現役大学生の小学生時代

どうも。切島です。

早速なのですが自己満もかねて記事を書いてみようと思います。


私は当時地元のスポーツクラブに通っていました。同級生は3人いて全員私よりも運動神経がよく、先輩からも気に入られていました。その中の1人と私はとても仲が良かったです。

今思い出してもすごく怖いのですが、練習の最後チームを半分に分けてリレーを行っていました。そこでは部長副部長が別のチームとなり、ドラフト制度で一人一人選んでいくというものでした。上級生が最初に選ばれて行き、やがて先輩が好きな子や運動神経がいい子が選ばれていくという感じでした。
私はほとんど最後のあまりものでした。直接的ないじめはないものの、先輩とうまくコミュニケーションが取れなかったり、名前も覚えてもらえていませんでした。

いつになっても運動音痴だしほかの同級生はスタメンになったり、良いプレーをしているのに私はどちらもできず永遠に後輩と一緒にベンチから見守っていました。後輩がスタメンとなり、同級生とプレーをたたえあっている光景が本当につらかったです。

自分は無能なんだという認識がついたのはそのころからでした。仲のいい1人の子も運動神経がほかの二人ほど優れているわけではありませんでしたが柔和な性格から先輩にかわいがられていました。一方で私は1人でいることが増えました。


運動神経が悪い子が嫌いで、平気で悪口をいう後輩がいました。(小学生だからしょうがないんだけどね)
その子はやはり私に目をつけていて、2人1組で私と組むことになると、コーチに代えさせてくれ、嫌なんだけど!!!と大声で言った後、練習中も何度も最悪…と私にしか聞こえない声で言ってきました。
いまでもそのことを思い出すと涙が出そうになり、その後輩は高校も一緒だったのですが、好きになれませんでした。

私は結局二年ほど続け、やめました。仲の良い1人の子にはいってなかったのですごく心が痛みました。後日親から伝わったようで、その子からやめないでと言われましたが、戻ることはできませんでした。

いつも暑い中応援に来てくれる母。母は同級生のママ友と一緒に見に来ていました。ほかの同級生は活躍しているのに私はずっとベンチ。呼ばれることがあってもミスをして終わる。すごくすごくみじめでした。家に帰ってよく頑張ってたといわれても、嫌だった。やめたいと親に頼みましたが、最初は反対されました。親としては運動嫌いな私に強制的に運動させる場を設けようと考えたのでしょう。親は活躍できないことが不満で私が辞めたいと考えていると感じたのかもしれません。(私は人間関係で悩んでいたことを親に一切言っていませんでしたからね)
根気よく頼んでやめる決断をしました。

クラブの子はその後少し疎遠になりましたが仲が悪くなることはありませんでした。
その後、学校の文化系の部活に入り、とても楽しかったです。気の合う子が多く、落ち着いている子が多かったです。ほかにもやめたことで休日に時間ができて普段遊ばない子と1日中遊んだり、とても仲のいい2人の友達と出会い、キャンプやお泊り会などを経験しました。

すっとクラブに入っていたら経験できなかったことだと思います。

なんやかんや長い文章を書きましたが、1つのことを続けるのも素晴らしいことですが、つらいときやめるのもまた賢い選択だと思います。やめたことで太ったり、運動音痴がめちゃくちゃ露呈しましたが…(笑)
それでも何も考えずに面白いことを友達と考えついて爆笑したことが良い思い出で私の記憶はほぼ6年生ばっかりです。
(3DSのカメラで動画をとり、逆再生にして笑ったり、顔シューティングで新聞の容疑者を撮影したり…(笑))

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