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日記002 道具化した承認欲求

昨日、noteに初めて投稿したのですが、早速、2人の方から「スキ」を頂きました。「スキ」を下さった方には、大変感謝いたします。
とても嬉しく、明日も投稿しようと思ったとともに、この他者からの承認とどのように付き合うべきか困ったのでした。

さて、今日の日記では、上記の「スキ」をもらったことで困った理由を説明しようと思います。
昔話になりますが、10年ほど前、旅行をするときに、なぜそんなことをしようとしたか覚えてないですが、旅行写真をアップするinstagramのアカウントを作成したことがありました。
旅行しはじめは、自分が気になって撮影した風景や建物の写真から選んでアップしていました。しだいに、友達からも「いいね」をもらうことが多くなって、とても満足していました。
しかし、しばらくすると、撮影するときに、自分の意識が、今日は、Instagramにどのような写真を投稿しようかということに、重きを置くようになっていました。
こうした自分の意識の変化に気づいたとき、Instagramに投稿するをやめました。
僕は、「いいね」をもらいたくて、旅行し、写真を撮影しているわけではない、と思ったのです。
今から思うと、自分の承認欲求の強さに自覚した瞬間でもあると同時に、他者からの承認を強く求める自分を、他者に依存した卑しい存在だと考えたのだと思います。
このときから、Instagramをはじめとする、他のSNSから距離をとるようになりました。

冒頭の話に戻すと、「スキ」をもらったときの困惑の理由は、このような拒否反応からくるものでした。
しかしながら、さすがに10年も長く生きると考え方も変化するようで、今回は「他者からの承認を求めてもいいじゃないか、それで日記を書き続けることが達成されるならば」と考え、拒否反応を抑え込んだのでした。
分かりづらいかもしれませんが、感覚的な言葉で説明すると、今までは、承認欲求というものが、自分にぴったりくっついているような感じでしたが、現在は、承認欲求が自分から切り離され、手に持てる道具のようになった感覚です。
例えになってないかもしれませんが、包丁の扱い慣れてないと使うのが怖いですが、扱い方さえわかってしまえば、便利な道具なので、使ったほうがよいよね、
という感覚です。

ですので、読んで下さった方は、「スキ」を押して頂けると、日記を書く原動力になりますので、よろしくお願いいたします。


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