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ウッド、ケイト&アンナ、1975年の傑作

私が好きな録音エンジニア:ジョンウッド④

 ジェフ・マルダーの「ワンダフル・タイム」についての文章の冒頭でも書いたように、ジョン・ウッドは同年に発売された、ケイト(妹)&アンナ(姉)・マッガリグル姉妹のファースト・アルバムを録音している。どちらのアルバムにも録音デイトの記載がないのでわからないのだが、同じワーナーのアーティストなので、74年〜75年の近いタイミング、または期間が被りながら作業が行われたのではないだろうか。

 録音場所も同じくニューヨークのA&Rスタジオ。名匠フィル・ラモーンが辣腕を振るう場所であり、彼が機材およびサウンドのハイファイ化に情熱を傾けたスタジオである。フィル・ラモーンとジョン・ウッド。そこで邂逅を果たしたのかどうかわからないが、ウッドのサウンド・テクニクスはスタジオと並行して、コンソールなどの録音機材のメーカーでもあった。一方、ラモーンはいち早く真空管式からソリッドステート式のコンソールへと舵を切っていた。彼らは、技術志向の強いエンジニアだった。もしこのセッションで二人が出会っていたなら、スタジオ機材に関して様々な意見が交換され、それぞれのエンジニア観、機材観に影響を与え合ったことだろう。

 また、A&Rスタジオに加えて、曲によってはハリウッドのサンウェスト・スタジオでも録音されている。サンウェスト・スタジオはニール・ヤングのファーストやジョン・ケイル「Paris 1919」など、優れた録音の作品が生み出されている。ただ、メンバークレジットを見ると、大半の曲でリズム隊をドラムのスティーヴ・ガッドとベースのトニー・レヴィンが参加しているので、それらバンドスタイルの曲はA&Rスタジオではないかと予想される。

 こうしたスタジオのチョイスはマッガリグル姉妹にとっては幸運だった。最高のスタジオとそれを活かし切るジョン・ウッドの手腕により、75年当時、そして今でも色あせることのない音楽を、極上のハイファイサウンドでマスターテープに収めることができたのだから。

 それは冒頭の『キス・アンド・セイ・グッバイ』ですぐに証明されている。リリカルなピアノリフとガッドのマーチング風ドラム(ガッドは元軍楽隊だ)に導かれ、ケイトの清廉だが粘りのある歌声が響く。にじみがなく輪郭がはっきりした声と音が、スピーカーの間に立ち現れる。フォーカスがぴしりと合った音像は、ハイファイのお手本のようなサウンドだ。リズムチェンジするブリッジでは、ガッドのドラムが土台を支え、ボビー・キーズがブルージィなソロを聴かせる。後半はグッと楽器数も増えるのだが、ピラミッドバランスの中で、各楽器の音像は小揺るぎもしない。ギターはヒュー・マクラッケンとローウェル・ジョージら。これだけのギタリストを揃えても、ウッドは彼らを目立たせることはなく、おさまりよく音を使っている。

 アンナが歌う『Complainte pour Ste-Cathérine』は、ヨーロッパ色の強いフレンチ・フォーク。こうしたサウンドは、ウッドにとってはお手のものだろう。フェアポート・コンヴェンションのサウンドとも一脈通じる、トラッド&ロック編成。フェアポート時代よりハイファイ感を増していて、どちらかというとウッドが録った70年代後期(数年のラグ)のチーフタンズのサウンドを彷彿させる。

 脱線するが、このチーフタンズ「chieftains7」の録音もまたすばらしい。舞台の上で演奏するチーフタンズが眼前に現れる、ハイファイ録音だ。廉価CDでも十二分に録音の良さを堪能できる(もしかしたら、私の手持ちの盤のマスタリングがよいのかもしれないが)。

 やはり、楽曲としても録音としても白眉は、彼女たちをデビューさせるにいたった『ハート・ライク・ア・ホイール』だろう。

 オルガンを弾く長姉ジェイニーを加えた3人のヴォーカル、ギター、バンジョーという音数を抑えた編成。あたりの空気を浄化するかのように高域のオルガンのフェードインが耳をつき、ギター、バンジョーの短いリードから、アンナの祈りのようなヒムのような歌が始まる。オルガンが基調となり、またリヴァーヴの効いたコーラスがかぶさってまるで教会で録音されているかのような(おそらくその効果も狙った音作り)厳かさだ。また、本作全編ケイト&アンナのヴォーカルが中心であるのだが、特に本曲では声を録音することの名手たるウッドの手腕が発揮されている。

 デビューアルバムでありながら、作曲家としての実績を買われてこれだけの環境が用意される。それに臆せず名盤を作り上げたケイト&アンナは、やはりただ者ではない。その後も、地味ながらも佳作を作り上げ、ルーファス&マーサ・ウェインライトへつながる音楽一家の最初の一枚なのだから(日本では「地味」でも、北米での名声の高さは、カナダで叙勲者であることからもうかがえるだろう)。

 そして、その後の家族が集合した99年の「マッガリグル・アワー」も愛聴盤だ。この作品も、声とアコースティック楽器の響きが実に素晴らしい。なぜならば、これもジョン・ウッド録音、ジョー・ボイドのプロデュースの、絶品録音の傑作なのだから。かつて姉妹の曲を吹き込んだリンダ・ロンスタット(ハート・ライク・ア・ホイールはアルバムのタイトルトラックだ)とエミルー・ハリスも参加している。


 トラディショナルばかりでなく、アーヴィング・バーリンやコール・ポーターの楽曲も披露されており(リンク)、ルーファスやマーサの趣味も感じさせる。

 アイルランド〜フレンチ・カナディアンの出自を生かした楽曲を作る姉妹と、ブリティッシュ・フォークサウンドの潮流を生み出したウッドの感性は、ヨーロッパを紐帯として、ぴったりと合致するものだった。ウッドはまさに姉妹のトラッドな本質を捉え、ニューヨーク・セッション界の強者が集っていようとも、モダンなサウンドの中にトラッドの影を忍ばせた。そうしたバックグラウンドを知っての起用であるのなら、ジョー・ボイドもまた一流のプロデューサーであろう。あるいは、これが単にワーナー側のスケジューリングの都合であるのならば、天の差配というべき慶事であった。(ファーストと同じくした座組みのセカンドも、小粒だがポップ味を増した佳作と言える)

 「ケイト&アンナ・マッガリグル」は、音楽的にも録音的にも捨て曲が一切ない。すべてがリファレンスたりうる、数少ない本当の名盤と言えるのだ。

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