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奥野じゅん
2024年2月12日 14:33
喰われて死ぬのかな、という本能的感覚と同時に、なんだかみすぼらしくてかわいそうだという理性で、目の前の野良犬を見ていた。 深い雪に長靴を打ち込んで行くように、ぐぽっ、ぐぽっと前に進む。 弥山が犬の目線に合わせてしゃがみ「どしたの」と微笑みかけると、犬はしょぼくれたまま、所在なさげにうろうろと肉球の跡を増やした。
2024年2月11日 21:23
この霞の先には何も無い――本能が悟っていた。 足がすくむ。一歩踏み出す。 わずかな砂利がぽろぽろと、崖下にこぼれ落ちてはすぐに消えていた。
2024年2月10日 04:08
え!? ホームボタンある!? 懐っっつ!! ……と思いながら、宝物をすくい上げるように両手でスマホを包む。 そう、これは、犯人の過去の写真を大量に載せた夢のタイムカプセル。
2024年2月8日 19:09
合宿そのものは楽しかった。 予想どおり癖の強めのひとが多かったけれど、それも含めて非日常体験だった。 問題は、直美の与り知らぬところで、全く異なるプログラムが進行していたことだ。
2024年2月6日 18:21
ふざけているとしか言いようがなかった。唯一の証拠写真がこれだなんて。 なに? この遠景とベンチの位置から撮影場所を特定しろってこと? 自転車の車種で犯人を絞り込めとでも言いたい? 慣れない酒を飲みくだをまく弥山は、据わった目で枕辺の顔を見る。
2024年2月5日 22:38
字であればなんでもいいとさえ言った。 まごうことなき濫読派である。 枕辺はもじゃもじゃの頭を掻きながら「いつからうちの弥山はこんなになっちまったんだ」と嘆く。 しかし、その言葉に弥山が反応することはなく、一点を見つめたまま超速でページをめくっていた。 字、なんでこんな落ち着くんだろ……やっぱりあの妙なきのこを食べたからかな。 思考の隅で、派手な紅色のきのこが溶ける。 麻薬みたいな成分
2024年2月4日 10:00
日の出寸前、海の向こうに黎明を感じながら、大きく息を吸い込んだ。 冷たい空気が一気に入って、気管支から肺胞までも、氷の粒を取り込んでしまったかのように思える。 弥山は細く息を吐きながらしゃがみ、無線を耳に突っ込んで、相手の動向を探る。
2024年2月3日 13:10
虹なんかCGでいくらでも作り出せるこの世界で、いまこの街が雨上がりだということを、どうやって証明すればいいのだろう? 弥山は空を仰ぎ、故郷に置いてきた恋人のことを想った。 虹が架かったんだよという、そんな些細なことも共有できないし、ぴょこぴょこ跳ねて小さく拍手しながら喜ぶ姿も見られない。
2024年2月1日 20:29
いつだったか君は、ゴツイ感じのサブウーファーを買いたいと言っていたけれど、結局普通に互換性重視で選んだんだね。 そんなことも知らなかった五年の空白は長すぎて、もっと前に連絡してみていれば何か違ったんじゃないかなんて、思いがけない角度から後悔がよぎった。 家主に見捨てられてしまった、かわいそうなスピーカーを撫でる。
2024年1月31日 09:53
それはいかにも、神にも閻魔にも見放されてしまったような、干からびた土地だった。 本当にこんなところで、取引が行われるのか? 身を隠せるような場所もなく、弥山は心細く思いながら、その場にしゃがんだ。
2024年1月30日 10:59
明けの空、針葉樹の向こうに、うっすらと日の出が透けて見える。 朝だ、と、心が震えた。 状況はなにも変わっていないのに、日が昇るだけで、なんとかなるんじゃないかという気がしてくるから不思議だ。
2024年1月29日 02:05
国民集会の様子だとして提示された写真は、いかにもプロパガンダの典型というような、不自然に活気が強調されたものだった。 競技場の写真を、じっと見る。異様に彩度が高く鮮やかで、しかしピントや焦点といった類のものがなく、奥行きが存在しないような平べったい印象を受けた。 この写真を見せれば他国を欺けると信じているという、そのことが信じられない。 仮に独裁者が『この写真を撮れば諸外国に繁栄をアピール
2023年3月31日 16:20
放課後、通り雨が過ぎるのを待つ昇降口で、友達と大喧嘩してしまった。 ビアンカフローラ戦争だ。「独身介護まっしぐらの幼馴染みを見捨てて、ふらっと立ち寄った街のよく知らない金持ちの女と結婚するのか」と憤る僕に対して、友達は「1回レヌール城を探検しただけの仲を幼馴染みと呼び、他人の金で結婚式を挙げるのか?」と呆れる。 雨はとっくに止んで、曇り空は太陽光を帯び、くすんだ黄色になっていた。
2023年3月30日 14:43
海の表面と海底が同じものだなんて、ちょっと信じられないな。 波はささくれの往来だし、海中はうねりだし、海底は静そのもののように思う。 ぴたりとして動かない、空気のない、全てが水に満たされた場所?