ページをめくれば
チャイムが、長くて短い昼休みの開始を知らせる。
聞こえてはいるけど聞こえないふり。
お腹を満たすより、もっと大切なものがあるから。
それは、教科書の隅っこに創造した、わたしが最高権力者の世界。
わたしの手から生まれた棒人間を、息を切らすほど走らせる。
この机の上には、教科書とシャーペンしかない。でも、ここには。
ないがある。
問題は、予期しないことが起きるということを予期していないこと。
後ろから、右肩を優しくトントンとされた。
邪魔しないで。誰なの、わたしの権力行使の邪魔をする最低な下民は。
「いつもコソコソ何書いてんの?ちょっと見せてよ」
恐る恐る振り返った。
「・・・」
言いたいことはたくさんあるのに、言葉がでてこない。
いや、声が出ないのだ。
それでも、わたしの目を見て、私の言いたいことを理解しようとしてくれている。
そんな子供のような澄んだ目で見つめられると、身体の中にある何かがじわじわと熱くなってきて、その何かが爆発しそうになって、見せたくないものが溢れそうになる。
そんな自分が耐えられなくて、思わず立ち上がる。
「え!ちょっと待って!待てってば!!」
教科書を抱えて、私は息が切れないくらい走った。
棒人間のように速くは走れない。
自分が恋をしていることに気づいたのは、ラブソングの歌詞に共感できるようになった時。
まともに人を好きになったこともないくせに、歌詞がクサいし、聞いていて恥ずかしいって馬鹿にしていた。
いつ聞いても、頭に思い浮かぶ人はのっぺらぼうだった。
馬鹿にしているつもりだった。
実際は、わからないだけだった。
ああ、わたしが、あの人の寂しさを埋める存在ではなく、寂しさ自体を作り出す存在になれたら。
話すことはおろか目を合わすことすらできない。あの人とどうなりたいとかいう具体的なビジョンすら見出せない。それなのに、杞憂に終わるだろうに、あんなことやそんなことを考えて。そういえば、あのラブソングの主人公も同じことを言っていた。
どうやらわたしは、もう決して取り戻すことができないものを、取り戻せなくなると気づかないままに手放してしまったらしい。
歌詞に共感できるようになった自分が切ない。
あの人の姿が目に入るだけで胸が苦しくて。自分のものでもないのに、他の人に取られないか不安になって。こんなに苦しいなら、わからないままが良かった。
パラパラマンガのように。
スリーブが外れて丸くなった消しゴムで、過去も現実も未来も簡単に消して、思い通りに変えてしまいたい。ページをめくる感覚で、時空を飛び越えたい。
変わらないまま変わりたい。
今持っている大切な何かを失いたくない。
タオルケットを外に干した日に、太陽が沈む前に早く帰りたくなるような、ほんの小さな砂粒のような煩わしさ。
その影に隠れた幸せを大事にしたいと思う。
教科書の隅っこに創造した、わたしが最高権力者の世界。
わたしの手から生まれた棒人間に、夢のような恋を実らせてあげる。
この机の上には、教科書とシャーペンしかない。世界なんてない。でも、ここには。
ないがある。
ほら、ページをめくれば。
<ここで一曲>
「寄り添う2人の髪が 同じ香りになる夜も」という、2番のサビにあるフレーズが好きです。
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