コロナ禍の日向坂46が見つめる先:「君しか勝たん」/「どうする?どうする?どうする?」
日向坂46の5thシングル「君しか勝たん」のカップリング曲「Right?」「世界にはThankyou!が溢れている」「どうする?どうする?どうする?」のMVが三本続けて公開された。今回、表題曲「君しか勝たん」とMVの制作されていない「嘆きのDelete」「膨大な夢に押し潰されて」を除いて、先に挙げた期生曲三曲と「声の足跡」は音源とMVの同時公開になった。カウントダウン形式のプレミア公開はとても盛り上がるし、お祭り感があってとてもたのしい。なにより楽曲のイメージが目と耳から一気につかめるので、音源だけ先に聴いたときの違和感やガッカリが少ない(本当は音源だけでハマれるといいのだけど)。
ところで、すべてのMVが公開されたこのタイミングで改めて気付かされるのは、今回のシングルは非常にコロナ禍の影響を色濃く残した作品になっているということだ。
表題曲「君しか勝たん」は、好きな女の子に振り向いてくれなくなった男の子の後悔を綴ったうたである。とりあえず流行りに乗っかりました感満載のタイトルに比べて歌詞はいたってシリアスで、そのギャップに驚いてしまう。これをチグハグと捉えるか、面白いと感じるかは人それぞれだが、注目してほしいのはサビの合間に入るハンドクラップである。おそらくこれは「コール」をせずともステージのメンバーと客席のファンが気持ちをひとつにして曲をたのしむための仕掛けなのだ。
先日「2回目のひな誕祭」で限定的ではあるが約一年ぶりの有観客ライブを実現させた日向坂46。しかしながら、変異株の流行などもあり、これまで通りのライブの開催はまだまだ見通しが立っていない。むしろ、春先より状況は悪くなってしまった。仮に有観客ライブを開催できたとしても、しばらく観客にはマスク着用や発声禁止等の対応が求められるだろう。そんな中、すこしでもファンがその熱気をステージのメンバーに伝えるためのコミュニケーション手段が手拍子なのであり、制作側はあえて「コロナ禍でのライブ」を見越して曲中に取り込んだのだと思う。
また、万華鏡のような世界観のMVにも、コロナ禍のファンに向けたメッセージを読み取ることができる。「君しか勝たん」はタイトルと歌詞の温度差もさることながら、MVのアプローチが独特なのだ。端的にいえば、楽曲そのものとの関連性をあまり気にしていない。映像作品単体としての完成度を志向しているように見える。そして、真っ黒な背景にカラフルなドレスという異様なコントラストとワンカット風の演出を通して描かれるのは「舞台裏の日向坂46」だ。
姿見の前で衣装替えをして、
化粧台でメイクを施し、
円陣を組んでステージに向かう
ステージで歌い踊るメンバーと、それを撮影する裏方の人たち(に扮するフロントメンバー)
光のない舞台でセンターの加藤史帆を照らす無数の光は、おそらく日向坂46のファン(=「おひさま」)のメタファーだろう。
ここまで見ていくと、先ほどクサしたラブソングのことばの数々にも異なる意味が帯びてくる。「日向坂46とおひさまの関係」である。一度「距離」を置いてしまった女の子に、やっぱり君しかいない、君がいちばんなんだ(=「君しか勝たん」)と訴える歌詞は、通常の活動を制限されてステージに立つことすらままならなくなった日向坂と、そんな彼女たちを画面越しに応援するしかなかったおひさまの一年間をうたったものなのだ。
あるいは、二期生曲「世界にはThankyou!が溢れている」。けやき坂46の二期生オーディションにこれだけの逸材が揃った事実に改めて驚かされるMVに仕上がっている。
ブラスが強めに効いたアレンジはどことなく坂道よりもAKBの系譜に近い。サビのキーが低くてちょっとテンションが上がりきらないけれど、ラスサビのコーラスとソロパートで畳み掛ける構成を見るに、ライブで盛り上がるタイプの楽曲なのだろう。タイトルとイントロの歌詞の間抜けさはどうかと思うものの、歌詞自体は日向坂46らしいポジティブさに溢れている。風のなかに溶け込み、だれもがその胸の奥にしまっていることば(=「Thankyou!」)にそっと耳を傾ける。ただ何気なく過ごしている日常にこそ、求めていた幸せは潜んでいるのだ。
良いことばかりじゃないこの森にさえ
思いやりの木漏れ日が揺れるんだ
いつもだったら気づくことない愛のその存在がいっぱい
CIRCO DEL SOLはスペイン語で「太陽のサーカス」の意味。フランス語で書けばCIRQUE DU SOLEIL=シルク・ドゥ・ソレイユである。その名を冠したサーカス団はコロナ禍で経営破綻し、今まさに再建を目指している最中だけれど、この9人の愉快なサーカス団は、暗く沈みきった世界に埋もれる「Thankyou!」を呼び戻し、ふたたび太陽のもとで輝くため、終わりの見えない巡業を続けていく。MVがその最後に示唆するように、彼女たちの旅はまだこれからなのだ。
一方の三期生曲「Right?」はど真ん中ストレートのアイドルソングだ。ムリにコロナ禍の文脈で読み取ろうとするより、素直に受け取った方がいいだろう。
ガーリー&ポップな世界観とスクラップ・ブック風のギミックで彩られた4人の雰囲気が非常にマッチしている。最後に大人っぽいドレスのパートで締めることで、全体に緩急を効かせいてすばらしい。低音が強め(特にBメロ以降)のアレンジも、これまでの坂道楽曲にはない雰囲気で新鮮だ。
二期生曲の「世界にはThankyou!が溢れている」と比べるとまだ初々しさは残るものの、上村ひなのを筆頭にそのパフォーマンスは堂々としている。彼女たちもまた将来はサーカス団を先導し、世界を明るく照らす太陽になっていくのだ(すでにそうなっている、と言うこともできる)。
最後に紹介する一期生曲「どうする?どうする?どうする?」は、「君しか勝たん」以上に、真正面からコロナ禍と向き合った曲になっている。
MVの冒頭、「普通大学 普通学部 普通学科 教授」こと竹中直人が、「これまで当たり前だと思っていた普通の貴重さ」について説く。
そして、部屋に集められた一期生たちは教授の誘いに乗って「普通」のふるまいに挑戦していくのだ。乃木坂46 四期生曲「I see...」や「Out of the Blue」のフォロワー的なオーラをまとう曲調とMV。「一期生のワチャワチャ感」がこれでもかと詰まった楽しい作品である。CRE8BOYによるキャッチーな振り付けを含め、ルックだけ切り取れば「日向坂46らしい」のだけれど、どうしても最初の竹中直人のことばが浮いて見える。どうしたものかとMVを追いかけていくと、友人の彼女を好きになってしまい「恋か友情か」で揺れ動く主人公の心情と、コロナ禍で「普通」を奪われてしまった私たちの困惑(=「どうする?どうする?どうする?」)がリンクにしていることが徐々にわかってくる。
答えは出ない
どんなに考えたって解決できるわけないじゃない?
世界一むずかしい問題 悩みのタネ
答えは出ない
誰かに訊いたって 教えてなんてくれないわ
だって何が正しいかなんて自分で決めなきゃだめよ
1番サビに出てくるこのフレーズは、転調後の落ちサビでも繰り返される。ラブソングの要素は後退し、いよいよコロナ禍の日向坂46(と私たち)が直面した「世界一むずかしい問題」への問いかけへと変化するのだ。「どうする?どうする?どうする?」というタイトルをはじめて聞いたときは正直メチャクチャだと思ったが、かえってこの時代のカオスとどうしようもなさをうまく表現しているようにも見える。秋元康が用意したこのことばに、日向坂46のメンバーはどう答えるのだろうか。あえて結論らしいものを用意するとすれば、アンサーは「声の足跡」のその先にあるのだろう。日向坂46はファーストアルバム「ひなたざか」を経て、ついに「第二章」を迎えようとしている。