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ネコとアイツの腕時計

*この作品の題名は自分で決めたものではありません。



プロローグ

気に入らない。
あんな腕時計があるなんて知らなかった。そのことが悔しい。
アイツは青の文字盤に白の革ベルトの腕時計を左腕につけている。
おかげで、アイツの左隣の席に座る俺は嫌というほどあの時計を見せられる。気に入らない。あの海みたいな青色が気に入らない。

第一章 鴨跖草色

「腕時計の文字盤の色は『鴨跖草』って言うんだ」
「へぇーカモサって言うのね。素敵な名前ね!」照れ笑いをするアイツが目についた。
それぐらいにしとけよ!と思わず言いたくなってしまう。
自分の右腕を眺める。爺ちゃんから貰った腕時計、かなり古い。
でも、赤いベルトが良い。最もアイツの腕時計には敵わなかったが。
休み時間になった。みんなが校庭に出ていき、俺もその後を追いかける。
「鬼ごっこしよーぜ!」「誰が鬼だー?」
「さいしょーぐージャンケンポン!」「吉夜が負けたぞ!吉夜が鬼だ!」
アイツが鬼に決まり、わいわいと騒ぐ声の中に何かが切れる音がした。
「え?」腕時計の赤いベルトが切れている。慌てて腕時計を手で受け止める。「千勝、大丈夫?」アイツの声がした。
「あ、腕時計のベルト、切れちゃったんだ。放課後に僕の家、来れる?治せると思うよ」知らぬ間に頷いていた。

第二章 夏の海

アイツの家にはまさに「モダン」という言葉がよく似合った。
アイツは俺に先に二階に上がるよう言った。
下でアイツがゴトゴトと音を立てている。
ふと、幼稚園の頃に思いが飛んだ。
アイツが転んだ時、ミクちゃんがハンカチを出してくれたのに、
アイツったら断ってミクちゃんを泣かせたもんな。
もともと空気読めないヤツだし。
ジュースか何か用意してくれているわけない。
期待するなんてバカらしい。
被りを振って二階の廊下に目を向ける。
ふと、一つの部屋に目が止まった。
わずかに開いたドアから光が漏れている。
俺は光に惹かれるようにして部屋に入って行った。
部屋の壁紙は真新しく、ベッドシーツには皺一つない。
誰も使ってない部屋のようだ。
ドアの左手にはピアノが置いてある。埃をかぶっていた。
俺はピアノに触れようとした。
その途端、声が聞こえたーいや、鳴き声だ、猫の。
ピアノの下に猫が蹲っていた。
そしてピアノの椅子に跳躍した。
ピアノの上に光が漏れる三角形の『なにか』があった。
俺はそれを手に取った。裂け目があった。箱になっているようだ。
開いてみる。光が漏れ出す。俺は気を失った。

第三章 腕時計を付けたネコ

目を覚ますと、猫が覗き込んできた。
ゆっくりと起き上がる。そこは変わらないアイツの部屋だ。
だが、違和感を感じた。
なぜだ?ふと、猫を見る。
「う、うそだろ…」猫が腕時計をしている。黄色いヤツだ。
「ようこそ!腕時計の街、ウォッツタウンへ!」
「うわ、猫が喋った!」
「猫じゃありません。ウォッチキャットのウルカです」
「変わんねぇだろ」
ウルカはプイと顔を背けた。
「外を見てみて下さい」
ウルカが無愛想に言う言葉に従って、窓の方へ歩いて行く。
「・・・これ・・・夢?」
辺りは猫で溢れている。
しかも全ての猫が腕時計をしている。
「おい、どうやったら俺は起きれるんだよ!」
「あの、これは現実です。あと、僕は帰る方法を知らないので」
おいおい、そんな無責任なことあるかよ…。
俺はとりあえず、外に出た。
ウルカが付いてくる。
「あの…。マンバおじさんなら教えてくれるかもしれませんよ」
俺はすぐさまウルカに詰め寄る。
「そのマンバっていうヤツのとこに連れてってくれ!」
数分後、俺たちは街を歩いていた。
ウルカが一つのお店に入っていく。
俺もその後に続く。
「マンバおじさん、この人が人間の千勝さんです」
なぜ俺の名前を知ってるんだ?
「千勝くん。君はどうやってここに来たのか話してくれるかね」
俺は頷くと今日のことを話し始めた。
「ふむ。では、帰るにはその三角形のものがいるだろう」
俺たちは助言をもらい、その店を出た。
「じゃあ、ひとまず家に戻りましょう」
「ちょっと待ってくれ…」
通りの猫の目が全部俺に向けられてる。
カメラのフラッシュを向けられたみたいでチカチカしてきた。
俺はまた気を失った。

目が覚める。隣にはウルカがいた。
それとカメラのフラッシュみたいな目の猫たちも。
「ここは?」
「チューラブ通りです」
ウルカがその名前を口にした途端、猫たちが一斉にウルカに突進した。
「おい、ウルカ!」
あっという間にウルカは見えなくなった。
全く、猫って困ったヤツだな。
俺はため息をつくとさっきまでの道を引き返し始めた。
アイツの家に着く。俺はあの部屋に上がると三角形の箱を開けた。
再び目の前が光で包まれる。
俺の目の前にアイツがいた。

第四章 紅の山

「千勝くん!どこに行ってたんだ!」
俺はふと、アイツの足元を見る。
ウルカがいた(腕時計はしていない)。
顔を上げると、アイツの目が俺の持つ三角形の箱に注がれていた。
「あぁ…」
「おい、これはなんだんだ?」
「それはオルゴールだよ。僕の妹の部屋に勝手に入ったんだな」
「・・・」
「妹は数年前に家出してそれ以来会ってないんだ。勝気なやつでさ」
アイツはオルゴールの蓋を開けた。
「ベートーヴェンの『エリーゼのために』か」
「フッ。音楽オタク」
「な、なんだと!」アイツは声をあげて笑った。
「妹の名前はエリゼっていうんだよ。さあ、腕時計、修理したよ」
アイツが腕時計を差し出した。俺は無言でそれを受け取った。
「ありがと」ボソボソと言う俺にアイツが笑った。
その手にはウルカがしていた黄色の腕時計が付けられていた。

俺は赤い腕時計をしっかりと腕に巻き付け、アイツの家を出た。
夕焼けの道を歩いていくと腕時計のガラスがきらりと光った。
俺は空を見る。山が赤く染まっていた。
微かに青が残る空は紅と薄紫が混じり合っていた。
懐かしい空だった。

エピローグⅠ 手紙

キッツこと寒口吉夜へ
俺は元気だ。
腕時計は渾身のできで、もうすぐ完成する。
田舎は蝉が鳴きはじめたぞ。
キッツも早く帰ってくるんだな。

P.S
完成したら腕時計はキッツにやるよ。
前から欲しがってただろう?
だけど、キッツのカモサとかいう腕時計と交換だ。
俺、自分より優れたのは気に入らないから。頼んだぞ!
古木 千勝より


エピローグⅡ ヤツが作った腕時計

あなたは知っているだろうか。
この世に、赤い夕日を染めつけたような見事な色の腕時計があることを。
革ベルトはコガネ色でそれはもう綺麗なのだ。
文字盤のガラス面には薄らと緑がかかり、夏の山を思わせる。
おや、何で私がこんなにも熱心に語るのか気になるのかい。
それはね、この腕時計を作った人を私は知っているからだよ。
ヤツは私に負けず劣らずの素晴らしい腕時計職人でね。
いいライバルであり、いい仲間だったのさ。
あのオルゴールを聞くと今でも思い出すんだよ、あの夏の日を。


エピローグⅢ 叔父の遺言書

私の叔父の遺言書にこんなことが書いてあった。
『私の大事な物入れに紅の腕時計が入っている。
腕時計の裏には鍵穴がある。鍵の持ち主を探し、中を開けてくれ!』と。
私は毎日鍵の持ち主探しに励んでいる。
赤い腕時計のあの鍵穴の中には何があるのだろう、そう思いながら。




あとがき

ちょっとエピローグが多くなってしまいました💦
これは私の小学校3年生の時の担任の先生が決めてくれたタイトルです。
ちなみに、エピローグⅢ出てきた『鍵の持ち主探し』は
これから外伝を書いた折に収録しようと思っているので、
楽しみにしておいてくださいね!

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