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メディアリテラシー教育の中核原理(2023年版)

 全米メディアリテラシー教育学会(NAMLE)は2023年版メディアリテラシー教育の中核原理(2023 Revision of the Core Principles)を発表しました。その内容の一部を訳しました。NAMLEはメディアリテラシー教育(MLE)に関する世界的にもっとも有力な学会です。メディアリテラシー教育の中核原理初版は2007年に制定されました。その翻訳文はAMILECのサイトにあります。

 初版と比べると、項目が6つから10へと増え、曖昧な部分が明確になりました。例えば初版では項目5の「メディアリテラシー教育は、メディアが文化の一部であり、社会化の主体(agents)として機能することを認識する」でしたが、2023年版では「メディア機関(media institution)は、社会化、商業化、変革の担い手(agents)として機能する文化機関であり、商業的存在であることを認識する」となっています。

 また、項目9には「社会におけるメディア産業の役割に対する批判的探究」という内容が追加されており、社会的存在としてのメディアが重視されていることがわかります。「公正、インクルージョン、社会正義、サステイナビリティ」といった最近のメディアリテラシー教育研究の潮流も反映されています。

 項目10では、「質の高い、信頼できる、正確な情報を個人が識別できるようにするためのアプローチ」や「シティズンシップの一側面として、ニュースや時事問題への関心を促し、表現の自由と責任について学習者の理解」といった表現が追加され、ニュースリテラシーやデジタル・シティズンシップ教育との関連性を見ることができます。


(以下仮訳)


全米メディアリテラシー教育学会(NAMLE)は、メディアリテラシーを必須のライフスキルとして高く評価し、広く実践することを目的としている。メディア化された世界では、すべての人が消費者であり、創造者であり、メディアとの心豊かで力強い関係を築くための教育が求められる。

NAMLEは、メディアリテラシー(あらゆるコミュニケーション手段を用いて、アクセス、分析、評価、創造、行動する能力)を、21世紀に不可欠なリテラシーと捉えている。メディアリテラシー教育とは、人々が批判的思考を持ち、思慮深く効果的なコミュニケーターとなり、情報に基づいた責任ある社会の一員となるために必要な、探究の習慣と表現のスキルを継続的に身につけることである。これらの習慣とスキルを身につけることは、市民生活にとって不可欠である。

以下の中核原理は、メディアリテラシー教育に対するNAMLEの立場を明確にし、個人、メディア、そして私たちの世界を形成するシステムや構造の間の複雑なダイナミクスを明らかにするものである。また、各原理の下にある「実践のための示唆」は、効果的なメディアリテラシー教育の特徴を強調している。NAMLEは、これらの「中核原理」と「実践のための示唆」が、米国におけるメディアリテラシー教育の認知度を高め、生活のあらゆる場面でメディアリテラシー教育の規模を拡大したいと考える。

1(拡大)リテラシーという概念をあらゆる形態のメディアを含むように拡大し、自覚的なメディアの創造者と消費者を育成するために多元的なリテラシーを統合する。

1.1 読み書きが必要な印刷リテラシーと同様に、MLE は分析と表現の両方を含む。
1.2 MLEは、情報リテラシー、デジタルリテラシー、社会性と情動のリテラシーなど、他のリテラシーと交差している。
1.3 MLE は、学習者が対面でもオンラインでも、また印刷物、視覚、音声、デジタルメディアを問わず、幅広いメディア体験に参加できるよう指導する。
1.4 MLE は、学習環境と学習者の日常生活の両方に文化的に関連する現代のメディア体験の探求を重視する。

2(想定)いかなる人も既存の知識、スキル、信念、経験を用いて、メディア体験から意味を創造する有能な学習者であると考える。

2.1 MLE は、すべてのメディア体験は構築されたものであることを教え、これらの体験の批判的な分析と考察に取り組むことができるように準備する。
2.2 MLE は、人々が個々のスキル、信念、背景を利用して、メディア体験から個人的な意味を構築していることを認める。
2.3 MLEは、学習者が自分や他者のメディア体験の中にあるバイアスを識別できるようにする。
2.4 MLEは、学習者がメディア体験から得た意味(その意味が自分の価値観や信念とどのように関連しているかを含む)を意識し、それについて考えることを支援する。
2.5 MLEは、メディア分析を、単一の「正しい」または事前に決定されたメディア解釈を明らかにするものではなく、証拠に基づくオープンエンドの探究のプロセスとして捉える。

3(推進)理性、論理、エビデンスを強調するとともに、好奇心を持ち、心の開かれた、自己省察的な探究心を重視した教育実践を推進する。

3.1 MLEは、何を教えるかと同じくらい、どのように教えるかが重要であると認識している。
3.2 MLEは、教師が学習者から学び、逆に学習者が教師から学ぶ、共同学習と構成主義的な教育法を用いる。
3.3 MLEは、メディア体験によって引き起こされた感情を、理性、証拠、論理、メタ認知の枠組みの中でどのように検証できるかを学習者に問いかける。
3.4 MLEは、メディア体験のグループ討議と分析を用いて、学習者が異なる視点や観点について理解し、評価できるようにする。
3.5 MLE は、メディアリテラシーのスキルを身につけるために不可欠な学習方法として、メディア制作を優先する。

4(奨励)学習者が、進化し続けるメディアの中で体験し、創造し、共有するメッセージについて、積極的な探究と内省、批判的思考を実践することを奨励する。

4.1 MLE は、すべてのメディア体験は構築されていることを教え、メディア分析の基礎となる概念を用いて、学習者がそれらの構築を効果的に分析できるように支援する。
4.2 MLEは、各メディアには意味を伝えるために使用される独自の言語コード、慣習、構成があることを学習者に教える。
4.3 MLE は、学習者がメディア体験をより深く、あるいはより高度に理解できるような質問を投げかける。
4.4 MLEは、学習者が個人の好みや価値観、偏見に関係なく、すべてのメディア体験に疑問を持ち、見直すことを奨励する。

5(要求)総合的、教科横断的、双方向的で年齢や発達段階に応じた学習者の継続的なスキルアップの機会が求められる。

5.1 MLE は、学校や放課後プログラム、大学、図書館、コミュニティベースの組織、家庭など、デジタルおよび物理的なさまざまな環境で行われるものである。
5.2 MLE は、スキル、知識、態度、および行動の進化し続ける連続性を伴う。
5.3 MLE は、学習者に分析と表現のスキルを身につけ、実践するための多様で多くの機会を提供する。
5.4 MLE は、教育現場において、年齢や発達段階に応じた教育方法や教材を選択することを支援する。

6(支援)メディアを創造し共有するとき、個人が数多くの倫理的責任を果たしうる参加型のメディア文化の発展を支援する。

6.1 MLE は、学習者がさまざまな形態のメディアを通じて自分の考えを表現することを支援し、学習者が自分や他者の創作物が与える影響について継続的に考察することを奨励する。
6.2 MLE は、学習者がメディア体験を分析し創造する際に、理解力と推論力を結びつけることができるよう支援する。
6.3 MLE は、メディアがあふれる世界において、学習者が心豊かで健全なメディア習慣を身につけることを支援する。
6.4 MLE は、学習者がどのメディアを使用するか、またメディアの消費と作成に費やす時間について、十分な情報を得た上で決定できるよう、個人のメディア管理を支援する。

7(認識)メディア機関は、社会化、商業化、変革の担い手として機能する文化機関であり、商業的存在であることを認識する。

7.1 MLE は、すべてのメディア体験には特定の視点、文脈、目的があることを認識し、学習者がこれらの側面の実質、情報源、形式、および意味について質問することを支援する。
7.2 MLE は、すべてのメディアメッセージには価値観や視点が含まれていることを認識する。
7.3 MLE は、嗜好、選択、好みを個人的に調べることで、メディア体験に対する学習者の理解と認識を促進する。
7.4 MLE は、メディア体験のナビゲーションを支援するために、シニカルではなく懐疑的アプローチを開発することを支援する。

8(確認)公共の利益にかなう健全なメディアのあり方は、メディアやテクノロジー企業、政府、市民の間での責任の共有であることを確認する。

8.1 MLEは、健全なメディア環境を創造し維持する上で、メディア製作者と流通業者が共有する責任につい て、個人が責任を負うよう支援する。
8.2 MLEは、教育機関に対し、学習経験を通じて批判的思考を積極的に支援することにより、教育者の努力を促進することを求める。
8.3 MLEは、メディアの文脈における創造者、消費者、および人間としての権利について個人を教育し、メディアとテクノロジーのツールを使って地域社会に積極的に関与する力を与えるものである。
8.4 MLEは、技術開発やメディア制作が生活システムや物理的環境にどのような影響を与えるかを検証することを含む。

9(強調)社会におけるメディア産業の役割に対する批判的探究を強調する。ここにはメディア産業が権力の仕組みにどのような影響を与え、また影響を受けているかといった観点が含まれており、公正、インクルージョン、社会正義、サステイナビリティに影響を与えるものである。

9.1 MLE は、視聴者、所有権、流通などのメディア制度や社会構造が、メディア体験の構築方法と、人々がそのメディア体験からどのように意味づけを行うかに影響を与えるかを検証することを学習者に教える。
9.2 MLE は、学習者に多様な声、視点、およびコミュニティを提示するメディアに触れる機会を提供する。
9.3 MLE は、異文化のメディアや国際的な視点を検証する機会を設けることで、歴史的に疎外された声を増幅させる。
9.4 MLE は、人種、民族、性別、セクシュアリティ、年齢、能力、社会経済的地位などの表現に関する問題を探究する。

10(エンパワー)情報に通じ、深く考え、積極的に関わろうとするとともに社会的責任を持つ民主主義社会の参加者となるよう、個人を力づける。

10.1 MLEはすべての人に恩恵を与えるものであり、党派的なものではない。
10.2 MLE は、メディア機関とメディア体験が、信念、態度、価値観、行動、および民主的プロセスに影響を与えることを認識する。
10.3 MLE は、シティズンシップの一側面として、ニュースや時事問題への関心を促し、表現の自由と責任について学習者の理解を深める。
10.4 MLE は、質の高い、信頼できる、正確な情報を個人が識別できるようにするためのアプローチを取り入れる。
10.5 MLE は検閲に反対し、学習者が多様な情報源から、年齢や発達段階に応じた包括的で適切なメディア体験にアクセスする権利を支援する。

メディアリテラシー教育

全米メディアリテラシー教育学会は、メディアリテラシーを必須のライフスキルとして高く評価し、広く実践させることを目的としている。
メディア化された世界では、すべての人がメディアの創造者であり消費者であり、メディアとの心豊かで力強い関係を培う方法について指導を受ける資格がある。

私たちは、メディアリテラシー(あらゆる形態のコミュニケーションにアクセスし、分析し、評価し、創造し、行動する能力)を、必須のリテラシーと捉える。メディアリテラシー教育とは、人々が批判的思考者、思慮深く効果的なコミュニケーター、そして情報に敏感で責任ある社会の一員となるために必要な、探究の習慣と表現のスキルを継続的に開発することである。
このような習慣とスキルを身につけることは、市民生活にとって不可欠である。
これらの中核原理は、メディアリテラシー教育に対するNAMLEの立場を明確にし、個人、メディア体験、メディア機関、そして私たちの世界を形成するシステムや構造との間の複雑なダイナミクスを照らし出している。
また、「実践への示唆」では、効果的なメディアリテラシー教育の特徴を強調している。
私たちは、この「中核原理」と「実践のための示唆」が、米国における生活のあらゆる場面でメディアリテラシー教育の認知度を高め、その普及に貢献することを意図している。

この文書の更新にあたり、NAMLE委員会は、以下の団体の活動成果を参考にした。

The National Media Literacy Alliance organizations, Center for Media LiteracyMediaSmarts, Media Education Lab, Project Look Sharp, Learning for Justice, The John Lewis Institute for Social Justice, The Stanford History Education Group, Belinha S. De Abreu, Neil Anderson, Lynda Bergsma, Spencer Brayton, Natasha Casey, David Considine, Sherri Hope Culver, Yonty Friesem, Renee Hobbs, Henry Jenkins, Amy Jensen, Douglas Kellner, Antonio López, Paul Mihailidis, Nicole Mirra, Srividya Ramasubramanian, Theresa Redmond, Faith Rogow, Jeff Share, Cyndy Scheibe, Sangita Shreshthova, and Elizabeth Thoman.

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