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【短編 G Story】 Kiss in the TAXI

 タカハシヨウイチはフォーユータクシーに勤務してまだ二ヵ月半と日が浅い。


「どうです。タクシーの運転手という仕事は?もう慣れましたか?」


 ベテランドライバーのコミヤマケンゾウが語りかける。”ミーラー”の調子が悪いらしくて、乱暴にガタガタと揺らす。


「あ、それ。さっきボクが注入したばっかりですから、コミヤマさん。ちょっと時間を置かないと。充填がまだなんでしょう」


「そうですか。オンボロですな。新しいマシンを入れて欲しいって、あれほど言ってるのにねえ。いつまで経っても経費節減ですか、やれやれ」


 呆れた顔で席に戻る。仕方なしに、テーブルのポットから伸びるホースの先を右腕の手首に刺す。


「もともと今までの仕事でも車を使ってましたから、運転とかは全然大丈夫なんです」


「ほう。それは良かった」


「道路もね。裏道なんかもけっこう知ってるほうでしたから。難なく」


「それなら安心だ。頼もしいですな」


 コミヤマは“フウッ”と、いっとき癒されたような溜め息を吐き、


「暑いときには熱いものを入れるのが身体にイイんです。若いひとはすぐ冷たいのを入れたがるから……」


 一旦手首に刺していたノズルを抜く。大きく伸びをして、再びくたびれた顔をミーラーに向ける。腹が減っているようだ。


「でも、運転手の仕事をしていると、いろんな光景を見る羽目になるんですね。驚きましたよ」


 タカハシがにやにやしながら言う。


「お客のですね。特に深夜の時間帯ですな。……これ、もうイイですかな?」


 また立ち上がったコミヤマは、ミーラーのホースを引き出すと先端のノズルを左腕の静脈に突き刺す。天ぷら蕎麦のアイコンに触れる。


「乗り込むや、早速後部座席でコトを始める客っていますよね」


「おりますね。私も新前の頃にはルームミラー越しにイチイチ驚いたもんです。はっはっは」


「初めて見たのは、たしか若い少年とリーマン風の奴でした。夢中になってキスしてたから、行き先も訊けなかった」


 タカハシ的には、まんざら嫌いなシーンではないようだ。


「私がついさっき乗せた客は初老の紳士同士でしたがね。ネトネトになってキッスを交わしておいででしたよ、降りるまでズッと。ふっふっふ」


 コミヤマは満腹した様子でノズルを抜き取る。


「不自然に筋骨隆々で、いかにも俺はジムにいってるぜ、っていう男と、もうこれ以上膨張しようがないゴム風船みたいなデブ野郎がディープにキスってたのには度肝を抜かれましたよ」


「そうですか。デブ野郎は好みではありませんかな? ははははは」


 帰り支度を始めながら、コミヤマは豊満に突き出た腹をタカハシに見せ付けておどける。

 タカハシは、


「やっぱり男はスリムでないと」


 正直に応じて微笑む。もとより年上は受け付けない。


「こないだは、スリム同士、と言うか、あれはもうガリガリ同士だったなあ、仲の良さそうな会話からすると結婚したばかりという男ふたりが乗り込みましてね。微笑ましい光景でしたよ。あれはあれで」


 コミヤマは制帽をロッカーに放り込み、


「そうそう。昔から女同士というのは人前でも構わず平気な顔をしてキスをして見せる種族だが、いつだか私には耐えられん客が乗りましたな」


 不愉快そうに振り返る。


「へえ、どんな?」


「あのほれ、変な機械。あ~、ルー、ルーターとかいう……」


「ローターです」


「そうか、それ。ああいうものを鼻の穴に突っ込みながらキスをしているんですよ。信じられますかな。耳に入れるのならまだしもねえ」


「今は普通ですけどね……」


 するとそこで、コミヤマは不意に何かを思い出して声を潜める。


「私の経験では一度だけですがね。男と女がキスしていたのには驚きましたよ。誰にも言わんほうがイイですぞ。それが何と、口と口とでやっていたんだ……」

(了)

(2005 7/24)