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【笑怪談】無事で良かったね

Tさん40代男性から聞いたお話。

Tさんがまだ20代前半の遊び盛りの頃ですから、もう20年ほど前になる。

Tさんは夏、友人ら数人と海へ遊びに行ったそうだ。
バーベキューセットや大量の酒、浮き輪などを持参し海水浴を楽しんだ。

そこは岩場の海岸で、海に入ると浅くても2~3mという深さがあり、水泳の心得が無い人には少々キツイ海岸だったそうだ。

その為、泳げない友人らは浅瀬でチョポチャポ遊んだら後は日光浴やら焼き肉、飲酒を楽しんでいた。

泳いでいたのはTさんと他2名ほどだったが、そこの海は名所、というほどでもないがそういった遊泳者が事故で亡くなっていると有名の海であったため、友人らはその深さも相まって海に入るのを避けていたようだった。

しかしTさんは「M中の半魚人」と呼ばれていた、だったか自称していただったかは定かではないが、泳ぎに多少の自信があると同時に、そういった類の話は信じていなかった為、一人でも気にせず泳ぎまくっていたそうだ。


数時間が過ぎ、友人らは全員陸に上がりTさんを呆れた様子で眺めていた。
Tさんもそろそろ上がろうかと、30mほど先の岸に向かって泳ぎ始めたその時、

一瞬、グイッ!とTさんの足が何かに引っ張られた。

「ん?魚?海草?」と思ったが同時に、その触感から絶対違う、あれは人の手だ、と確信めいたモノを感じたそうだ。
何より、しっかりと人間の手に捕まれた感触が足首に残っていたからだ。

あれ、俺の他に誰か泳いでたっけ?いたずら?
Tさんは立ち泳ぎに切り替え、顔を海面に潜らせ自分の足下を見てみた。

そこは深さが5~6mはありそうな深さで、海底には海草の類が生い茂っており薄暗くはっきりとは見えなかった。

が、白い腕、肘から先だけの腕が10本近くTさんに向かって海底から近づいてきているのが見えた。

Tさんは恐怖で言葉にならない叫びを上げながら全速力で岸まで泳いだ。
ばたつかせている足に何かがぶつかる感覚が何度もあった。
それはしっかりと質量がありスベスベとした感触だったのを記憶しているそうだ。

うおおおおおおと叫び、息継ぎをするのを忘れて必死に泳ぎ、彼は岸にたどり着いた。岸に上がり振り返ったがそこにはさっきの白い腕のようなものなどは全く見あたらなかった。
肩を大きく上下させながら唖然とした表情で海を見つめへたり込んでいる。

その様子を見ていた友人らは駆け寄って来た。

それはそうだろう、先ほどまで余裕ブッこいて泳いでいた「M中の半魚人」が、「半魚人」と言われるスキルをいかんなく発揮し全力で鬼の形相で泳いで戻ってきたのだ。ただ事ではない。

「どうした!?」「大丈夫か!?」など友人らは責め立てるようにTさんに事情を聞いた。


Tさんはそのままあったことを伝えた。
まさか!海で幽霊に足を捕まれるなんて!そんなベタな!怪談みたいな事が起こるとは!いやマジで!スゲェェよな!?
というテンションで嬉々として語ったが、
酒をどれだけ飲んでから海に入ったんだ、うん、まぁ…魚じゃないの?、またお得意の冗談だろ?などなど、友人らの反応は以外と冷たかった。

だよな…何かの見間違いだよな…


なんて事はTさんは1mmも思わずブチ切れた。

まさに死にかけたというのにそのリアクション!?そして何より長年友人であるこの俺の話を信じないだと!?嘘つき呼ばわりされて引き下がっては男が廃るってもんだ!

「よおぉぉしわかった!じゃあ死んで証明してやらぁ!」

という台詞を放って、ポカンとした友人らを尻目にTさんはまた海に飛び込んだ。
頭に血が上っていた彼は、50mほど先にある防波堤目指して泳ぎ続けた。

幽霊のやろう、人引きずり込もうとしたんだ、もう一度しっかり俺を引きずり込んでみせろや!

という謎の意気込みのもと、Tさんは全力で泳いだ。



そして防波堤にタッチし、無事に岸まで往復して戻ってきた。



岸に上がったTさんには誰も目を合わせてくれず、しばらくの間、ただただみんな無言で、バーベキューの燃える炭を眺める時間が始まった。


数分後、友人らの中の一人の女性が突然
「無事で良かったね!」と満面の笑みで話しかけてくれたのをきっかけにみんなで飲み直したそうだ。

Tさん曰わく、
「防波堤にタッチして戻ってきた時のあの空気……
  あれが【怖い】っていうんだろうな。」と。

何故かニヤニヤしながら遠い目をして私に教えてくれた話だ。

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