何故その神父は輪廻転生を勧めたのか
(まえがき)
このお話は、去年、亡くなったハリ1の為に書いたものです。
お葬式の前日に書きました。
まもなく一周忌なので、思い出がてらnoteに載せてみることにします。
神父はすっとしゃがみこみ、地面に向かって微笑んだ。
「いらっしゃいませ」
「……」
ハリネズミは、真っ黒の丸い瞳で、神父を見つめている。
「我が教会に何のご用かな? ……なんて、君の飼い主の人間さんは、こういうの好きでしょう?」
ハリネズミは鳴かない生き物だ。
なので、一、何を考えているのか分からないか、二、何かとてつもなく哲学的なことを考えているように見えるか、三、ただただ可愛いか……彼らの表情は、たいていその3パターンの繰り返しだ。
「……」
ハリネズミは、ちょんと座ったまま、神父を見上げている。
身じろぎひとつせず、しかしそれは怯えているというよりは、突然変なところに来てしまってどうしていいか分からない、思考停止状態に近いように見える。
神父は笑った。
「あなたは、広いところにぽつんと置かれると困るタイプなんですね?」
ハリネズミは、1ミリも動かず、ただ神父を見ている。
「これならどうですか?」
神父は、頭にかぶったミトラを取り、横向きにして地面に置いた。
するとハリネズミは、じりじりと動き出し、やがて忍者のように移動し、ミトラの中に入った。
すっぽりと入ったハリネズミは、後ろ足をけりけりしながら、穴を掘る仕草をする――寝床を整える習性だ。
やがて満足したのか、すとんと丸くなる。頭隠して尻隠さずだが、それで良いらしい。
芝生はあたたかく、ミトラの中はすぐに、ぬくぬくとしたおふとんに変わった。
溶けた餅のようになるハリネズミ。
神父はくすくす笑いながら、その後ろ姿に向かって声をかけた。
「この後は、どちらへ行かれるんですか?」
「……」
完全に寝ている。
神父はその横に座って、膝を抱えるようにしながら、ミトラを覗き込んだ。
「もうすぐ暑くなるところでしたから、旅に出るシーズンとしてはラストチャンスでしたね」
聞いていないと思われるハリネズミに向かって、ひとりごとのように話しかける。
「輪廻転生の概念がない宗教の僕が言うのもどうかと思うのですが、もしあなたの旅が終わったら、ぜひ何か、飼い主さんたちの身近な何かに生まれ変わってあげてください。何でもいいです。また新しいハリネズミになるのもいいでしょうし、あなたの家に住んでいた『ちいさいにんげん』という彼ら。彼らがいつか結婚して家庭を築いたら、その子供になるのもいいかも知れませんよ」
神父がミトラの中を覗き込むと、ハリネズミは、ピンクのおしりをはみ出して、いよいよ本格的に溶けていた。
神父はくすりと笑い、心の底からの、たったひとつの感想を述べる。
「可愛いですね」
あしたの朝、多分、どこかで聞きなれた冒険の始まりのファンファーレが鳴るのだろう。
飼い主が好きな、アレだ。
(あとがき)
まもなく1年が経とうとしています。
どうやら、ハリ1はお空の上からじゅんすたのことを見ているようで、ときおり信じられない強運に恵まれるのですが、おそらくハリ1のおかげではないかなと思っています。
なので、せっかく輪廻転生を勧めていただいたけれど、いまは、彼は彼のままで、お空の上から見ていて欲しいように思います。
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