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高齢者と車の生活

老害としてもっとも大きく取り上げられるのが、自動車事故についての事だろう。アクセルとブレーキの踏み間違いによる事故、高速道路での逆走、建造物への激突、人身事故、など。

(前略)
高齢者の交通事故のうち、高齢運転者(第1当事者)の違反をみると、安全不確認(約34.7パーセント)が最も多くなっています。
(中略)
高齢者の交通事故のうち高齢運転者(第1当事者)の人的要因をみると、脇見や考え事をしていたことなどによる、発見の遅れ(約80.6パーセント) が最も多くなっています。

防ごう!高齢者の交通事故! 2023.11.5 

連日、高齢者の運転する(第1当事者)事故報道が絶えることがない。本来は年齢による経験から、慎重なはずである高齢者が、逆に今まで何も無かったという安心感から、うっかりミスを起こしてしまうのかもしれない。それに加えて、若い時とは違い反応も遅くなってる。


70歳を超えて免許の書き換えがあり「高齢者講習」を受けた経験がある。実技講習がメインで、自動車教習所で決められたコースを走る。それほど難しい試験ではないが、極端なほど、ハッキリと分かる様に左右確認などの基本動作が求められる、と事前情報として聞いていた。見なくても分かるくらい建造物など無いのだが、有るという想定で演技を求められる。

それぞれ5人グループ2組が、互いにコースを替えて2回走る。その後視力検査や動体視力などの検査がある。実技が終わってから、次の検査までは時間が有るので、待合室で待ってる。会場までの時間を加えれば、ほぼ1日を要する。費用もかなり高かったと思う。

この待合室での雑談で、実際に踏み間違いを起こした人が3人も居た。10人中3人というかなり高い確率で起きていた。しかもその中の一人、まだ70歳になったばかりの人は、店に車の前半分が突っ込んだ経験があると言ってた。60代後半で起こしたことだ。店の経営者が友人で、修理代を出すことで警察には届けなかった。届けていたら「高齢者講習」だけでは済まないらしい。これを聞いて、買い物に行くにも近い店なので、次の免許更新が近づいたら、免許証の返納をしようと思った。

娘にそれを言うと、では・・・と車の交換になった。廃車寸前のような軽で、子ども達の保育園の送り向かいに使っていたので、シートは飲み物で汚れ放題だった。バックモニターも付いてないし、車載カメラも付いてない。何よりも軽だから、狭くて息苦しくなる。これに乗り始めて、免許返納をハッキリと決めることが出来た。

ところが3日前にエンジンが掛からなくなった。たぶんバッテリーの問題だと思う。バッテリーが上がったとすれば、50年ぶり、人生で2回目のことになる。これを機会に、修理は月曜日まで待って、車を使わない生活をしてみようと思った。

買い物をしなくても、調理後に冷凍した物などを使えば、裕に半月は保つ・・・はずだった。実際には買い物の必要が無くても、毎日の買い物は気晴らしにもなっていた。

あと1週間分の薬はあるが、車がなければ掛かり付け医までの約4kmの距離をどうしよう。図書館までの5km、その他外食や大型スーパーや家電量販店、猫の餌やトイレ砂など、どの様に対処すれば良いのか。気晴らしで行ってた日帰り温泉や、近くの旅行など、移動手段が無くて行けなくなる。

食材は、毎日その日の調理分だけ配達されるサービスもあるし、1週間分の食材をまとめて注文するサービスもある。物品に関しては、時間は掛かるが、家までの配達はどこの店でもやってる。便利ではあるが・・・、家から出ない生活に堪えられるだろうか。

わずか数日の、移動手段の無くなった生活に、耐えがたい苦痛を感じ始めた。最後の最期まで、一人で生活をするつもりで居たが、車があったからこそ外部との繋がりが維持できていた。外との繋がりを一切絶たれた生活を、本当に出来るのだろうか。


山間地や農村部では車は必需品だ。移動手段を絶たれることは、直接生活に影響がでる。そのための福祉施策として、小型で足回りの良い巡回バスが走り、地域の連携も出来ている。都会での移動手段の確保は簡単だろう。ところが、片田舎の小さな都市部では、福祉施策も貧弱であり、簡単に孤立してしまう。車があるのが当たり前になって、その上に商業施設の配置が描かれているようだ。

最期まで一人暮らしを通すと覚悟していたが、車の無いことを思うと、しだいに自信が無くなり、「死」までの時間が堪えられるだろうかと思い始めてきた。バイクや自転車で、車道を走って邪魔な存在だと思っていた高齢者、老害になるから家から出るな、などと思っていた。それは邪魔な存在だから、老人は決められた檻から出るな、などと言っていた事に等しい。

残りの長い時間、車の無い生活に堪えられるだろうか。

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