”アフリカンサムライ”弥助伝説の誕生と拡散② ー ソースはウィキペディア(のソースもウィキペディア)
弥助は侍であるか否か等の議論を見ていると、根拠として複数の情報源が提示されるにもかかわらずそれぞれが極めて似通った内容であることに気が付きます。このような傾向はいわゆるフェイクニュースの拡散などの、一つの情報源が複数の箇所で引用元を明示しないまま流用され、互いに互いを独立した情報源として扱って”信頼性”を向上させる循環報告が起きている際に見られる傾向です。ということで実際にどのように情報が拡散されるのかを少し追いかけてみました。
なお、これをまとめていたら英語版Wikipediaに変な編集をする人がいたので気になって少し追いかけてみたのが下記の前回の話で、こちらが本題のつもりでした。
(念のため、今回の件は例の方の行動ではなく、その他大勢の話です。また前回の件、思ったよりも拡散してしまって驚いているのですが、個人攻撃の材料には利用しないでいただけると幸いです。批評・批判はあくまでアウトプットに対してであって、人に対してではないと思っています。)
孫引き引用の罠
家忠日記によると・・・
弥助の身長は一次的な資料としては「家忠日記」のみにしか記録が無く、6尺2分とされています。一方で下記まとめ作成されている方の指摘のように、海外の記事では6尺2寸とされていることが多いです。
そこで「レポートのコピペは数字からバレる」の格言?に従い、まずは”6 shaku 2 sun”で少し検索してみます。すると尺や寸といった英語圏で使われない単位であることもあり、検索上位には弥助関連が多く出てきます。SNSを除いて最上位にはBBCのサイトが出てくるので、中を見てみると家忠が(日記に)書いた内容として以下のような引用文が見つかります。
・BBC
”skin was like charcoal”とは「家忠日記」の「身ハすミノコトク」でしょうか。でも普通こういうときに使う「すみ」は「墨」であって、"charcoal"は「炭」ですよね。少々違和感があるのでもう少し検索結果を見てみると、
・Encyclopedia Britannica
・University of King's College(カナダの大学)
・yasuke-san.com (弥助情報をまとめているサイト)
数字やcharcoalどころか、殆ど同じフレーズが出てきます(yasuke-san.comのみ先頭に”彼の名前は弥助”が入っている)。それぞれ「家忠日記」からの引用文ということになっているので、引用文が原文(を英訳したもの)通りであれば一致するのは当然と言えば当然です。しかし、この”引用文”は原文「くろ男御つれ候身ハすミノコトクタケハ六尺二分名ハ弥助ト云」と比べると、以下のような違いがあります。
身長が6尺2分ではなく6尺2寸
原文では順番が”くろ男”⇒肌の色⇒身長⇒名前、の順なのに、この引用文は(名前⇒)身長⇒”black”⇒肌の色、の順
「すみ」が「墨」ではなく「炭」を訳した"charcoal"
冠詞無しの"black"が「くろ男」を指すのか原文にない表現なのか不明
上記引用文の外ですが、BBCとUniversity of King's Collegeは共通してこの引用文を1579年の記事としている(正しくは1582年)
さすがに独立して英訳した結果がこれほど一致して原文とずれることはありえないと考えてよいと思われます。つまりこれらの記事は「家忠日記」を参照している体を取っていますが、実際には「家忠日記」は確認せずに、「「家忠日記」によると、」と書いている何か別の記事の内容を引用元を明らかにしないままコピーして作成したものであろうことが想像できます。(一つだけはオリジナルの可能性が無くはないですが。)
つまり、報道機関であるBBCや”Fact-checked”とまで書いているBritannicaまで、出典を確認せずにどこかから適当に拾ってきた内容を丸写しで記事を作っているということになります。残念なことに。
ソースはウィキペディア
この手のコピペ記事はウィキペディアから拾ってくるというのが定番ですので、現時点(2024/7/17)の英語版WikipediaのYasuke記事の該当の記述を確認してみます。
至極まっとうに元の「家忠日記」の記述を英訳した内容になっています。「くろ男」が"a black man"、「すミノコトク」は"black like ink"と訳されており、身長も各要素の順番も一致しています。本当に「家忠日記」を参照していればこうなるはず。
勘違いかな、と思って少し古いWikipediaを見てみると、
出てきました。ダブルクォートの中身は先頭の"His height was"が無い点を除き、身長以降の記述が上記のBBCやBritanica等の記事と一致します。括弧内に”roughly”を追加したり、188cmを1.88mにしたり姑息な変更が入っていますが、おそらくネタ元は同じでしょう。なお、[31]となっている出典はご存じトーマスロックリー「信長と弥助 本能寺を生き延びた黒人侍」です。
このWikipedia ”Yasuke”記事内の身長に関する記述を追いかけてみると、おおよそ以下のような経緯になっています。
2006年7月に、特に引用もなく「彼の身長は6尺2寸と言われている」として初登場。
2013年に家忠が弥助に会った後に日記に記載したとして、上記yasuke-san.comで引用されている”His name was Yasuke."から始まるバージョンが引用符付きで登場。
2015年にとあるユーザーによる変更で引用始まりのダブルクォートが消えてしまってわかりづらくなりますが、引用と思われる範囲から弥助の名前が消失。
2017年に引用符が復活し、引用符の中に弥助の名前が無く、身長から始まる上記の引用文が完成。
引用文のフレーズは2013年から存在する記述ですので、2019年に書かれたBBCやUniversity of King's Collegeの記事、2022年に書かれたBritanicaの記事はこれを直接あるいは間接的にコピーしたか、あるいは共通のネタ元をコピーしたと考えてよさそうです。引用文の先頭に弥助の名前がありませんので、おそらくは2015年あるいは2017年以降のバージョン。yasuke-san.comは2015年以前の少々古いバージョンをコピーしたものでしょうか。
つまり、少々繰り返しになりますが、報道機関であるBBCや”Fact-checked”とまで書いているBritannicaまで、引用元を確認せずに内容をコピーして自分たちの記事に流用している可能性が高いと考えられます。
ソースはウィキペディア(日本語版)
次に、おそらく英語版Wikipediaの元ネタになっている可能性の高い日本語版のWikipedia記事を確認してみます。こちらも現時点(2024/7/17)では「家忠日記」の記載そのものとその現代語訳が書かれています。以前はどうであったのか、英語版Wikipediaに例のフレーズが現れた2013年12月頃のバージョンを辿ってみると、
身長は六尺二分の方ですが、名前⇒身長⇒”black”(黒人)⇒肌の色といった順番や、黒さの比喩に「墨」ではなく「炭」を使うという上記フレーズと一致する特徴を持った引用文が出てきました。おそらく「家忠日記」の内容を現代的な表現に直す際にある程度意訳したものだと思われます。
この”引用文”の履歴を辿ってみると以下のような経緯になっています。
2009年9月:身の丈六尺二寸で初登場
2013年6月:身の丈六尺二分に変更
2014年8月:「炭」がひらがなの「すみ」に変更
2015年7月:本来の「家忠日記」の記載内容に置き換えられる形で消失
2013年6月までは身長も含めて英語のフレーズと一致します。この時期の内容が日本語Wikipedia⇒どこかのサイトで英訳⇒2013年12月に英語Wikipediaという順にコピーされたのか、あるいは2013年12月に日本語Wikipedia⇒英語Wikipediaに表現のみコピーされ身長の寸/分の違いは英語Wikipediaにもともとあった記載を尊重して変更されなかったのか、引用元の記録が無いためどちらであるかはわかりません。しかし、説明の順番や「墨/ink」ではなく「炭/charcoal」を使う特徴から考えて、日本語Wikipediaが英語版Wikipediaで使われていたフレーズの元ネタと考えてよいでしょう。
つまり、間に他のサイトを挟んでいるかもしれませんが、
日本語Wikipedia ⇒ 英語Wikipedia ⇒ BBC, Britannica等
という、引用元を明示しないWikipedia記事の流用ルートが見えてきました。当時日本語Wikipediaの記事を書いた方も、まさか自分が意訳した内容が「家忠日記」からの引用文として10年以上後にBBCやブリタニカ、カナダの大学の記事に採用されるとは思いもしなかったのではないでしょうか。
信頼できる情報源(ただしソースはウィキペディア?)
上記の引用元を明示しないコピーの連鎖の結果として、BBCやBritanica等の記事は過去の日本語Wikipediaにあった内容をそのまま変更せずに英訳した表現を含んでしまっています。"he was black, and his skin was like charcoal."のフレーズで検索するとこのBBC等を引用元とする記事も含めて弥助関連の記事がいくつかヒットし、かつて日本語Wikipediaに存在したフレーズが広く拡散していることが確認できます。恐ろしいことに、中にはファクトチェックと称しているサイトまであります。
上記フレーズそのものに関しては、最初の日本語Wikipediaで鍵括弧で括られていたため家忠日記の引用と勘違いされたのか、表現に全く手を加えられずにコピーされているためこうして追跡することができます。一方でBBCやBritanica等の引用元を明記せずにWikipediaかどこかからコピーして記事を作成した人々が、他の部分については同じことをしていないとは考えられません。「家忠日記によると」信長が弥助に正式にサムライの地位を与えていたり、家忠やロレンソメシヤが安土での弥助の様子を記録に残したことになっている記事が散見されるのは、鍵括弧や引用符で括られずに「○○によると~」と書かれていた記事が表現を少し変えて別の記事に取り込まれているためである可能性が高いと思われます。
本来ならばこのような引用元を明示しないコピーを行った時点でそのサイトは何かの出典として利用するには不適切なのですが、例えばBritannicaは現在(2024/7/17)でも英語Wikipediaの”Yasuke”項で出典として利用されています。
以前「家忠日記によると」として「家忠日記」に書かれていない大量のエピソードがWikipediaに追加されたことがありましたが、表現は変わっても類似したエピソードを現在でも見かけることがあるのはまさにCircular reporting(循環報道)の項で書かれている以下の現象の通り。
循環からの脱却
英語版Wikipediaでは、ロックリー氏の書籍やインタビュー記事の信頼性がロックリー氏の別のインタビュー記事を直接・間接的に引用した記事で担保されようとしているとして、信頼性を疑問視するような議論も一部でありました。この結果として、Yasuke記事の一部内容の出典がロックリー氏の書籍から別著者の書籍に変更されましたので、循環報告のリスクが低下していることが期待できます。
以下、当該変更で引用されている別著者の書籍からの引用文です。
Lopez-Vera, Jonathan
「"He was granted the rank of samurai and occasionally even shared a table with Nobunaga himself, a privilege few of his trusted vassals were afforded.”(彼は侍の地位を与えられ、時折信長本人と食卓を共にすることすらあった、これは信頼のおける家臣でもめったに与えられない特権である。)」
刀を握れば誰でもサムライ、のような軽い意味ではなく、rank of samuraiというものが与えられたことになっていますが、具体的に何を指すのか不明です。あと信長との食事エピソードはそれが特権だとか名誉だとかの説明付きで時折見かけるのですが、こちらも元ネタがどこから来たのか不明です。
(日本人より日本史にお詳しいようなことをx(twitter)に書いておられたので素晴らしい情報源をお持ちなのだと思われます。)
Atkins, E. Taylor
「”defending Azuchi castle from the traitorous Akechi forces in 1582, where Nobunaga committed ritual suicide (seppuki)."(1582年に反逆者明智軍から信長が切腹した安土城を守った)」
………ダメそうですね。
Britanicaの弥助記事に関して
大体書き終えてリンクを再確認していたらBritanicaの記事が2024/7/16付で別物になって例のフレーズも消えてしまっていました。上記の記事内のBritanicaとは当該更新前のバージョンを指すものとしてお考え下さい。
なお更新版の記事について、仏陀が黒い肌で云々とか弥助に従者が与えられたとかの見覚えがある謎エピソード満載と思ったら著者ロックリー氏でした。「”The researcher Thomas Lockley (the author of this article) speculates that ”(研究者トーマスロックリー(この記事の著者)の推測では)」とか百科事典として有りなのか………
その他細かいこと
身長6尺2寸説の元ネタ?
弥助の身長に関しては、1967年の岩沢愿彦「家忠日記の原本について」が六尺二分ではなく六尺二寸としており、この値自体は古くからある説のようです。この論文にある原文の写真を見る限り寸ではなく分の崩し字のように見えるのですが、正直なところ不勉強でよくわかりません。
墨のごとく
昔読んだタニス・リーの短編、「墨のごとく黒く」も原題は「Black as Ink」だったので黒さの比喩に炭ではなく墨を使うのは日本語に限らない感覚だと思って今回調べていたのですが、検索してみると英語だとblack as charcoalも黒さの比喩に結構使うのですね。意外でした。
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