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大人の定義

「本当にないんだ!」
こんなに大きい声が出るのかと、自分でも驚いた。


今日も仕事が終わったのが24時過ぎ。大手企業の孫請けの小さな会社だが、24時を過ぎたらタクシーが出るという、今では少なくなったありがたい会社だ。

でも、35歳という、隙を見せれば太る年齢になり、通勤には毎日自転車を使うようにしている。疲れた頭に心地の良い風を感じながら、車通りが少なくなった夜道を疾走していた。

―コンビニで軽くお菓子でも買うかー。
これがよくなかった。
体重を気にして自転車通勤をしているのに、この時間に押し寄せる悪魔の囁きに勝てず2日に1回はコンビニで、“甘くない”、”太らない”を推しているお菓子を1つ買ってしまっていた。

コンビニの駐車場に自転車を止めて、コンビニエンスストアに入った。
一瞬視界に入ったカップラーメンに心が奪われそうになったが、お腹を一杯にするために食う訳じゃない、と自分に言い聞かせ、いつも買っている”体に良いお菓子シリーズ”の新作を手に取り、美味しそうな食べ物がもし目に入ったら、誘惑に勝てる気がしないので、一目散にレジに向かった。


外に出ると、店に入る前よりさらに気温が下がっている、風のせいかな。
自分の自転車には知らない男が乗っていた。
イェ~イ、フゥ~、イェーイ!
酔っぱらっているようだ。

「何をしてんだよ、人の自転車で!」
声を掛けると男が自転車から降りて目の前にヌクっと立ちはだかった。

近くで見ると割りとデカい、そして横幅がある。例えると、ラガーマン。

「別になんにもしてねーよ」
ラガーマンの口からは、太く大きい相手を威圧することに慣れている声が放たれた。

「い、いまぁ、俺の自転車に乗ってたじゃねぁーかよぉ」
急に、自信のない、震えた声に変ってしまった。

「お前言いがかりつけてんじゃねーぞ」
見るからにラガーマンの舎弟で、金髪で、体は細いが威勢はよくて、いつでもケンカするぞって感じで、そんな男が、目の前に、自分の顔を持ってきて凄んできた。

まさに絵に描いたような一触即発。

もういいよ、と言って自転車に乗ろうとすると金髪がさらに吠えた。
「金払え!」

意味が分からず怪訝な顔を向けると金髪がさらに言った。
「言いがかりつけたんだから金払え」

意味が分からなすぎて親分のラガーマンのほうを見るとニヤニヤしている。
こいつらまさか初めからそれ狙いか?と思うような展開だが、そこまで計算できるほど頭は良くなさそうだが。

そんなことを考えていると金髪が早く金を出せって素振りを見せてきている。
「持ってないです」
なぜか敬語になってしまったが、言い返した。

ラガーマンは、名探偵が犯人の供述の穴を見つけた時のような、自信に満ち溢れた言葉を発した。
「持ってねーわけねーだろ、コンビニで買い物してたんだからよ」

「本当にないんだ!」
自分でも驚くような大きい声が腹の底から出た。
2人も少しびっくりした顔をしたが、逆に火を付けてしまったようだ。
「大人がお金持ってねーわけでーだろ!」

ごもっともな意見だ。
大人がお金を持っていないわけがない、むしろ大人の定義にお金を持っている、を入れてもいいぐらいだ。
「本当に持ってないんだ!」
さっきよりは自分の力で自然と大きい声が出た。

自然に出た…。
その通りだ、なぜなら俺はお金を今持っていない、正確に言うと20円しかお金を持っていない。
コンビニでも商品を持ってレジに行ったが、お金が足りなかった。
レジでバックをひっくり返したが、どこにもお金は入っていなかった。
コンビニの店員さんに大人でしょ、と顔に書いてあるような冷たい視線を向けられたが、どこを探しても20円しか出てこなかった。

「とっとと金出せよ!」
いくら凄んでもお金はないんだ。
俺だって100万円をポンとお前らにあげられるぐらいになりたいよ。
いや1万円でいい、1万円を常に持っているような大人になりたい。

情けなくて顔がニヤけてきた。
「なに笑ってんだよ、気持ちわりーな~」
相変わらず金髪が凄む、どうやらこの金髪もラガーマンの手前、凄まないわけにはいかないようだ。冷静になると見えてくるものが違う。

そりゃ笑うだろ。大人なのに、35才なのに、財布に20円しか入ってないんだから。
もはや財布の意味もないような気になってきた。お金を守ったり、お金を管理するためにある財布。守るものも管理するほどのものもないのだから。
「ジャンプしてみろよ」って言われなくてよかった。
あれまだあるのかな?カツアゲの定番、俺の世代だけかな~。
昔(学生時代)はカツアゲ相手をジャンプさせて小銭の音を確認したもんだよな~。
今はあんまり聞かなくなったけど昔は、おやじ狩りに始まり、エアマックス狩りやスケボー狩りって○○狩りが流行ったんだよな~。
同じ色の服で統一された暴走族の集団もいて、大晦日に外に出かけるときは、できるだけ地味な服で出掛けようなって友達と電話で話したよな~。
今みたいに携帯電話なんかなくて、家電で親に聞こえないようにコソコソ友達や彼女と喋ったなぁ~。
みんな結婚しちゃってすっかり疎遠になっちゃったけど、当時の話したら盛り上がるんだろうなぁ~。
ただ俺人見知りだから、久々にあったとしても打ち解けるまでに2時間ぐらい掛かって、打ち解けた頃には解散、行かなきゃよかったって思うのが目に浮かぶなぁ~。
ただ行かなきゃ行かないで後悔するんだよなぁ~。

心が過去へ小旅行していると声を掛けられた。
「なにをしてるんですか?」

金髪が大人しく答える。
「なんでもねーよ」

「なんでもないです」
僕も答える、どうやら僕の大きな声がきっかけで、近所の人が警官を呼んでくれたようだ。

「こんな夜遅くに大人が大声出したら近所の人もびっくりするから、早く帰ってね、明日も仕事でしょ」

そう言うと警官は去って行き、酔いが醒めたのか2人組もどっかへ行ってしまった、呑みなおす店の話をしている。

僕も帰ろう、大人なんだから。

大人ってなんなんだ、子供との違いは、お金を持っていること、慕っている人がいること、大人って。

変な音がするようになってしまった自転車を漕ぎながら家路に向かう。

ひとり~の小さな手~♬なにもできないけど~♬それでもみんなの手と手を合わせれば♬何かできる♪何かできる♪