音MADの取っつき辛さはその発展に貢献していた?
音MADって取っつき辛い印象があるじゃないですか。
特にここ10年くらいの音MADは台詞合わせに、音合わせに、人力VOCALOIDに、と普通の人間なら一生に一度も経験しないような技術がこれでもかと詰め込まれるようになりました。
最近はその高クオリティ路線から意図的にずらしたような作品が流行っていますが、大枠の流れとしては、そうしたずらし表現をも巻き込む形で音MADの技術水準・作品クオリティは上がり続けていると思います。
この記事で言いたいことはそうした音MAD技術の高水準化