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【世界の野生生物保全】密猟と違法な野生動物取引に取り組むための地域密着型アプローチ

 野生生物の保全を考える上で重要な情報がインターネット上で公開されていますが、その多くは英語です。そこで興味深いウェビナー(ウェブWebとセミナーSeminarを合わせた言葉)を主催者の了解を得て、日本語で要約しました。正確にお知りになりたい方は、元の動画をご覧ください。

密猟と違法な野生動物取引に取り組むための地域密着型アプローチ
Webinar: Community-based approaches to tackling poaching and illegal wildlife trade by International Institute for Environment and Development (IIED)

 今回のWebinarでは、野生動物の違法取引に取り組むコミュニティー密着型アプローチについて、とくに人間と野生動物の軋轢(あつれき)に焦点を当て議論がなされた。この回はthe International Institute for Environment and Development (IIED) が主催し、2020年3月30日に開催された。

・はじめに


 密猟や違法な野生動物取引(IWT: Illegal Wildlife Trade)に対し効果的に取り組むためには、現地のコミュニティーからの協力は欠かせないという認識はますます高くなっている。コミュニティーとの協力は、例えば以下のような幅広いアプローチがある。

・法施行へのコミュニティーの参加
・地域型保全策に対する報奨金の生成
・IWTプロジェクトの計画や実施においての政策決定へのコミュニティーの参加
・野生動物の管理や野生動物からの利益を享受する地域の権利の認識
・野生動物との軋轢などの、コミュニティーが野生生物と共存することで発生するコストの削減

 今回のWebinarでは、それぞれの地域で実施している野生動物の密猟や違法取引の課題に対する上記のような地域参加型の保全政策について、以下の3名が発表した。

・ホリー・ダブリン (Holly Dublin), IIED senior associate, 
“違法な野生動物犯罪に取り組む最初の防衛策(First line of defence in tackling illegal wildlife crime)”
・オリビア・ウィルソン-ホルト (Olivia Wilson-Holt), People not Poaching database editor,
“違法な野生動物取引に対する地域参加型アプローチ(People not Poaching: community-based approaches to tackling illegal wildlife trade)”
・エイミー・ディックマン (Amy Dickman), director of the Ruaha Carnivore Project,
“地域とネコとカメラトラップ: タンザニアのルアハ景観における人間と食肉目間の軋轢の解消(Communities, cats and camera-traps: reducing human-carnivore conflict in Tanzania's Ruaha landscape)”

では、3名の登壇者から発表していただいた内容を、それぞれ説明していきます。


・ホリー・ダブリン “違法な野生動物犯罪に取り組む最初の防衛策”

 野生動物の取引に対する法施行に加え、野生動物の違法な製品の需要削減に対するプロジェクトが多く始まっている。しかし、地域コミュニティーが野生動物保全に参加にするプロジェクトはとても少なく、この地域コミュニティーの参加についてのさらなる調査が必要である。私たちと野生動物との関係は日々変化しているが、双方にとって前向きな成果となるよう、まず以下の基本方程式を満たす必要がある(図1)。

Note20200602_図1

 野生動物保全における純利益(野生動物を保全することで得られる利益からそれにかかるコストを引いたもの)が、野生動物の違法取引の純利益(野生動物の違法取引をすることで得られる利益からそれにかかるコストを引いたもの)を常に上回っていなければならない。しかし野生動物保全にかかるコストは膨大であり、このコストはおもに地域コミュニティーが負うことが多い。それに加え、野生動物の違法取引にかかるコストは法規制の脆弱さからいまだ低い。そこで、世界中のコミュニティーで実施されている野生動物の違法取引に対する取り組みを調査した。違法な野生動物取引に対して、おもに4つのアプローチがある(図2)。

Note20200602_図2

 今回は③のアプローチ方法で、これまで取り組んだ事例を2つ紹介していく。③は、野生動物と隣り合わせで生活する地域コミュニティーにおいて、野生動物と共存することで生じるコストを削減することにより、野生動物の脅威となる密猟を取り除く方法である。ある地域では、人間と野生動物の軋轢を削減することを最終目標とし、野生動物と共存することで生じるコストの削減とコミュニティー自体による野生動物との軋轢の軽減管理を努め、野生動物の密猟問題を中心に取り組んだ(図3a)。もう一方の地域は、家畜を放牧することで生じる野生動物との軋轢に対し、人間と野生動物の接点を削減することを最終ゴールとし取り組んだ地域である(図3b)。これらのアプローチにおいて最も重要なことは、何をゴールとしどのようにそのゴールを達成するかの施策を、地域コミュニティーが主体となって計画・実施することである。 

Note20200602_図3

 これまでの野生動物の違法取引や密猟に関するプロジェクトを行っていくうえで、以下の4つに気が付いた。
1. これまでの多くのプロジェクトは、野生動物との軋轢や違法な野生動物取引を食い止めることに失敗している。その理由として、プロジェクト開始の段階からコミュニティーの協力が得られていないことがあげられる。コミュニティーからの協力を得るには、図3で上げた地域コミュニティーのかかるコストを削減するだけでは不十分で、図2②の保全施策への参加に対する報奨金も欠かせない。
2. 図1の基本方程式を満たすことが必須である。
3. 野生動物保全を行うことで生じるコストを負っている地域では必ず利益も得られなければならない。
4. 人間との軋轢や密猟により脅威にさらされている種においても、生息地の縮小は最大の脅威である。

詳細はこちらをご参照ください


・オリビア・ウィルソン-ホルト “違法な野生動物取引に対する地域参加型アプローチ”

 People not poachingはIIEDが主導するプロジェクトの一つで、根拠に基づいた地域参加型の違法野生動物取引に対する調査と活動をおこなっている。これらの活動から、違法の野生動物取引に対しどの戦略が機能して機能しないか、そしてそれらの理由を把握する。今回は野生動物と共存することでかかるコストを削減することを目的に活動している、プロジェクトの事例紹介を行う。これまで私たちはおおよそ100もの事例を見てきたが、そのうちの3分の1が野生動物取引に対して少なくとも1つの戦略をもって取り組んでいる。例えばその戦略は以下のようなものがある。
・予防措置(野生動物からの被害の防除):19件
・事後処置(野生動物との軋轢に対する対処):9件
・経済的改善処置:8件
・人々(と家畜)と野生動物の物理的隔離:7件

 これまでの事例の中のほとんどがゾウと大型ネコ科動物を対象に行われており、囲い柵やほかの防捕食者処置が広く使用されている。また多くの戦略において、人間と野生動物の軋轢が頻繁に生じるホットスポットのパトロール及び、事故への処置を行うような体制がたてられている。そして経済的改善処置、例えば家畜に対する保険や捕食者による被害の賠償金などは、効果的である。これらすべての処置は、人間と野生動物間の軋轢の削減と、野生動物に対する負の態度を変えることを目的としている。これらの処置において、成功したよい事例をいくつか紹介する。=本記事ではそのうちの2つを紹介=

[事例1: ユキヒョウとの軋轢]
 ユキヒョウとの軋轢を削減するため、中央アジアに位置するタジキスタン、モンゴル国、アフガニスタンでプロジェクトが実施されてきた。これらの地域では、多くのコミュニティーが家畜に強く依存し生活しており、一頭失うだけでも経済的に大きな損害が出る。そのため時には防御策や報復としてユキヒョウが殺され、結果的にそのユキヒョウの違法取引により追加収入を得ている。例として、タジキスタンの地域では、ユキヒョウの死因の半分が人間と野生動物の軋轢により殺されたことによるものである。
 これらの軋轢を削減する素早い効果の得られる策として、家畜のための防捕食者柵がある。タジキスタンの地域では、800頭ほどの羊や山羊を守るため12の柵を建てた。柵が設置される前は電灯がコミュニティーに配られ、ユキヒョウを近づけさせないように防除した。またアフガニスタンでは、Wildlife Conservation Society (WCS) が35もの防除柵を建てた。これらの柵は被害防除には効果的であるが、ユキヒョウを保全するためにはコミュニティーに対して報奨金が効果的である。この考えをもとに、1998年にモンゴル国にSnow Leopard Trustがユキヒョウ事業を始めた。これは、迫害が続くユキヒョウの保全をすることと引き換えに、コミュニティーに対しマーケットへのアクセスを容易にし、現地女性が作った手芸品に付加価値をつけることで、ユキヒョウを保全しながらコミュニティーにより多くの利益を得られるようにした。この報償プログラムは、現地コミュニティーとの話し合いを通して発展した。この報奨金に加え、ルールに違反した場合は賞与をすべての参加コミュニティーで減らすことやこのプログラムの関係性自体も無くすこととした。このような方策をとることでこのプログラムは成功を収めており、1998年から2003までの間は一匹もユキヒョウの密猟の報告はどの地域でもなかった。さらに地域住民の収益はこれにより40%も増えている。この事業はキルギス、パキスタン、インドの地域に現在拡大している。

[事例2: ゾウとの軋轢]
 アジアとアフリカではゾウとの軋轢が広く確認されている。これに対して、私たちの事例のすべてが予防措置を適用している。例えば、香辛料を撒いた柵やパトロールである。私たちの9件の事例がそれらの予防措置によりゾウとの共存によるコストを削減でき、そのうちKinabatagan Orangutan Conservation Programmeによるマレーシアでの事例と、Wildlife protection in the Lower Zambeziによるジンバブエとザンビアの国境での事例の2事例を今日は紹介する。
 マレーシアではゾウとの軋轢が近年増加し、それが密猟を促進させている。これに対し野生動物の調査と保全チームが導入され、夜間のパトロールや電子柵の維持管理、そして作物の被害管理などを含めたゾウの保全活動を行っている。これらにより、ゾウによる被害が大幅に減少している。
アフリカのジンバブエとザンビアの国境では、人間と野生動物の軋轢が激しく報復的な密猟が起きている。そこで、ゾウの行動を学んだ地域コミュニティーによるパトロールやゾウが近づくのを嫌がる香辛料の栽培、防除柵の設置を行った。この地域においても、密猟の数は減少したと考えられている。

こちらにほかの事例やイベント情報が記載されています。

・エイミー・ディックマン “地域とネコとカメラトラップ: タンザニアのルアハ景観における人間と食肉目間の軋轢の解消”

 タンザニアのRuaha地域の事例を紹介していく。Ruaha地域は大型食肉目動物、とくにライオンとリカオンのホットスポットである。近年ではライオンの個体数がこの20年で半減し、そのおもな原因として違法取引(例えばライオンの骨の取引 訳注:漢方薬等に使われる)があげられる。タンザニアはライオンの全個体数のうち40%もの個体が生息していることが知られており、Ruaha地域は8%を占める。この地域コミュニティーはライオンの家畜捕食により大きな被害を受けており、報復的な密猟が頻発している。そのため2年の間この地域で密猟されているライオンの数を調査し、地域コミュニティーにライオンの保全に協力するよう努めてきた。地域コミュニティーとの話し合いのなかで、4つのおもな軋轢に影響する要因がわかった。
1.野生動物と共存することでかかるコスト(例えば家畜の捕食)が高い
2.野生動物と共存することで得る利益がゼロに近い
3.ライオンを殺すことで得られる利益(富、社会的・性的地位の向上)が高い
4.地域コミュニティーの保全への関心や参加がない

 家畜の捕食を防除するため防除柵を設置し、この設置により95%もの捕食者による家畜の損失が防げた。また夜間のパトロールには、シェパード犬を村に導入し実際にこれらの犬はライオンを追い払うなどの効果が見られた。コストの削減だけではライオンの保全には不十分であり、コミュニティーへの利益の向上も欠かせない。コミュニティーへの利益は以下のものがある。
・教育
・医療
・獣医

 これら3つの利益に関するプログラムも並行しライオンの保全活動を行った。ライオンの保全活動をするだけでなく、長期間コミュニティーとともに彼らが何を必要としているかを考えていくことが重要であることがわかった。しかし、これらの活動から利益を得ながらもライオンを密猟する人々もいた。このことからいえることは、プログラムの存在ではなく、野生動物の存在が直接これらの利益につながることを認識させなければならない。さらに現地の人々を野生動物保全に参加させることで、経済的利益だけでなく社会的・性的地位の向上が可能となるよう雇用した。これらの活動により、食肉目動物の密猟は80%以上減少した。
これらの活動から以下のことがわかった。
・軋轢はさまざまな要因(文化、宗教、歴史など)が関係して起こっているため、これらを包括的に考慮し活動していかなければならない。
・軋轢の解消のための活動は、外部からの命令ではなくコミュニティーのニーズに沿って行われなければならない。
・利益は活動を主導する団体の存在からではなく、野生動物の存在から直接得られなければならない。
・文化は常に変化しうることを認識しなければならない

より詳細な活動情報等はプロジェクトのウェブサイトをご参照ください。

要約・翻訳 安家叶子(JWCSスタッフ)

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