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ディア・エヴァン・ハンセン鑑賞直後レビュー。オオカミ少年は世界を救えるのか?


トニー賞で6部門を受賞する快挙を成し遂げた人気ミュージカルが映画化。

「ディア・エヴァン・ハンセン」は主人公のエヴァン・ハンセンがついてしまった小さな嘘がキッカケで多くの周りの人間の人生を変えてく姿を描いたヒューマンドラマだ。

「ワンダー 君は太陽」のスティーブン・チョボウスキーが監督を務め、劇中楽曲に関しては「ラ・ラ・ランド」「グレイテスト・ショーマン」などヒット作を手掛けたベンジ・パセック&ジャスティン・ポールが担当した。

ミュージカル映画にはそんなに関心の無かった私だったが、「ワンダー 君は太陽」がかなり好きな作品だったので鑑賞することに決めた。

近所のシネコンのレイトショーで鑑賞し、帰路に着く中で「感涙ミュージカル」でないということを思い知った。

なぜ自分がそのように感じてしまったのか?
理由を紐解いて行こうと思う。

なお文中大きなネタバレは濁すつもりだが、勘の良い方は想像が付いてしまうかもしれない。

本映画を存分に楽しみたい方は、見てから読んで頂きたい。

映画全体で「失敗」を重ねるエヴァン・ハンセン。


まず言っておきたいのは、この映画は主人公のエヴァン・ハンセンに感情移入できないと楽しめないという点だ。

物語の全編を通して主人公のエヴァン・ハンセンが取り返しのつかない嘘を繰り返していく。

自分は「そんな彼に感情移入できない方も多いんじゃないか?」と見ていて思ってしまった。

何を隠そう自分もその一人で、始まってから1時間くらいは「もう辞めてくれ」「見るのが辛い」と思っていたのだ。
映画館ではスクリーンの様子から目を背けることはできない(少なくとも自分は)
だからこそ、主人公のエヴァンが人を失望させないために付いてしまう嘘の多くに心を消耗させられたし、エヴァンの頭の中でしか起きない「虚構の親友との思い出」に少し怒りさえ覚えた。

だからこそ、物語の終盤で描かれるであろう「罪を告白すること、そして更生への果てしない旅路」をどう描くかによって満足度が変わってくると思ったし、その部分を期待することによって主人公が重ねていく罪に対してある種寛容的に見ることができた。


この時点で自分の興味は「嘘が世界を変えていく姿」よりも「失敗したものは、許されても良いのだろうか?」に移っていた。

結果的にエヴァンの結末は、非常に後味が悪くエンターテインメントムービーとは程遠い終わりを迎えるのだが、この結末は自分的にありだと思う。

嘘で救われた人物達はあくまでも「それが真実」と思ったからこそ、好意的な動きを見せたのであって最後まで彼の味方だったのは「母親」しかいなかった。

それ程、彼の付いた嘘は罪深いものであったろうし、多くの人物が彼に冷たい目を向けるのは当然だと思ってしまった。

しかし、ここまで書いて改めて引っかかるのは、ポスターにある宣伝文句「感涙」だ。

確かに中盤には泣き所もあったかもしれないが、それはメインテーマでは無いんじゃないだろうか?

どちらかというと、本心を見せることのできない心理状態だったり、これほどにまで発展してしまったSNSの闇を問いかける部分の方が強く印象に残った。

だからこそ、「感涙」ミュージカルと呼ぶには少し辛いと思う。

胸糞展開だと語るレビューも何度か目にしたが、そこまで酷かったかと聞かれると僕は答えを出せない。

確かにポスターから爽快感を感じるエンドも期待した方も多いだろう。

しかし、現実は甘くない一度でも失敗を犯せば、匿名の誰かが攻撃し仲の良かった人々も手の平を返し冷たい目線を向ける。

人間の世界をそれほど残酷で優しくない。
そのことをきちんと伝えていく物語のテイストに誠実さを感じた。

ただ「感涙」はやっぱり違いますよ。


改めて自分の心に向き合うためにも見るべき作品


上の文章を見ると酷評してるように感じるかもしれないが、断じてそうではない。
今作は宣伝文句だけが気になっただけで、映画自体の作りには大満足だ。

例え「感涙」しなくても、華やかなミュージカルシーンや、登場人物の心情に合わせた曲選択はとても見事だった。

特に登場人物の心身の変化がとても直接的に描かれている。
セリフで言ってしまうと、恥ずかしく聞こえてしまう自分たちの心情も音楽に合わせて吐き出すことにより観客の心により響くのだ。

劇中の登場人物は上手く自分の心情を吐き出すことに成功するが、現実の僕らは抱えているモヤモヤも想いも上手く言葉にすることができないのが多いはず・・・

大人になってしまうと特にそうだ。

だからこそ、この映画は劇中の登場人物よりも更に年上の「想いを抱えた者」たちに見て欲しい。

きっと自身の現状と重なるはずだ。

さて、そんな「吐き出せなかった」想いはどこに向かえば良いのだろうか・・・

友人か家族がそれとも。

主人公のように自分への手紙を書くのも良いだろうが、きっと誰かと分かち合いたくなる。

今日は知人たちに想いを聞いてもらおう。

秋の訪れにピッタリのミュージカルです。

一人でも大切な誰かとでも劇場に行っていただけたら幸いです。

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