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風通し|20+

 炎の中で私たちは呼吸をしている。それは真っ赤に燃え盛った空気を吸っているわけで、そこにいるとしぜんと、肺が焼けつくような感じがする。それに合わせて、体温も上がっていく。炎を見ている人たちも同様だ。心拍数がどこか、ふだんより高まっている気がする。心臓に炎症が起きる。炎症を休めるために、ある人はタバコを喫う。ある人は飲酒をする。手、手仕事をしているひまもない。道端にのこされたストロング飲料の空き缶をみるだにそれは確かなことだろう。
「ねえちょっとさ、燃えちゃってさー!」そんな声がしている、男が電話で話しているようだ。ああ、耳に何かをつけて話しているから、相手の声はしない。ひょっとしたら、虚空の友人に向けて一人で話しているのかもと思える。
 しかし燃えたというものの、どうもボヤだけだったみたいで、火の香りはするけれど大したことはない。いや、薫りというのだろうか。とくに外傷をうけて人もおらず、ただ人が久しぶりに道端にでてきて、外気を取り入れた。やってきた救急隊の方々が淡々と帰るそれくらいのことだったみたいだ。私はそのとき手にしていたコンビニエンスストアのコーヒーの容れ物を気づけば握りしめすぎて氷がとけた水が手元にこぼれていた、それくらいだった。部屋へ、帰ろうと思う。

 さかんだった炎は、一体どこへ消えたのだろうか。空気の中へ閉ざされていったんだろうか。部屋のことを考えるとそれは何よりなのだけれど、もっと燃えて、香りを閉ざされたこの部屋に入れてくれてもよかった。しかし、そんなことを考える人は、もう、考えただけでいけないのだろう。

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