Soil and Water
05 Waltz for Debby
06 The Third Destination

Shin-ichiro Mochizuki (p)
Miroslav Vitous (b)
Shinya Fukumori(ds)

5曲目の“Waltz for Debby”を除いて(おそらく)望月慎一郎のオリジナルで構成されるアルバム。例によって焼いたCD-Rには曲名すら表示されなかったので曲名は戻ってから追筆。また、なぜミロスラフ・ヴィトウスとの共演が実現したのかは公式ホームページに詳しいのでそちらを参照されたし。
まず曲が始まると同時にそれぞれの楽器の定位が新鮮なことに耳が喜ぶでしょう。真ん中にピアノ、右にベース、左にドラム。ステレオ中期のレコード時代ではお馴染みのミックスだが、CDとなってからはこのレイアウトは少ない。録音環境から来るものか、アーチストの好みなのかはわからないが、この音楽には合っている。それぞれの楽器の分離が明白で聴きやすいのかもしれない。もしくはスタジオの都合で音の被りを最大限に活用した結果なのかもしれない。どちらにしても自然に近いまとまりのある録音。

“Yukidoke”はいかにも信州を連想させる。ヨーロッパや北極圏ではない日本の冬。そこで暮らした人でなければ出せないこういう風情は聴くものを知らない世界へと音で誘ってくれるからいい。
これも冬を思わせるニアンスがある“From the Sky”。やはり日本の冬、アカデミックな表現として音の躍動を存分に楽しめる。もしも雪国に育ったら、カラフルな雪と真っ青な冬の空のコントラストを思い浮かべるのだろうか。僕はボストン時代に毎シーズンそういう世界を楽しんでいた。
どうやら望月慎一郎の描く世界は信州の冬の景色が浮かび上がるようで、この“Alice”もそう感じてしまう。本人はどう思うかわからないが、このアルバムを連れて冬の信州を旅したくなった。
ここまでとは少し一線を画す“Soil and Water”が自然界から離れた人間の情感に訴えかけてくる。
数々の名演、アレンジで綴られた“Waltz for Debby”を望月シェフが手掛けると、という緩やかな5拍子の味付けはいかがでしょう。
ラストとなる“The Third Destination”。これから何処に向って行くのか。

望月慎一郎の魅力。
僕は演奏にも作曲にも「ゆらぎ」と「まよい」があるから唯一無二の世界が聞こえて来るのだと思う。もしもこれがタイトだったら・・・、あるいはストレート過ぎたなら・・・、こんなに優しい世界にはならなかった。それは、彼が今でも作曲者の自分と演奏者の自分の狭間を行き来している証拠。毛細血管を伝って全身に流れる温かい血液のように。

書かない事の面白さを知ったかつての作曲好きの少年が、これからどんな音楽の扉を開けて旅をするのかと思うと次も、その次も今から楽しみでならない。

赤松敏弘(vibist, composer)

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