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日本の野生生物取引: 不透明さと問題点


この記事の”Take-Home Message”


  • 野生生物取引は多様な用途で世界中で行われ、多くの人々が野生生物に依存しています。しかし、持続不可能な取引は生態系に悪影響を及ぼし、種の絶滅や生物多様性の損失をもたらす可能性があります。

  • ワシントン条約、国際渡り鳥保護条約、種の保存法など、野生生物取引を規制する法律が存在し、絶滅のおそれのある種を守っています。しかし、違法取引や不透明な取引も依然として存在しています。

  • JWCSはそのような問題に、生き物視点に立って、多角的なアプローチで解決を目指しています。映えない活動も多いですが、支援のほどよろしくお願いいたします!




 我々の生活と密接に結びついている野生生物取引。そんな野生生物取引は、世界中のあらゆる場所で行われています。ペットや装飾品、医薬品、食材など様々な形で約50,000種の野生生物が利用され、人間社会の多面的なニーズを満たしています(IPBES 2019)。世界中の5人に1人が、収入や食料として野生生物種に依存していると言われています(IPBES 2019)。この野生生物取引の経済効果は凄まじく、アメリカに密輸される違法取引だけでも、年間数千億円にのぼるとの推定がされています(Tow et al., 2021)。しかし、持続不可能な野生生物取引は、種の絶滅だけでなく、生物多様性への重大な影響を及ぼし、生態系を狂わせる可能性があります(Hughes et al., 2023)。

データから読み解く野生生物取引の今

 国際取引は自動車による陸路、飛行機などの空輸か、船で運ぶ海運で行われます (CITES 2023)。日本への輸出入は主に空輸と海運によって行われています。これらの方法の中で、個人の手荷物や預け荷物に含まれるケースや、郵便システムを利用するケースも存在しています。どの場合でも、野生個体はさまざまな形態・状態で輸出先に持ち込まれます。これには、生きている個体、現地で解体された部位、粉状の材料、またはすでに加工された商品など、多岐にわたる形態が含まれます。

写真1 羽田空港のお土産に展示されたサメのヒレであるフカヒレ(2023年6月撮影)。2022年11月に開催したワシントン条約第19回締約国会議にて、フカヒレ目的等で国際取引される多くの絶滅危惧種のサメやその類似種が附属書に掲載されました(詳しくはこちら)。


 野生動植物種の国際取引を規制する国際条約であるワシントン条約(後述)のデータベースによると、ワシントン条約にて監視下に置かれる動物界の種のみでも、生きたままの個体の国際取引は2012年から2022年までの10年間だけで50万件以上行われています。そのうち日本は4万件ほどの輸入と、4千件ほどの輸出を行っています。
 これらのこの10年間の生体個体の輸入と輸出を“個体数”で見ると、輸出入どちらも爬虫類が最多です(図1, 2)。さらにこれらのデータから、輸出入でどこからそれらの個体がきたかを示す“ソース”が異なることがわかります。輸入では飼育下繁殖個体(C)が大半を占めますが(図1)、輸出では野生個体(W)が多いです(図2)。


図1. 2012年〜2022年に日本に輸入されたワシントン条約掲載種の生体の輸入国の記録個体数 (輸入単位が個体数以外のデータと生物種Class・Source未記入データを除く).
図2. 2012年〜2022年に日本が輸出したワシントン条約掲載種の生体の輸入国の記録個体数 (輸入単位が個体数以外のデータと生物種Class・Source未記入データを除く).


※詳しいソースの定義はCITES データベースのガイドを参照してください。

 これらのデータを目的別に分析すると、輸入の大部分が商業取引を目的として行われていることがわかります。輸出入両方でもっとも取引されている爬虫類のほとんどが商業取引でした(図3, 4)。これらの生体取引のほとんどがペットとして取引され、その種数は13000種に上ります (Warwick et al.,  2018)。また、新型コロナウイルスの影響で「巣篭もり需要」とともにペットの需要も一時例年より高くなったそうです。このペットには、犬猫だけでなく、魚類や爬虫類の人気の高さも報告されています。



図3. 2012年〜2022年に日本が輸入したワシントン条約掲載種の生体の輸入国の記録個体数 (輸入単位が個体数以外のデータと生物種Class・Purpose未記入データを除く).


図4. 2012年〜2022年に日本が輸出したワシントン条約掲載種の生体の輸入国の記録個体数 (輸入単位が個体数以外のデータと生物種Class・Purpose未記入データを除く).


 ある特定の種の需要が高まる背景にはさまざまな要因があります。一部は純粋な美学的な魅力、一部は稀少性やステータスシンボルとしての価値の高さだと考えられます。特に哺乳類では、野生動物取引などの過度な利用により1000もの種が絶滅の危機にさらされており、生息地縮小に次ぐ最も大きい脅威として報告されています(Vié et al., 2009)。稀少な種が違法に取引され個体数が減るほど、その商品の価値が高まり、違法取引の利益率も増大するという負のサイクルが存在しています(UN. Secretary-General, 2003)。特に違法な輸送や取引では、警察や税関での発見を恐れ、身動きが取れないほど狭い空間に閉じ込められていることがほとんどです。

 どのような方法で他の国から自国に入ってくる場合でも、ペット目的での野生動物捕獲では、捕獲後生きたまま消費者へ届けられなければなりません。2006~2011年の調査によると、野生動物の捕獲から輸送・取引までの過程で、動物が病気やケガ、機能障害に苦しんだ事例は全体の25%、環境的挑戦(動物にとって適切でない温度管理や、ケガをするような環境)は20%、行動や相互作用抑制が20%、苦痛や痛み、不快は18%、給餌・給水の欠如・栄養失調が13%であったことがわかっています。そして、これらの取引データの59%は密輸でした(Baker et al., 2013)。

関連法律(ワシントン条約、二国間渡り鳥等保護条約・協定、種の保存法)

 
 野生生物取引には様々な法律が関与しています。国際条約であるワシントン条約と二国間渡り鳥等保護条約や、国内法の種の保存法など、これらの法律はそれぞれ異なるアプローチで野生生物の保全を図っています。それぞれの法律の主な目的と適用範囲、それらがどのように野生生物取引に影響を与えているかを見ていきましょう。

ワシントン条約

 商取引による野生動植物種の減少は、野生生物保全の重要な課題として1960年代に初めて認識されました。それを受けて、1975年に希少な野生生物の国際取引を規制しその絶滅を防ぐ目的で、「絶滅のおそれのある野性動植物の種の国際取引に関する条約 (Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora: CITES)」が発効されました。2023年7月現在、180ほどの国と地域が加盟している極めて大きな環境関連の国際条約です。この条約では、附属書と呼ばれる規制対象種のリストを作成され、これに掲載された種は国際取引が禁止もしくは制限されます。附属書に掲載される種は、通常3年に1度開催されるワシントン条約締約国会議(COP)で議論されます。今では、4万種以上もの生物種(うち約3万4千種が植物種、6千種が動物種)がこの附属書に掲載されています。
 年々この附属種の数は増加しています(Borsky et al., 2020)。多くの種が掲載されことで、これらの種の国際取引の報告義務により追跡可能となります。そうすると、この取引データをもとに取引と野生個体群の増減など、定量的な研究ができるようになります。これらの研究は適切な保全・管理の手法を議論する上での有力な根拠となります。一方で、附属書の掲載が複雑になると、国に出入りする生き物やその派生物が附属書掲載種かどうかをチェックする税関職員等の負担が増えるのも事実です。そのため、絶滅に瀕している種と識別が難しい形態が似た類似種を掲載する、属や科レベルでの掲載が行われています(例えばフカヒレ目的で取引される絶滅危惧種のサメとその類似種の掲載)。

国間渡り鳥等保護条約・協定


 
日本はボン条約(移動性野生動物種の保全に関する条約)を批准していないため、アメリカ、ロシアと渡り鳥等保護条約、オーストラリアと中国とはそれぞれで渡り鳥等保護協定を締結しています。また、そのうちアメリカ、ロシア、オーストラリアとは鳥類の絶滅危惧種の輸出入規制を実施し、国内法である種の保存法に基づき国内取引が規制されています。
(詳しくは環境省のHPへ)


種の保存法


 
「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(通称「種の保存法」)は、1993年に施行された国内法で、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存を目的としています。
 種の保存法では、絶滅のおそれのある野生動植物の種を「国内希少野生動植物種」と「国際希少野生動植物種」に分類しています。国内希少野生動植物種とは、国内に生息・生育する種のうち、絶滅のおそれのある種で、これらの種の個体等の取扱を規制していますす。さらに、国内希少野生動植物種の生息地等の保護を図るための施策を講じています。また国際希少野生動植物種とは、ワシントン条約に基づいて、国際的に取引が規制されている種(附属書Ⅰ掲載種)です。国際希少野生動植物種の国内取引を規制しています。


違法取引と取引の不透明さ

 ワシントン条約の附属書に掲載された種の国際取引は各国の税関でチェック・記録され、ワシントン条約事務局に毎年報告されます。しかし附属書に掲載されていない種も多く取引されており、これらの種は、HS条約に基づく統計品目番号によるおおまかな分類(例えば霊長類など)でしか記録されません。そのため、国際取引される野生生物の数を正確に定量化するのは極めて難しいです。
 合法的な取引は規制や管理がなされていますが、合法的な取引量は違法取引量と正の相関を持つことも知られています(Olsen et al., 2021; Tittensor et al., 2020)。実際、国際取引のうち4分の1〜半分が違法であるという報告もあるほど、違法な国際取引も多くされています(Karesh et al., 2007; Natusch & Lyons, 2012)。また日本は関税でのワシントン条約掲載種の検出率が低く、関税職員の知識向上が求められています(ROUTES Partnership and C4ADS, 2018)。


ペット業者に販売されるカワウソ


 飼育下で繁殖したとして販売されている野生動物ペットは、繁殖するより安価であることを理由に、実際には野生で捕獲されている可能性も指摘されています(TRAFFIC, 2012; Sollund, 2013; CITES, 2017)。さらに、日本を含む多くの国で、違法な取引が見つかり差し押さえられたとしても、その犯人の検挙率や有罪率はとても低いため、犯罪者にとってリスクが低いものとなっています。そのため、野生動物ペットを含む多くの違法な野生動物取引には、その低いリスクと高い利益から多くの犯罪組織が関与し麻薬密売、組織犯罪、テロなどの他の犯罪行為と関連して行われています(UN. Secretary-General, 2003)。つまり、違法に取引されている野生動物の製品や密輸された野生動物ペットを購入することで、これらの組織を支援していることとなります。そのため、販売者がCITES附属書掲載前に取得した個体(つまり合法)であると表示していても、販売の際に必須である登録票の有無や、その登録票の内容は正しいかを確認することは、犯罪に巻き込まれないために重要です。


NPOの貢献

 野生生物保全における非営利団体には、地域を拠点に草の根的な活動をする地域密着型の非営利団体から、国際的に取り組む国際的な非営利団体までありますが、そのそれぞれに重要な役割があると考えています。
 例えば、官庁や企業とは異なる視点やアプローチでの対応が可能であり、その柔軟性が野生生物保全の現場での具体的な取り組みに繋がっています。また、市民や一般の人々とのコミュニケーションが得意な非営利団体は、情報の提供や啓発活動を行うことで、社会全体の意識向上を促進することができます。これにより、野生生物や環境問題への関心や理解を深めることが可能となり、持続可能な消費やライフスタイルへの移行を後押しすることができます。さらに、多くのNPOやNGOは、現地のコミュニティや住民と協力し、彼らの生計向上と野生生物保全を両立させる取り組みを行っています。このような取り組みは、地域住民が直接野生生物保全の恩恵を受け取ることができるため、長期的な保全の成功に繋がると考えられます。最後に、非営利団体の独自のネットワークやリソースを活用して、国際的な保全活動や研究プロジェクトを推進することで、全世界の野生生物保全の現場での共有知やノウハウの蓄積に貢献しています。
 このように、NPOやNGOの取り組みは、野生生物保全のための多角的なアプローチを可能にし、実践的な保全活動の成功には欠かせない存在となっています。



 JWCSは、野生生物保全論研究会は、これまで30年にもわたって日本の消費が世界の野生生物を絶滅させないよう、普及啓発、調査研究、政策提言、そしてワシントン条約など国際会議に日本のNGOとして参加し、野生生物保全を行っています。決してこれらの活動は映えないかもしれませんが、地道な活動が「野生の世界を守る」ことにつながると信じています。

ワシントン条約締約国会議にて保全の立場から参加するJWCS事務局長


 例えば、国際条約を通じた保全活動では、提案の根拠となる科学的なデータや現状を示して締約国の理解を得なければなりません。その上で決議されたことが、野生生物保全を達成するための世界基準になっていくのです。野生生物保全に貢献する世界各国の政策や法律などを常にフォローし、国内状況等を考慮した上での政策提言も重要です。これらのほとんどが、映えない活動ですが、野生生物の保全のためには欠かせないのです。


JWCS現地スタッフがゾウと地域住民の軋轢解消のために村の長老に面会する様子


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