Day3.5「ミミズ探し」 八日後、君も消えるんだね 陽平誕生日SS

 天の端っこ、天端村。
 その名にふさわしく、緑豊かな美しい山の頂上が天に向かって切り開かれたような、小さな限界集落。
 僕はこの村が好きだ。僕だけじゃなく、村人みんなこの小さな限界集落を愛している。
 生きものもヒトも植物も、等しく太陽の光を浴びて、いつもキラキラしているから。

 そんな僕らの村が突然、大噴火のような爆発音とともに、一変してしまった。

 いま天端村は、周りの地面がなくなり、雲海の中にぽっかり浮かんでいる。
 人も動物も消えた。
 残ったのは、僕の幼馴染の正幸と莉子、転校してきたばかりの凪の四人。
 そして、七つの地区が、毎日ひとつずつ消えていっている。
 一日目は村の中心地区の高台がまるごと消えた。
 きのうは学校周辺が消えて、文献的な手掛かりが途絶えた。
 毎日一地区ずつ消えていくと仮定した僕たちは、タイムリミットに焦りながら、村を元に戻す方法を探し続けていた。
 考えれば考えるほど、嫌な想像しかできない。
 悲しい、辛い、怖い――そんな気持ちに支配されてしまいそうになりながらも、何とか正気を保っていられるのは、残った大切な仲間が希望を捨てていないからだ。

「陽平~、こっちこっち!」
 川沿いにしゃがみ込んだ正幸が、ニヤニヤしながら手招きしていた。
 その隣では同じように莉子がしゃがんでいて、興味深そうに何かを覗き込んでいる。
 こんな非常事態だというのに、いつもどおりののんきなふたりが、僕にとっては結構救いだったりする。
 僕は少し苦笑い気味にため息をついて、横にいた凪とともに正幸のそばへ歩いて行った。
「何?」
 軽くひざを追って正幸の視線の先を見る……と、正幸は、世紀の発見をしたかのように、ビシッと地面を指差した。
「見ろ、ミミズが這ってる!」
「ほんとだ。……で?」
「あしたは晴れだ」
 あまりにも堂々と言うので、僕は思わずプッと噴き出してしまった。
「そっか。うん、晴れだね。晴れだ」
 僕が話を合わせると、正幸は満足そうにうんうんとうなずいている。
 何故だか、保育所時代のやんちゃな正幸少年の笑顔が重なった。
「あれ、莉子どこいったー?」
「ここにいまーす」
 いつの間にか移動していたらしい。莉子は少し錆びたガードレールの下にしゃがんでいた。
「莉子ちゃん、何してるの?」
 凪が控えめに尋ねると、莉子は地面から目線を外さないまま、大真面目な声で言った。
「同じくミミズを探してる」
 こんな非常事態にミミズ探しなんて――いかにも天端村育ちの子供といった感じだ。
 凪はこっくりと首をかしげたあと、おそるおそる莉子の隣にしゃがむ。
 僕は苦笑いを浮かべながら言った。
「正幸も莉子も……ふたりしてなんか、すさまじいね」
「んだよ、すさまじいって(笑)」
「僕は生まれてこの方一度も、生命の危機を感じているときにミミズを探そうと思ったことはないから。凪もないでしょ?」
「……ある」
「え!? あるの!?」
「小さいころ、道で転んじゃったときに、びっくりしすぎて起き上がれなくて……半泣きになっていたら、ちょろちょろってミミズが歩いてるのが見えて、起き上がってくっついていって……」
 恥ずかしそうに尻すぼみになっている凪と、おそらく間抜けな顔をしているであろう僕の顔を交互に見比べて、正幸はニヤッと笑った。
「ほら~、みんな人生で一度は通る道なんだよ。ミミズ探し」
「いやそれはさすがに意味分かんない(笑)」
 莉子がケラケラ笑う。
「じゃあ……僕も探そうかな? 地面が消えた理由のヒントがあるかも」
 消えた地面。犬や猫はいないけど、虫はいる。地中にいるはずのミミズが這って出てきたということに、何か意味はあるだろうか?
「おけ。じゃ、子供心を取り戻しながら行こうぜ」
「レッツゴー!」

 高校生四人が、大真面目にミミズ探しを始めた。
 僕の横にしゃがんだ凪は、ほんの少し顔をほころばせる。
「正幸くんたちが明るくしてくれていると、安心できる」
「そうだね。通常運転って感じで、危機感薄れるかな」
「三人とも仲良く育ったんだなって、分かるよ」
「うん。誰が欠けても成り立たないかったかもね」
 人口減少が止まらない天端村で、最後の子供世代の僕らは、いつも笑っていた。
 誰かが思いついたことをやって大笑いして、たまに村のひとに怒られても、三人でめちゃくちゃ反省しているふりをして、あとでまた笑い転げた。
 凪は少し声のトーンを下げて、遠慮がちに言った。
「あの……仲間に入れてくれてありがとう。普通に受け入れてくれて、うれしい」
「え? 受け入れないわけないよ」
「わたし、そういう、出来上がってるコミュニティに入るのって、苦手なの。昔から。だから、初対面のひとたちと普通に話せていることが、少し不思議」
 転校初日に、こんな怪現象に巻き込まれてしまった凪。きっと不安だろう。
 食べものは何が好きかとか、前はどんなところで暮らしていたのかとか――そんな些細な日常会話をする暇もなく、生きるか死ぬかの環境に放り込まれてしまった。
 僕は努めて笑顔を作り答えた。
「コミュニティもなにも、3人ぼっちだし。凪も歓迎だよ」
「……ありがとう」
 凪が少し頭を下げたところで、正幸が大股で割り込んできた。
「おーおーおー、早速いい雰囲気?」
「ちょっとやめなさいよあんた、田舎で娯楽に飢えてんのは分かるけど」
「スキャンダラス~ふふふ~ん」
「バカじゃないの(笑)」
 ふたりが雑な漫才を始める。僕は大笑いした。
 どんなことが起きても僕たちが変わらなければ、日常が取り戻せるかもしれない。
 そんなことを考えていると、凪が空を仰いでぽつりとつぶやいた。
「あの。ミミズ、外れちゃうかも。雲行きが」
 四人が空を見上げる。森の向こうに、少し重たそうな鈍色の雲が覆い被さりつつあった。
「こりゃ通り雨だな。20分くらいで止む。でも土砂降り」
「分かるの……?」
 凪が不思議そうに首をかしげるのに対して、莉子は「ふっふっふ」とわざとらしく笑う。
「正幸はねー、野生の勘で生きてるから。バカだけど頼りになる」
「バカは余計なんだよ!」
 莉子のポニーテールを掴もうとする正幸の袖に、雨粒がひとつ落ちた。
「一旦、僕の家に戻ろうか。雨に濡れると体力を消耗するし、少し考えもまとめたい」

 川沿いを下り、七尾の森を目指す。
 その道中、莉子が、凪の好きな食べものを聞いた。
 転校初日の帰り道にやるべきだったことを取り戻すように、僕らは凪を質問攻めにする。
「……趣味は、お菓子を作るのが好き」
「まじ? んじゃ、ケーキとかデカイもんも作れんの?」
「一応。でも、見よう見まねで作っているだけだし、形とかはあんまり上手じゃないかもだけど」
「あ! 天才莉子様、めっちゃいいこと思いついた! 来月、六月八日、陽平の誕生日なんだよ。村戻せたら、みんなでケーキ作ろ!」
「みんなで? 僕も参加?」
「当たり前でしょ? 万年人手不足の我が天端村では、働かざるもの食うべからずでーす。ってわけで、新堂商店さん、材料よろしくお願いします」
「んぁー? 製菓材料ってどこに売ってんだろ。みんなで町まで下りるか」
「いいねいいね!」

 盛り上がるふたりと、控えめにクスクスと笑う凪を眺めながら、ぼんやり思う。
 怪現象に焦りそうなときは、村が元どおりになったときのことを考えよう。
 現実から目をそらすわけじゃない。
 あしたを生きて、あさってを生きて……そうやって僕らの希望が途絶えなければ、八日後が訪れる前に、きっと全てが元に戻るはずだから。

Day 3.5「ミミズ探し」終わり

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