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東京都の少子化対策?

最近、自治体単位の人口・出生率の動向について、講演などで話題にすることが増えたので、いくつか論点をあげておきたいと思います。

結婚と出産(親なり)に進むには

当たり前と言えば当たり前ですが、子どもを持つには結婚かそれに類するカップル形成をすることが、たいていの場合には出発点になります。これはどの国でも《ある程度は》そうです。婚外出生率が高い国もありますが、その場合でも子どもの多くは安定したカップル(事実婚を含む)から生まれてきます。

多くの経済先進国では、カップルは親と独立して住みます(これを「ネオローカル」といいます)。そして子どもをもつことを想定したカップル形成においては、性愛感情のみならず、所得と住居に関して一定の基盤があるか、あるいはそれが得られる見込みがあることが重要になります。

この基盤が得られる見込みは、地域や都市度に応じていろいろです。都市圏では比較的安定した仕事が多いのですが、住居コストが高く、多くのカップルは結婚して子どもを持つ段階で、都心部から離れたところに移転します。

共働きを想定すると、かつてのニュータウンでは条件を満たさないことが多く(通勤時間が長く、男性稼ぎ手家族を想定しているため、共働きに向かない)、より駅近のマンションを探すことが多いと思います。

ただ、職場に近い都心部となるとかなり厳しく、条件がよいところは分譲価格が5千万を超えることも普通になりました。思い切って購入しても、多額の長期ローンを抱え、しかも3LDKでは子ども二人だとなかなかつらいものがあります。新しい夫婦が東京都で子ども二人を育てる環境を手に入れることは極めて難しいのです。

冒頭に記したグラフからわかるように、東京都は特に平均の住宅面積が80㎡を超える自治体がかなり少なく、平均100〜120㎡で人口規模も大きな自治体を数多く抱える愛知県などの他の地域との違いは歴然です。データに入っていない価格差を考慮すればなおさらでしょう。住居面積と世帯サイズ(子どもの数)の関係は双方向的な因果関係にありますが、東京都のように住居面積の上限にキャップがある場合、どうしても「東京都から出て行く」ことも優勢な選択肢になります。

ブラックホール型自治体?

東京都の自治体は、確かに数多くの地方からの転入人口を受け入れ、そして出生率が極端に低いため、「消滅可能性自治体」でよく知られる人口戦略会議のレポートで「ブラックホール型」だと言われています。

この名付けは当たっている部分もありますが、実際には数多くの人は結婚と出産を機に他地域(千葉の流山市など)に転出しているわけですから、ブラックホールのように一度吸い込んだら抜け出せない、というわけではありませんむしろ未婚者を吸い込んで、子育て世帯をどんどん吐き出している、といった方がよいかもしれません。まずは大学進学や就職を機に大量の女性が東京都に流れ込みます。その後、20代後半から30代にかけて、多くは未婚にとどまりますが、おそらく経済的に恵まれたごく一部は結婚しても東京都に残り、子育て世帯になります*。残りは近郊に転出して子育てします。

*【注】そのため東京都の(粗)有配偶出生率はそこまで低いわけではありません。全体的に未婚率が高いと(30代の有配偶者の数が絞り込まれるため)出産期年齢の有配偶粗出生率は高くなることがあります(参考)。

この場合出生率や出生数はどうなるかというと、転出元(東京都)は出産予定の女性が選択的に出て行き(参考)、出産予定ではない女性が残りますので、出生数も出生率も下がります。転出先となった(千葉県等の)自治体などではその逆です。

これが「子どもの奪い合い」なのかというと、そんなことはありません。もし転出ができないとなると、子育てに適した環境が得られない(無理に域内の広い住居に移れば住居費で生活費や子育て費用が圧迫される)わけですから、子育て世帯の自治体間移動は、出生率にプラスに作用するといえます。

もちろん、転出先候補の自治体間では、子育て支援の手厚さによって子育て世帯獲得競争が生じている可能性がありますが、それでも子育てがしやすい自治体に転出した方が《追加》の出生が生じやすいわけですから、こちらも全体の出生率にはプラスに作用する可能性が高いでしょう。

地域ごとの出生率対策の限界

ここで(仮にですが)東京都が豊富な資金力を活かして教育費等の厚めの支援をした場合に、人々の行動はどう変わるでしょうか。

住宅事情は土地の制約もあり、大きくは変わりません。4人以上の世帯を吸収できる住宅の数もそれほど増えませんし、市場の住宅価格を大幅に抑制するのは非現実的です。したがって手厚い補助金に魅力を感じた層は、現実的には(転出して子どもを二人以上もうけることをせずに)「都内にとどまって子どもを一人だけもうける」という選択をする可能性があります*。もしそうだとすれば、国全体としては裏目に出るわけです。それよりは、共働き通勤が可能な範囲の他の地域に転出するのを支援した方が、よほど出生数の増加を見込むことができます。

*【注】もちろんこれはケースバイケースです。(あまり考えにくいことですが)域内の補助金が、域内にとどまることによって発生する追加のコスト(主に住居)と同等であれば、移動は出生数に対し無差別です。

いずれにしろ、出生率の低さで悩む自治体が他地域への転出を支援するような政策はほぼ例がないでしょう。東京都の住居支援は、結婚予定者に都営/JKK住宅を優先提供するというものだけです。ただ、子育て世代の人口が、都心部から生活コストが相対的に低い地域へと移動することは、全体の出生率に対して基本的にはプラスに作用しうることは強調しておきましょう。

地域の少子化対策についての詳細については、拙著『未婚と少子化』(PHP新書)を是非ご覧ください。

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