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自分の価値観 >他人の価値観

 私は長く教師を務めてきたが、教師という仕事がとても嫌だと感じることがしばしばあり、何がそんなに嫌なんだろうと、よくよく考えてみた。

 私は「子どもが好き」である。それは間違いない。彼らの笑顔を見ると癒される。すなわち、私は基本的に生徒が好きなのだ。いわゆる「嫌だな」「苦手だな」と思う生徒も、本当に嫌いなわけではなく、自分に対する彼らの態度や言動に、しばしば傷つくから「嫌だな」と感じるのであって、嫌いではない。彼らの個性も受け入れられるし、彼らのために「何かしてあげたい」という気持ちはいつも持っている。

 授業をすることも基本的には好きだ。自分がやったことで、生徒がわかったと笑顔になる瞬間、イキイキと自信を吹き返す瞬間、真剣に打ち込む表情を見るのも大好きだ。

 嫌なのは、知らず知らずのうちに、「自分自身の価値観」を否定し、「他人の価値観」で生徒を見て評価してしまっている時だ。教師という世界で生き延びるために、自分の感じ方をいつの間にか否定し、他人の評価基準で生徒を判断してきたことがいかに多かったか。それを最近になってやっと気づいた。先輩教師や主任という立場の教師の考えが、自分の感じ方とは違っていても「なるほど」と同調し、いつの間にか自分の価値観が他人の価値観に上書きされていることがよくある。もちろん、集団での統一された指導は必要だ。しかし、どこか頭の片隅に自分の価値観を残しておかないと、いつの間にか、他人の価値観に支配され、生徒を「他人の目」を通して見てしまう危険がある。

   気を付けるべき時は、「あの生徒はこんなに悪い」と、生徒に対してネガティブな評価がなされている時だ。その言葉を口にする教師がどんなによい人間であろうとも、その評価が本当に自分の評価でない限り、その言葉に安易に同調すべきではない。

 そのことを意識するきっかけになった出来事は2つある。1つは、ある生徒の作文がきっかけだ。その生徒は、卒業を前に、将来の夢を見つけることが出来ない自分を責めていた。しかし、ある人物から「ほとんどの高校生は、『資本主義に都合のよい人間』になることを『夢』だと錯覚しているに過ぎない」という言葉をもらい、今夢がなくても、きっとなんとかなると楽観視することができた。この「資本主義に都合のいい人間」というフレーズが私の心に突き刺さった。確かに私たち教員は、無意識のうちに「企業にとって都合のよい人間」になるための「型」に生徒を入れようと指導している。「企業にとって都合のよい人間かどうか」を評価基準に、生徒の人間性までも評価している。 

 企業の望み通りに動ける人間であることや、学校の要求する課題を上手に正確に速くこなせる能力は、生徒の生きていく上で確かに役に立つかも知れない。しかし、変化の激しい時代に生きていく彼らの長い人生においては、その基準だけが必ずしも人生の幸せにつながるとは限らないことを最近しみじみ感じる。

 自分自身の価値観・軸をしっかり持って生きていくことは、変化の激しい時代を生きていく教師にとっても、生徒にとっても、大切なことではないか。この年齢になってようやく・・いやこの年齢になったからこそ、単に目の前の就職や受験の結果だけでなく、生徒の人生を意識して、長い目で色々と考えられるようになったのかも知れない。

 もう1つ「自分の価値観」を意識するきっかけとなったことがある。それは自分の人生の不幸感から来ている。自分はこんなに一生懸命、嫌なことも我慢して生きてきたのに、なぜこんなにも不幸で、周りから大切にされず、孤独なのか。実は私は、そんな疑問をしばらく抱いて生きていた。頑張っても頑張っても不幸だ・・。そんな風に感じていた時、ふと耳に飛び込んできたのが「自分の価値観に生きる」という言葉だった。

 自分の人生を振り返った時、自分の感じ方で、自分をありのままに受け入れていた時は、孤独ではなかった。しかしいつからか、自分の感じ方ではなく、他人の価値観に立って自分を縛って生きていた。私は自分の心に嘘をつき、とても不幸だった。どんなに頑張ったとしても、間違った頑張り方だったから、どんどん不幸になっていったのは、当たり前のことだった。気づくのが遅くなってしまったが、命があるうちに気づいてよかった。

 そんなわけで、最近、意識していることは、「自分の価値観・感じ方を大切にすること」だ。何かを判断する時、「それは自分の価値観なのか、他人の価値観なのか」をよく考えること。権威やポピュラリティによって私たちは、自分の感性や価値観を知らず知らずのうちに捨てている。しかし【他人の眼鏡で生徒を見ない】。そのことを意識しただけですぐに、生徒との関係性が、以前よりもよくなったから不思議である。教師自身が「本音」で生徒と向き合っているのか、言われたからやっているのかは、生徒自身が一番、敏感に感じ取るものなのかも知れない。

 


 

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