見出し画像

[主役は<漢江>だ!]今さらナンですが「グエムル 漢江の怪物」の巻(その2)

(↑)[トップ画像]漢江の岸辺で憩う市民を襲い、“母なる河”漢江に帰る<グエムル>(怪物)。

STOP THE WAR!
NO NUCLEAR WEAPONS!

**********************************

●承前● 【俳優のことば】三浦友和さん

「寝る前に本を読むのが日課になっている。/本選びは、あらすじに目を通して「自分が演(や)れそうな」作品が選択基準になってしまいがちではあるが、(中略)警察小説やミステリのような、人間の弱い部分とか醜い部分がリアルに描かれたものを好んで読む。」
「私は常々、役を演じるというのは結局、自分自身と向き合うことだと思っている。自らの弱さと醜さを引き出さないといけないので、自尊心との闘いともいえる。/しかし、その闘いを終えた先には、正直な自分と向き合ったという充足感がある。」
(林真理子『小説8050』書評/「自分をさらけ出した先に見えるもの」三浦友和)

=新潮社PR誌「波」2021年5月号より=
映画「葛城事件」より、主演の三浦友和

(↑)家族を独善的に支配していた父親(三浦友和)が息子の犯罪、妻の狂気を引き起こしたことに無自覚なまま、家庭が崩壊してしまう末路を描いた映画「葛城事件」(2016年)を観たとき、三浦友和という俳優は、北野武監督のヤクザ映画「アウトレイジ」(2010年)「――ビヨンド」(2012年)の出演などを契機に、 “山口百恵の夫”という優等生イメージをかなぐり捨て、エキセントリックな役柄を見事に演じてみせた……と感慨深いものがあった。だから「自らの弱さと醜さを引き出さないといけない」という<演技論>に惹きつけられたし、同時に、演技というものの核心を言い当てているように思えた。

**********************************

《ご注意:ネタバレあり》

<反骨精神>をうかがわせる冒頭シーン

映画「グエムル」ポン・ジュノ監督、2006年)の冒頭シーンは、在韓米軍の医務官が韓国人助手の憂慮を無視し、有効期限切れとなった大量の毒物を<漢江>に投棄するというものです。

(↑)在韓米軍の上官(医務官、左)が韓国人の助手(右)に、漢江に毒物を投棄せよと指示する。その猛毒性の化学薬品は、本国送還まで兵士の遺体を保全しておくためのものと思われる。

このプロローグはあまりに有名なので、今さらお話するのも気が引けますが、ポン・ジュノ監督の作品に込めた<反骨)のメッセージが端的に表れていると思いますので、漢江に毒物投棄を命じた米軍の上官とその助手とのやり取りを、字幕から書き移してみます。
 
●2000年2月9日 <駐韓米軍 第8部隊 ヨンサン基地内 霊安室>
上官(米人、氏名不詳):ミスター・キム(キムさん)、私はホコリが何より嫌いだ。
助手(韓国人/キム) :もう一度掃除します。
上官:掃除はあとにして、先にこれを捨ててほしい。(ビンを取り上げる)
キム:ホルマリンを?
上官:正確にはホルムアルデヒド、ホコリをかぶったホルムアルデヒドだ。
どのビンもホコリにまみれている。流してしまいなさい。
キム:イクスキューズ・ミー?(今、何と?)
上官:一滴残らず捨てて、カラにしたまえ。
キム:しかし毒薬を捨てるのは規定上……
上官:下水溝に流してしまえばいい。
キム:そんなことをしたら毒薬が漢江(ハンガン)に流れます。
上官:ザッツ・ライツ(そのとおり)。だから漢江に捨てるのだ。
キム:しかし、これはただの毒薬ではなく……
上官:漢江という河は、とてつもなく大きい。心を広く持とう。
   とにかく、これは命令だ。早く捨ててしまいなさい
(キムは無言で防毒マスクをつけ、ビンから液体を次々とシンクに流す
 
――こうした二人の会話が、のちに起こる事の重大さを予感させます。
そして、軍隊内の有無を言わせない命令の冷酷さと、米国人が韓国人を見下している差別感情がそこに見てとれます。

(↑)韓国人の助手は毒物投棄をためらうが、上官に“漢江は広いから毒は薄まる”と押し切られてしまう。

実話に基づく物語「グエムル」

この<米軍による毒物投棄事件>は実際にあったことですから、ここから先の<漢江>で起きる異常な現象はフィクションだとしても、リアルなタッチで描かれていきます。
 
それにしても、これは過去の韓国に起こった事件と片づけるわけにはいかず、沖縄に集中する在日米軍基地とそこで働く沖縄人軍属との間で、今も似たようなやり取りがあるはずで、その証拠に最近でも発がん性の洗浄剤を沖縄県への通告もなしに米軍が勝手に基地近くの小川に垂れ流すという事件があったばかりです。
(しかし、韓国には在韓米軍から国民の生命と人権を守る最低限の<韓米協定>があっても、日本には米軍人の犯罪すら取り締まれない差別的な<日米地位協定>は改定されないままです)
 
●2002年6月 漢江 チャムシル大橋付近
雨が降りそそぐ漢江で、カッパ姿の二人の男が釣り糸を垂れていると、複数の尾をもつ奇形の魚を目撃します。
一人がそれをすくおうとしますが、指を噛まれ、逃してしまいます。
すぐにカメラが引き、画面いっぱいに漢江が映し出され、その広さに圧倒されるとともに、<漢江>がこのパニック・サスペンス劇の主役であることに気づかされます。

(↑)この漢江の広さ!

●2006年10月 漢江大橋で会社社長が投身自殺

激しい雨の中、男たちが叫びながら大橋を走るその靴のアップに続いて、橋の欄干から身を乗り出し、漢江に飛び込もうとする背広の中年男が映し出されます。
どうやら男は事業に行き詰り投身自殺をはかろうとする様子で、引き留めようと駆け付けた社員の制止を振り切り、最期にこんな言葉を残します。
 
「水の中に大きくて黒いものがいた。(制止する社員に)見なかったか?……じゃあな」

(↑)男が投身自殺をはかる場面。荒々しい<漢江>の姿が見事に映像化されている。
(↑)豪雨で河面が波立つ漢江に男が身を投げた瞬間。

<漢江>の河面に会社社長が目撃したもの、それは言うまでもなく、米軍が投棄した毒物のせいで、「ゴジラ」のように人間の悪行によって巨大に変態成長した水陸両棲生物<グエムル>でした。
 
●×年×月 体の一部がない水死体発見というTVニュースが流れる

(↑)一家が営む売店の小型ブラウン管テレビに惨劇遺体が映し出される。

おそらく、その水死体は、投身自殺をはかった会社社長のものでしょう。
のちに、<グエムル>と格闘することになる漢江の売店を営む一家は、その時点では、悲惨なTVニュースをのんきに見ており、まさか自分たちが<グエムル>に襲われるなど、思ってもみなかったのです。

(つづく)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?