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Jの獄中大麻手記(1. 大麻の史実)

 私は日本で大麻取締法違反で有罪になり、刑務所で服役している受刑者です。より詳しいパーソナリティは、あなたなりに自由に汲み取ってもらえればと思いますが、今はとにかく、この文章はそんな「大麻の専門家」が刑務所の居室で書いているんだ、という所からスタートしてもらえれば、非日常的なエンターテインメントとしてカジュアルに楽しめるんじゃあないかなと思います。

 とはいえ、私は大麻を理解するためには幅広い分野のリテラシーが必要だと思っているし、これは裏を返せば、大麻を研究することで幅広い知識が身に付くということであるのに加えて、これから大麻について学ぼうとする人にとっては、大麻を学ぶことで多くのカタルシスを得ることができるということです。かつての私の様に。いや、今でもそうか。

 さて、人間は600万年くらい前に東アフリカで誕生し、少なくとも200万年前にはほぼ全世界に分布していました。大麻が何時誕生したのか、私は知らないが、植物の歴史は動物よりも長く、植物の進化は動物より遅いので、600万年前には既に世界に広く分布していたといえます。それから長い間、人間と他の生き物は、言うなれば分け隔てなく付き合っていましたが、1万2000年ほど前に、特定の動植物種に強く依存する様にライフスタイルが変化しました。

 生物の種類は、我々が肉眼で認識できるスケールや生態に限定しても百万種は下りません。それでも、その中で栽培化・家畜化されている種は、現代でも数百種以下です。それは何故か?人間は長い歴史の中であらゆる生物を栽培・家畜化し、最も素晴らしい数百種にしぼりこまれた結果が現在なのでしょうか?それとも資本主義的な経済価値が高いものが選別されて今に至ったのでしょうか?そうではありません。もっとシンプルな話で、栽培・家畜化にとって都合の良いスペック、生態を持つ生物は非常に珍しくて、それくらいしか居ないということなのです。この辺の詳しい話はジャレド・ダイアモンドやユヴァル・ノア・ハラリにゆずるとして、とにかく人間が他の生物に依存するのはとてもハードルが高いことなのです。

 今でこそ数百種を支配下に置いた人間ですが、歴史的には一種また一種と有用な種を発見し、その種類を増やして行っています。そうした栽培・家畜化の歴史の中で最初期のものは、12000年前の小麦や米などであることが、考古学的発見から広く知られています。それから3000年くらい後に、新たな栽培・家畜化ブームがきて数種類が加わりますが、その中に大麻は入っています。これは確か犬とほぼ同時期で、大麻と人間の付き合いは綿よりも、イモよりも、牛よりも長いということです。それからも人間は順調に勢力を拡大し続けて大麻と付き合いながら何千年も経ち、約5000年前からは、今の私達にまで残る文字で情報を残し始めます。

 ところで、大麻は何故法を整備して管理されているのでしょうか?他の物で考えれば分かります。ヘロインは用量を誤ると呼吸や心臓が止まって死んでしまうから、素人が使わないように法で管理されています。自動車は人を殺すから、基本的に禁止で、許可された人のみに運転が許されています。高電圧の電気も、知識がないと感電する危険があるから基本的に禁止です。逆に砂糖やシャーペンに関する法律がないのは、そういう身体的、社会的危険がない(と思われている)からです。要するに、大麻のことはよく知らなくても、もちろん毒性が高かったり社会的リスクがあるからこそ違法であるのだし、逆に言えば、「良く知らないけど違法なんだからそういうことだろう」とあなたは考えていると思います。ここからの話では、そういった法に対する固定概念に一石投じることができれば、私としてはしてやったりといった思いです。

 さて、日本語という文化圏は識字率が高いです。私が居る刑務所というコミュニティは、恐らく社会的なレイヤーに於いて最底辺に位置すると思うが、それでも読み書きができない人は居ないほどです。そんな環境で生活する私達には、「読み書きができるってのは珍しいことなんやで」と言われても、あまりピンとこないところがありますが、一緒に想像してもらえればと思います。

 文字の使用がまだ一部のエリートに限られていた時代、その人達はどんな情報を言語化して記録したのでしょうか。やはりその多くが権力サイドである彼等は、国家の歴史や法典まで、マクロ的に重大なものや、医術などのテクニック、哲学や宗教に関わるものなど、その情報を利用し役立てる目的で文字を駆使したのではと想像できます。したがって「大麻には毒がある」や「大麻によってあるコミュニティが滅びた」といった情報は、重要で役立つものなので、残っていて然るべきです。ところが、私が知る限り大麻についてあらゆるネガティブな情報を含む古文書は一つとして知りません。強いて言えば、イスラームの4代カリフであるアリーが暗殺された後、アリーの長男であるハサンが「俺は仲間割れしてまでカリフやりたくないから、ムアーウィアがやってくれ」と引きこもりになった時に、ハシシを吸いまくってたという記録が、見方によってはネガティブに解釈する人も居るかなというくらいです(7世紀の記録)。

 こんなに厳しく、皆で金まで出し合って(税金で)取り締っている危険な薬物なのに、その危険性を担保する記録が一つもないなんておかしいのではないでしょうか。その他様々な動植物の毒性については、沢山記録があるのに(例えばトリカブトやヘビ毒など)。それに引きかえ逆の重要情報は沢山残っています。つまり大麻がいかに有用かということや、いかに安全かという情報です。例えば古代エジプトの「パピルス・エーベルス」といいう医学書では薬として、インドのアーユルヴェーダでもほとんど万能薬のような扱いで、77年の中国では「神農本草経」の中では長期的な使用でも副作用がなく有用性の高い「上薬」というカテゴリーに入っているし、確か古代ローマの「マテリアメディカ」でも薬草として記載されています。日本でも、少なくとも鑑真が大麻の知識を持ってきたことが分かっているし、繊維植物としては言うまでもなく、日本に限らず世界の多くの地域で、5000年以上に渡って最も重要な作物でした。それに種子は食用でもあります。

 更に紙を発明してからは、製紙の材料としても需要が生まれて、例えばアメリカ建国当初の入植民には、大麻の栽培が法律で義務づけられていました。日本でも多くの年貢は大麻で納められていたし、全国にある「麻」の字を冠する地域は、戦前くらいまで大麻畑だった地域です(私は山口県の「麻生下」という所にある刑務所に居るのですが、大麻専門家の私が、大麻取締法違反で、大麻畑の跡地に投獄されているというのは出来すぎているよな)。また、神道の儀式の多くでは大麻が不可欠でもあります。こういったことがご丁寧に文字の記録で残っているのです。先史時代の考古学的な物的証拠だけではエビデンスとして弱いと思って文字史料を重視しましたが、考古学の領域でも、私の知る限り大麻に関するネガティブな情報は皆無です。

 大体ここまでくると、あなたは大麻に関して既に持っている知識やステレオタイプに違和感を覚えているはずです。そして、例えば「現代の科学で危険性が明らかになったに違いない」とか、何となく薬物犯罪者像をイメージして「身体的にも社会的にも有害じゃあないか」などと、これまで信じてきた価値観を改めて正当化する反動によって落ち着こうとしていることだと思います。実はこうした「落ち着こうとする性質」あるいは「落ち着いている方が良いとする根本的な無意識的価値観」は、大麻の薬理的な面と関係があります。

ここからは、「え、じゃあ大麻は何故どんな経緯で違法になったの?」という歴史的な疑問に答えるのはおあずけにして、大麻を薬物として見た時に、それが私達の身体でどのように作用するのか?という話に移りたいと思います。

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追記
獄中コンテンツである特性上、自己紹介から流れで大麻論に進みましたが、これは私の罪とされる行動に対する言い訳的なニュアンスは含んでいません。法や政治哲学については、またの機会に詳しく話そうと思っているので、かなり雑に価値観のアウトラインを言っておくと、私は大麻取締法は違憲だと考えていますが、「違法行為」の善し悪しというテーマについても関心があります。また、自分が捕まったことや服役していることを「損得」の目線で見たときも、得をしていると感じています。特に日本語の世界ではマイノリティな価値観だと思うので理解し難いと思いますが、今のところはそういうもんだと思ってもらえれば良いと思います。

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