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2020年テレビドラマベストテン

ことしは家にいる時間が長かった。いつもだったらこの季節は連日忘年会で、家で晩ごはんを食べることもあまりない。だから年末の特番も殆ど見なかったんだけど、ことしは気になる番組をすべてチェックできている。うれしいと言えばうれしいものの、来年はもっと人と会える状態になってほしいな~と思う。なんだかんだ大人数の飲み会が恋しい。

テレビドラマもアンテナに引っかかった番組はひと通りチェックすることができた。各クール平均して2~3本は見ていたと思う。連ドラだけでなく、話題の単発ドラマもいくつか鑑賞した。ことしはコロナ禍をうけた実験的なリモートドラマが数多く放送され、各局がその制作力を競い合った。1~3月期とそれ以降ではまったく異なるトレンドが目立つことになった2020年。いろいろあったこの一年を、私的テレビドラマベストテンから振り返っていきたい。ただ、映画ほどたくさんの数を見れているわけではないので、必ずしも網羅性のあるラインナップでないことは最初に断っておきたい。

2020年テレビドラマベストテン

1位「心の傷を癒やすということ」(NHK総合「土曜ドラマ」枠、1月18日~2月8日放送)

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2位「有村架純の撮休」(WOWOWプライム、3月21日〜5月9日放送)

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3位「不要不急の銀河 ドラマ版」(NHK総合、7月23日放送)

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4位「半沢直樹」(TBS「日曜劇場」枠、7月19日~9月27日放送)

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5位「ドラマスペシャル スイッチ」(テレビ朝日「日曜プライム」枠、6月21日放送」

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6位「コタキ兄弟と四苦八苦」(テレビ東京「ドラマ24」枠、1月11日~3月28日放送)

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7位「DASADA」(日本テレビ、1月16日~3月19日放送)

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8位「これっきりサマー」(NHK総合、8月17日~8月21日放送)

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9位「この恋あたためますか」(TBS「火曜ドラマ」枠、10月20日~12月22日)

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10位「MIU404」(TBS「金曜ドラマ」枠、6月26日~9月4日放送)

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「半沢直樹」ブームの再来と「火曜ドラマ」枠の躍進

2020年最大のヒットドラマといえば「半沢直樹」であろう。ファーストシーズンからさらにパワーアップした本作は、当時よりも閉塞感を増す日本社会へのカウンターのような作品だった。もはやコメディすれすれの大げさな演技は賛否が別れたが、おかげで独特な熱気を獲得したのも事実である。2013年のブームのときに社会を賑わせた「東京オリンピック誘致決定」と「アベノミクス=安倍政権」がことし揃ってひとつの「ゴール」を迎えたのは、興味深い偶然と言えよう。

また、個人的に注目している「火曜ドラマ」枠がスマッシュヒットを連発し、同じTBSの「日曜劇場」と並ぶ注目枠になったことにもふれておきたい。ことしは上白石萌音&佐藤健の「恋はつづくよどこまでも」、多部未華子&大森南朋の「私の家政夫ナギサさん」、松岡茉優&三浦春馬の「おカネの切れ目が恋のはじまり」、森七菜&中村倫也の「この恋あたためますか」の4番組が放送された。以前このnoteでも書いたが、中高生がターゲットの少女マンガ原作映画ブームが下火になる中、胸キュンストーリーの貴重な供給元になっているのがこの枠だ。ことしも上半期二作は原作ありの脚本になっている。特に「私の家政夫ナギサさん」は同時間帯では「逃げるは恥だが役に立つ」以来となる平均視聴率15%を達成しており、2020年を代表する一本となった。2010年代前半に「アオハライド」や「好きっていいなよ。」が流行ったことを考えると、あの頃制服を着ていた少女たちがいま社会人になって、仕事終わりの息抜きにお酒を飲みながら見ている番組なのかもしれない。

ベストテンには「この恋あたためますか」を選んだ。主演の森七菜のカメラの存在を感じさせない自然な呼吸のリズム、テレビサイズというよりは劇場向きの繊細かつ動物的な身体の使い方は、眼を見張るものがある。対して若くてイケメンの企業家というあまりにマンガ的なキャラクターを、絶妙なデフォルメで現実世界に降臨させた中村倫也の表現力もすばらしい。それから、どちらかというと新宿武蔵野館やユーロ・スペースのスクリーンが似合いそうな仲野太賀と石橋静河という同世代でもトップクラスの演技派が、このコテコテのラブコメドラマに出演している物珍しさ。そのせいかお話の展開のシンプルさのわりには妙な生々しさと色気がこのふたりからは漂ってしまっていて面白かった。やはり一流のパフォーマーがいるだけで、物語の奥行きはグッと深まるものである。

リモートドラマの進化

ことしのテレビドラマを振り返る上で、避けては通れないのが各局のリモートドラマへの挑戦であろう。新型コロナウイルスの蔓延以降、テレビドラマに限らずあらゆる映像作品の制作現場は、厳しい制約のなかでの活動を強いられている。とくに4月の全国を対象とした緊急事態宣言発出による影響は大きく、4月~6月の春ドラマはそのほとんどが撮影中断を余儀なくされ、放送期間の短縮や、夏ドラマへのスライドといった対応をせざるを得なくなった。テレビ局の編成担当の心労は相当なものであったであろう。

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そんな中、テレビマンたちは環境の制約を逆手にとり、リモート収録による新しいスタイルのドラマ制作に取り組んだ。もっとも動きが早かったのはNHKだ。おそらく公共放送の性質上、スポンサー集めをする必要がなく、局内で枠と予算さえ抑えられれば放送までこぎつけることができるのだと思う。僕の知り限りいちばん最初のリモートドラマはNHK総合がゴールデンウィークに放送した三夜連続放送の「今だから、新作ドラマ作ってみました」。キャスト・スタッフの打ち合わせからリハーサル、本番収録までをすべて「テレワーク」で制作された。単なる手法の面白さにとどまらず、「遠距離恋愛」「死別した夫婦」「入れ替わり」というリモートならではの題材で、ハイクオリティなドラマを作り上げている。カメラワークや編集、照明といった映像の肝がほとんど機能しておらず、視覚的な満足はあまり得られないのは、残念ながらこのあとに続くリモート制作ドラマのすべてに共通することである。しかし、演者の自宅の様子をのぞくことができるのは、なかなか興味深かった。前田亜季の家のソファの上にブルマァク製のバラゴンのソフビが置いてあったのが地味にうれしい。

NHKは6月にも坂元裕二を脚本に迎えて「Living」を制作している。主演には阿部サダヲのほか、広瀬アリス・すず姉妹、永山瑛太・絢斗兄弟、中尾明慶・仲里依紗夫妻などを迎えている。「今だから、新作ドラマ作ってみました」が一画面にひとりが収まり、Zoomの画面で会話するような構図だったのに対し、こちらのドラマは同じ家に住む兄弟姉妹や夫婦をキャスティングすることで、演技や物語の奥行きを与えている。ふだんバラバラに活動する役者たちが、リアルの関係性を踏襲した役柄を演じる。同居家族だったら家から出ずに共演できるだろうというわけだ。それでいて設定はネアンデルタール人の子孫だったり、週末を迎えつつある世界だったり、妙にファンタジーの要素が強い。視覚に写る「現実的光景」と、彼らが語り想像力に訴えかける「空想的世界」が奇妙なギャップを生み、とてもおもしろい空気がただよっていた。実験的作品としては申し分ないクオリティだったと思う。

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そのほかには「ホーム・ノット・アローン」がある。たまたま電話がつながってしまった男女が、日々の会話を通じて心をかよわせあっていくという内容。先に述べたドラマとは違って、はっきりと「緊急事態宣言下」であることを設定に組み込んでいる。そんな中で展開される、ゆるやかな男と女の交感は、家に引きこもってふさぎ込んでいた僕の心にも甘く染み込んだ。完成度がそれほど高いとは言えないが、視聴者を元気づけようという作り手の心意気を感じてとても気に入っている。もう二度と思い出したくはないが、あの頃の世間の空気やどうにもならない閉塞感が、このドラマには詰まっている気がして、なかなか忘れられないのだ。

韓国発Netflixオリジナルドラマの躍進

コロナ禍の新作供給不足とおうち時間の増加が韓国ドラマブームを加速させた。今回は国内ドラマに対象を絞ったのでベストテンには含めなかったが、2020年の日本のドラマ事情を語る上で、Netflix限定配信の「愛の不時着」「梨泰院クラス」を外すことはできないだろう。どちらも1話1時間半の16話構成。ひとつのエピソードの中でもお話が二転三転するボリュームで、かなり見ごたえがある。これに慣れてしまうとむしろ日本のドラマが薄味に感じてしまいそうなぐらいだ。キャラクターのインパクトは抜群だし、印象に残るセリフも多かった。僕は特に「愛の不時着」の北朝鮮の村の人びとが愛らしくて好きだ。このドラマが韓国内でも人気を博しているのを見ると、彼らにとってはたとえ国境を隔てても北朝鮮の国民は隣人であり同胞なのだという意識が強いのかもしれない。

最近は配信プラットフォームのオリジナルコンテンツが話題になることも増えた。特にNetflix Jaoanのドラマはテレビや街中で広告を見かける機会も多く、地上波以外の選択肢が定着しつつあるのを身を持って感じている。しかし、日本のオリジナルコンテンツは残念ながら海外のものに比べるとクオリティが低い印象がある。2月配信開始の蜷川実花監督「FOLLOWERS」は、あまりに下らない内容だったので途中で挫折した。いまさらあんなホコリかぶったセンスの企画を通し、出資したNetflix Japanのセンスを疑ってしまう。三宅唱監督「呪怨」は女性(もっというと子宮)を穢らわしいものとして描く演出がミソジニー的であるとして一部の視聴者からネットで叩かれていた。その批判が正しいかどうかはともかく、単純に面白くなかったと思う。「きみの鳥はうたえる」や「ワイルドツアー」で見せた居心地の良さ、独特の色気みたいなものが一切感じられない。端的に言って起用ミスだ。「今際の際のアリス」は未見だがそこそこ評判がいいので年末年始に手を付けるつもりだ。日本オリジナルドラマには「火花」や「宇宙を賭けるよだか」のような秀作もある。アマゾン・プライムや、各民放局が自社の配信プラットフォームで本格的な限定ドラマや地上波番組のアナザーストーリーを展開することも増えてきた。ますます配信サービスの競争が激化する中、どんな傑作が生まれるのか、これから楽しみである。

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非地上波のテレビドラマではWOWOW制作の「有村架純の撮休」がすばらしかったのでベストテンの2位に入れた。有村架純が突然撮休になったらどんな一日を過ごすのか?というテーマで有名クリエイターが思い思いに腕をふるったメタ・オムニバスドラマである。中でも第3話「人間ドック」と第6話「好きだから不安」、第8話「バッティングセンターで待ちわびるのは」が傑作だった。第3話は是枝裕和監督回。人間ドックでたまたま再開してしまった地元の元カレ(笠松将)との掛け合いを描く。30分の短編にふさわしいスケール感で、こじゃれた着地の仕方も美しい。第6話は今泉力哉が監督・脚本を務め、彼らしいカラーが前回のエピソード。26分の尺のうち11分を占める長回しの言い合いシーンは「愛がなんだ」終盤の鍋焼きうどんをつまむ会話や、「melllow」のくだらない夫婦喧嘩を思い出した。絶対に居合わせたくないと思わせる生々しさに、思わずくすっと笑ってしまう気まずい間合い。すれ違う人間の愛おしさがこれでもかと詰め込まれている。監督のファンなら必見だ。第8話の爽やかな後味はなんども噛み締めたい。

演者と物語のメタ的な関係を楽しむドラマといえば、以前noteでも取り上げた「DASADA」をベストテンの第7位に入れている。欅坂46のアンダーグループとしてスタートした日向坂46(結成当時はけやき坂46)の成功の軌跡をなぞるような展開のサクセスストーリーは、物語をパッケージに織り込む秋元康プロデュースアイドルにおける「正史」と言えよう。完全にファン向けのコンテンツなのでむやみに人におすすめはできないのだが、河合勇人や吉田恵里香など、一時期の少女マンガ原作映画を支えた職人たちが関わっていることは注目すべきポイントだと思う。

ウィズコロナのテレビドラマ

緊急事態宣言が解除されると、テレビはふたたびもとの活気を取り戻しはじめる。NHKの動きからすこし遅れを取る形で、フジテレビが6月13日に林遣都が一人三役を演じる短編ドラマ「世界は3で出来ている」を放送。僕は未見だが、日本テレビが7月に放送した秋元康原案「リモートで殺される」もそれなりに話題を呼んでいた。どれも撮影現場の「密」を避けるためにキャスト・スタッフを最小限に絞り込んでいる。脚本・宮藤官九郎でポストコロナの近未来を描いたNHKドラマ「JOKE ~2022年パニック配信!~」はほぼ全編生田斗真の一人芝居で構成されており、なかなかの珍作だったが、僕はそんなに嫌いじゃない。ただ、リモートというハンデを物語は目新しさで注目を引いたものの、今後の映像作品のスタンダードになるようなものとは思えなかった。スマホやPCの画面のみで構成された映像作品はコロナ禍前から多く存在するし、手法自体が新鮮というわけでもない。このような状況でも新作を世に届けたいという作り手の熱に感動してしまった面もあり、純粋にドラマとしてこれからもリモート形式で見たいかというと微妙なところだ。ただ、超低予算でもがんばれば役者の身体ひとつで面白いドラマが作れると分かったのは、たしかな発見である。

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夏頃からは通常の方式で撮影されたテレビドラマの放送が再開されるようになる。最初の数話でストックが尽き、総集編で穴をうめていた春ドラマが再始動するほか、お蔵入りかと思われていた企画も夏ドラマとして復活を遂げることになる。TBSドラマ「MIU404」は、そのラストに新型コロナが蔓延せず、東京オリンピックが大成功を収める「あり得たかもしれない未来」を提示しつつ、それでもこの耐え難く混沌とした「現実」を選択し、強く生きる主人公を描くことで、僕たちにこの世界を生きる希望を示した。本作は外国人労働者問題やフェイクニュースといった時事問題にも切り込み、2020年のリアルを生々しくも上品なエンタテイメントに仕上げた点で、ことしを代表するドラマのひとつと言える。しかし、まさか最終回にコロナ禍の問題まで扱うとは思わなかった。完全に後づけの展開だとは思うが、さすが野木亜紀子作品だとひたすら感心してしまった。

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その後、10月~12月の秋ドラマの枠に入ると、いよいよコロナ禍を本格的に設定に取り込んだ連続ドラマが登場するようになる。「MIU404」はあくまで2019年の日本を舞台にしたドラマであり、コロナ禍の世界が登場するのは最終回のエピローグにとどまったわけだが、「#リモラブ 〜普通の恋は邪道〜」は、ステイホーム期間中に孤独を感じたアラサーの仕事人間が、寂しさを紛らわすために会話をはじめたチャットの向こう側の相手に恋心を抱き…という非常にタイムリーな設定になっている。産業医でもある主人公がオフィスの新型コロナウイルス対策に奮闘するさまはなかなかコミカルで、ニューノーマルの「あるある」がいたるところに散りばめられているのだ。テレビドラマは何年も前から企画開発をし、スポンサーを集めて放送にこぎつけると聞いたことがあるので、まさかこの半年で一から考えた内容だとは思えないのだが、うまく世相を組み込んでいると言えるだろう。ほかにも僕が気づいた範囲だと有村架純主演「姉ちゃんの恋人」は、一応「新型コロナウイルスに世の中が振り回された後」という設定になっているらしい。なにもふれないまま話を進めても違和感があるので、とりあえずひと言ふた言入れておきましょうかといった具合で、あまり本腰は入れていないようだ。すべてのドラマが「#リモラブ」のような時事ネタ大喜利になっても困るが、かといって誰もマスクを付けずに人びとが好き勝手歩きまわる世界を無条件に受け入れられるわけでもない。あまりにも特殊な状況なので正解がないのだ。しばらくはテレビドラマも作中におけるコロナ禍の取り扱いに苦心しそうである。

心の傷を癒やすということ

コロナ禍と正面から向き合ったドラマの中でも、特にすばらしかった作品がふたつある。「不要不急の銀河 ドラマ版」は、緊急事態宣言下で「不要不急」と見なされたスナック「銀河」で働く人びとの葛藤を描いた単発ドラマだ。このご時世に飲み屋を開くなんて不謹慎と叩かれるのは分かっている。しかし、人生をかけて守ってきたこのスナックははたして本当に「不要」なのだろうか。「夜の街」と名指しされた私たちの生活はどうなるのだろうか。スナック「銀河」を営む家族の中でも、お店を開くべきなのか、それとも閉業覚悟で次の道を探すべきなのかで意見が割れる。おなじ想いを抱えながらもすれ違ってしまう人間の悲哀は、脚本を務める又吉直樹がくりかえし描いてきたテーマであるが、この光景はきっと日本中で繰り返されてきた「現実」なのであろう。エンタメで扱うにはあまりに生々しく、残酷な内容ではあるものの、ドラマが描くこの物語のラストはふしぎな爽快感とたくましさに溢れていた。

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「これっきりサマー」では、甲子園出場の夢が絶たれてしまった高校球児と、夏フェス参加の約束を果たせぬまま友人と離れてしまった女子高生、ふたりのカオルの交感が10分の短編で描かれる。大人から「可哀想」と憐れまれ、うんざり疲れ切った子どもたちが、ソーシャルディスタンスを保ちながら、徐々に心の距離を詰めていく。男女が「手を触れる」だけでこんなに分厚いドラマが生まれるなんて。どちらもこの状況下で「たのしむ」には少々距離の近すぎる物語ではあるが、それでも未来への希望を託してこのようなドラマを作ったところに、作り手の矜持を受け取りたくなるのだ。

ところで、理不尽な力によって人生を狂わされてしまった人びとへの眼差しという切り口では、坂元裕二脚本「スイッチ」にも触れておきたい。元恋人の検事と弁護士が、とある連続暴行犯をめぐって敵同士となり…というお話。やはりというべきか、一筋縄ではいかないのが坂元作品だ。軽妙な大人のラブコメの体裁を取りつつ、じっさいは社会に虐げられた少年少女の復習と葛藤の物語になっている。この世界に居心地の悪さを感じる人間たちのあがきに寄り添うアプローチは、先に挙げた「不要不急の銀河 ドラマ版」を書いた又吉直樹に通ずる部分があると言うことができるし、僕が両方ベストテンに選出したのも、その人間全般にたいする愛とやさしさに惹かれるが故なのかもしれない。

最後に紹介するのはことしのベストに挙げた「心の傷を癒やすということ」。阪神・淡路大震災発生時、まだ一般的でなかった被災者の心のケアに注目し、パイオニアとして奮闘した実在の精神科医の半生を描いたヒューマンドラマだ。来年には映画版の上映も予定している。この30年、日本では東日本大震災や熊本地震などの大地震、西日本豪雨等の水害、大型台風や酷暑、豪雪などの異常災害が頻発し、そのたびに多くの人びとの命が奪われ、住民の生活が破壊されてきた。もはやこの国に住んでいる限り、災害とは無縁でいられない。「心の傷を癒やすということ」は、そんな理不尽や不幸に向き合うことの難しさ、そして、そばで悲しんでいる人に寄り添うことの尊さを、真正面から描いたドラマだ。主人公・安先生の人生は、在日コリアンとしての差別体験にはじまり、厳しく抑圧的な父との対立、阪神・淡路大震災の被災、そして若くして発症した末期がんとの戦いなど、波乱に満ちていた。それでも彼はつねに優しく包み込むような愛で患者に接し、耳を傾けつづけたのだ。その心の強さと凛とした佇まいに、僕はある種の神秘性すら感じてしまった。

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年初の放送ではあるが、改めてベストテンを考えるにあたって振り返ったとき、このドラマほど2020年に求められている内容の作品はないのではないかと思った。このコロナ禍において、苦しい思いをしていない人間などいない。あり得たかもしれない「2020年」に、何度思いを馳せたことだろうか。本来、僕たちは手を取り合ってともに困難に立ち向かえるはずできる。なのに、政治家は自分に都合のいいことしか言わないし、根拠のないデマに人びとは踊らされている。となりに居る人も同じ辛さを抱えた人間なのだという想像力を働かせられるほどの余裕は、どうやらなさそうだ。そう思いを巡らせたとき、まっさきに頭に浮かんだのが「心の傷を癒やすということ」の安先生だったのだ。どんなに自分が苦しくてもやさしさは忘れない。難しい患者さんにたいしても辛抱強く耳を傾けつづける。なぜそんなことができるのか。それはやはり彼自身がたくさん傷つき、ひとの心の痛みを想像することができるから、そして他人に興味があるから、なのだと思う。苦しいときこそまわりを見る。外の世界にも好奇心をわすれない。そういうことから初めてみても、悪くはないのでないかと思うのである。

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