会見に至る病

 僕は一刻も早く傑作を書いて、ポー像を手に入れたかった。大学の授業中も、食事中も、風呂の中でも、いつもミステリについて考えていた。
 だから、運転中に警察官に呼び止められたときでさえ、『殺人事件でもあって、検問中なのかな?』と思った。僕の一時不停止だった。
 免許を取って三日目。エドガーアランポー賞を獲るより早く交通違反を犯すなんて、許されない。罰金は七千円。そんな金があるなら、小説添削講座に申し込みたかった。
 震える手でボールペンを走らせる僕を、後続の車が追い越していく。憐れんで。運がなかったねという目線を寄越して。
 この警官がここに立っていたのも、たまたま引っかかってしまったのが僕だったのも、全て偶然だった。
 偶然むしり取られるにしては大金過ぎる。憎しみと、明確な殺意を覚える。こいつが、この……この警察が……



「――というのが、本作を書いたきっかけです」
「では、罰金七千円で、最年少受賞と五百万円の夢を掴まれたのですね!」
「あはは、お恥ずかしながら。最初に痛い目見たので安全運転には気をつけていますし、本当、あのときの警察官の方には感謝しています。殺しちゃってごめんなさい」
 てへへとはにかむ僕を取り囲んで、カメラのフラッシュがバシバシと焚かれる。
 ミステリがあれば、世界は平和だ。
 本当に殺さなくても恨んだ相手をズタズタにできるし、それを楽しんでくれる読者がいるのだから、これは正義だ。

 僕は、あしたからも何かに腹を立てていく。
 頭の中でねっとりと殺して、世間に流布し、密かに辱める。
 自分が題材だとはつゆ知らず買うかもしれない、相手のことを思う。
 フラッシュのまぶしさに目を細めた。画になる笑顔だったろうな、と思う。

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