【忘れえぬ人#2】詩人 石垣りんさん
★トップ画像★2024/03/25 NHK Eテレ放送「100分de名著forユース」より
石垣りんさんに初めてお目にかかったのは、当時お勤めだった日本興業銀行に近い東京駅八重洲口構内の喫茶店だった。
りんさんは、トレードマークのベレー帽をかぶり、わたしがテーブルの上に置いた目印の社名入り大型封筒を見つけ、笑みを浮かべながら、礼法に則ったような、すっとした姿勢で目の前に座られた。
日常をきりりとした鋭い視点で描写する現代詩のトップランナー、といったオーラなど微塵も感じさせず、親戚の思慮深い叔母とお茶をのむという、そんな気さくな雰囲気のなかで、話は始まった。
わたしがお話をうかがおうとするテーマは、多くの女性が抱えるとてもデリケートな内容のもので、まわりの客にやり取りを聞かれては困る性質のものだった。
りんさんは、それを巧みにオブラートに包み、お互いにだけ通用する用語を使って、お話をしてくれた。
それを文字に起こし、稚拙な文章にまとめて郵送すると、修正が何箇所かあって、送り返されてきた。
それは自筆のエッセイのように仕上げられていて、すっとなめらかに読める見事なものだった。
それ以来、年賀状のやり取りがつづき、りんさんが賛同人をしていた<小選挙区制に反対する会>のお知らせをいただくと、欠かさず集会に出かけ、りんさんのミニ講演を聞く機会に恵まれた。
りんさんとお目にかかったのはそれきりだった。
いま手元には署名をしてもらった詩集が残り、「天声人語」(朝日新聞)にりんさんの詩がたびたび引用されたり、NHKのドキュメント映像が放送されると、そのつど作品を読み返してきた。
なかでも、代表作「表札」の有名な最後の6行が好きだ。
この詩に解釈など無用だろう。
ご家族の面倒を見ながら定年まで銀行を勤めあげ、独身で実人生をまっとうしようとする、りんさんの強烈な意志が伝わってくる。
――蛇足ながら、わたしの孫の名はりんという。
娘夫婦が命名したもので、いっさい関わってはいない。